第54話 冥福
戦闘というものは、力や魔力量が大きければそれだけで勝負が決まるわけではない。そうでなければ、技や相性を気にする人は居ないはずだ。力の強い者が、力の弱い者に負けることもある。魔力量が多い者が、魔力量の少ない者に負けることもある。ベテランの冒険者がゴブリンに殺される事だってある。 それが戦闘だ。
そうならない為に日々鍛錬し、技を磨き、力を付ける。そして、それが、戦闘の知識や経験の無い者には覆す事の出来ない壁を作り上げるのだ。
ヤトリフの攻撃に対し、それがどうした。と言わんばかりに、
自分の力に酔いしれているヤトリフ。腕や足を振り回し、闇魔法を使い、壊すのは建物だけ。
「手もアシモ出ないだロ!あはハハハは!」
「……あの子達はこんなくだらない奴に殺されたんだね。」
「あぁ…」
「なんダト?!」
「…分からないの?お前の攻撃が私達を捉える事は、
「はッ?!手も足も出ナい奴ガ何をっ!!」
「私達が何故手も足も出さなかったのか。その理由さえ分からないから、起こり得ない未来と言っているの。」
「なにッ?!」
「知らない様だから死ぬ前に教えてあげる。戦闘はまず相手の手札を見る事から始まる。いかに相手の手札を公開させるか、いかに相手に虚偽の情報を掴ませるか。
お前みたいにポンポン手札を公開した奴の末路は、決まっている。」
「やれるモノナらやってミロ!」
ヤトリフが右腕を大きく振る。腕は壁を抉り、地面を
「ちょコマカと!」
ヤトリフが闇魔法を使ってプリネラを攻撃するが、プリネラが避けているのではなく、ヤトリフが敢えて外していると感じる程に全てが当たらない。
魔力量も増え、魔法攻撃力自体は非常に高い。一撃でも当たれば立場は逆転するだろう。どれだけ攻撃を外しても、プリネラに
しかし、ヤトリフは攻撃を外す度にプリネラに繰り出す攻撃の威力を上げていくだけ。
「くそッ!なんデ当たらナイ!!」
「もういい。」
プリネラの持つ黒椿と鬼血に影が纏っていく。本体の刃の外側にもう一つの影の刃が完成する。あれで斬り付けられると、一度の斬撃で影の刃と、本体の刃の二回の斬撃が訪れる。
プリネラが魔法を完成させると、夢幻走へと入る。
「…ッ?!」
突然目の前から消えたプリネラに驚きを隠せないヤトリフ。プリネラが夢幻走に入った時点で、ヤトリフは彼女の攻撃を、なんの備えもなく受けるしか無い。
「ぐぁッ?!」
背後からの急所への一撃。プリネラが殺鬼流暗殺術の基本だと言っていた、鬼殺し。音もなく忍び寄り急所へ繰り出される一撃。ヤトリフにその攻撃を避ける術は無い。
咄嗟に背後に腕を振るが、そこにプリネラは居ない。
また背後からの一撃、次は真横から、そして次は真下から。
どれだけ腕を振っても、魔法を使っても、プリネラを捉える事は出来ない。
「うガぁぁァア!」
急所への攻撃を繰り返しても、ヤトリフが死ぬ事は無い。彼は最上級吸血鬼であり、頭部の破壊以外では死に至る事が無い。これは……プリネラなりの、ヤトリフに命を
ヤトリフの苦痛に歪む顔や、声が、彼らへの手向け。
「くそっ!くそッ!クソォォオ!」
両腕を振り回すヤトリフ。最早ヤケクソになっている。
ここまで耐えていた建物の壁が遂に崩れ、建物が倒壊する。俺達は魔法で瓦礫の落下から身を守るが、ヤトリフは頭上から降る瓦礫に埋もれていく。
石材がガラガラと
視界は完全に土煙に覆われて、何も見えなくなる。
轟音が止まり、辺りは静寂に包まれる。
外は既に夜が来ていたらしく、月明かりを反射した土煙は白く浮かび上がる。
その土煙がブワッと風に揺れると、シャドウボールとヤトリフの腕が同時にこちらへと向かって来る。視界が遮られた事で俺達が油断しているとでも思ったのだろう。
闇魔法は俺のクリスタルシールドが、ヤトリフの腕はシャルの赤雷の大槌が防ぐ。大槌で腕を止めた事で、ヤトリフの腕に赤雷が走り、本体を痛め付ける。
「ウガぁぁァ!!」
「私にした事はもっと痛かったよ。」
赤雷の大槌は、何度も何度も何度も何度も、痙攣して動けないヤトリフを打つ。涙と涎と、尿と糞を垂れ流すヤトリフ。
「ウガガァァ!」
「汚い。汚い。汚い。」
どれだけヤトリフが叫ぼうとも、赤雷の大槌を振り下ろす腕を止めないシャル。
「ア゛ァァア!」
「足りない。足りない。足りない。」
彼女にとってこんな数回、数十回の痛みなど、
「イ゛ァァア!」
「痛い?ねぇ!痛い?!」
彼女にとってヤトリフの絶叫は、テポルへの贖罪の証。
「モ、モウ!ヤメ」
「止めない。」
プリネラが二本の刃で腹を切り裂く。
「グァァァアア!」
「うるさい。」
シャルが大槌を振り下ろす。
二人の行動は酷い行いに見えるだろうか?この光景だけを切り取って見れば、そう見えるかもしれないだろう。
俗に言う、聖者や勇者なんて生き物は、やめてくれと懇願する者に容赦なく振り下ろされる攻撃に、目を背けたくなるのだろうか?もう十分だと声高々に叫ぶのだろうか?
十分?なにが十分なんだ?こいつのしてきた事に対してそれを言えるのは、俺からしてみればそれこそ悪魔だ。俺達の中にそんな奴はいないし、俺は殺さずに一生苦痛の中で悶える事をすら望む。しかし、そこまでしてやる手間や時間すら惜しい。
既に言葉ではなく、ただ叫ぶだけとなったヤトリフ。プリネラとシャルも多少は気分が晴れたらしい。
「そろそろ終わりにする。」
「そうだね。」
「ァアァアァ…」
プリネラがヤトリフの首に両刃を乗せ、勢いよく引く。
ビシャビシャと床に広がる血。ゴロゴロと転がってシャルの足元に辿り着くヤトリフの顔。
「……」
一瞬シャルと目が合ったが、シャルの足は容赦なくその顔を踏み潰す。
スイカが潰れた様な音と色が広がる。
潰された顔と、残った体が灰となってその場に残る。
「……終わったね。」
「これで皆安らかに逝ける。」
「二人共。」
「マコト…」
「マコト様…」
「…よくやった。」
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」
それ以上言う事は無かった。彼女達二人の中にある想いは俺には計り知れない。
未開の地に入ってからここまで
なんにせよ、一先ずの決着は着いた。ヤトリフの研究所とやらは完全に倒壊して瓦礫の山。ここには認識阻害の結界も張ってあるから、恐らく二度と誰の目にも触れないだろう。そうして忘れ去られるべき奴だ。
長く居たい場所でもない…振り返り去ろうとした俺の目にある物が映りこんだ。
いつからそこにあったのか…最初からあったのだろうか…
真っ黒な木々、真っ黒な森の中、月明かりに照らされ、風に揺れる小さな白い花。
「あれは……」
「マコト様?」
結界の外にひっそりと咲く二輪の白い花。
「なんでこんな所に…」
「これって…もしかして…」
プリネラ。彼女の名前の由来となった花。
本来であれば山岳部にのみ生息する花なのに……未開の地と黒木の影響なのだろうか…?
この花は必ず二輪咲き、友情を表す花。二番に供えてやれればと考えていたが…
なぜ……と考えるのは、
「プリネラ…」
小さな白い花の前に膝を下ろし、涙するプリネラ。
まだ全ての決着とはいかないが、彼女の友と、彼女自身を地獄へと送り込んだ奴を一人黙らせたのだ。
少しだけ休んだって、少しだけ立ち止まったって、誰も責められはしないだろう。
シャルにとってもヤトリフの死は大きな区切りだ。涙こそ流してはいないが、テポルを目の前で殺した張本人を、その手で葬れたのだ。何も言わない彼女の気持ちは、
日本に居た時は、死刑の話で色々と討論があったりした。死刑は人権の侵害だと言う人も少なくなかったろう。
確かにそれも正解の一つなのかもしれない。でも、自分の身内や大切な人を目の前で無惨に殺されて同じ事が言えるだろか?俺には難しい。実際にそんな事があった彼女達の目を見たら、そんな事俺には言えない。当然、俺もそんな事を言われたら腹が立つ。
部外者だからこその意見なのだろう。それを当事者に言う権利は、部外者には無い…と、俺は思っている。
つまり言いたい事は、二人が復讐を遂げて嫌な気分では無さそうだが、それを非難する権利は俺達には無い。という事だ。
「………またいつか、必ずここに…」
「あぁ。必ず皆でな。」
「……はい…」
遺体も墓標も無いが、犠牲になった全員の冥福を小さな白い花に祈る。夜風が吹き、フワフワと揺れる
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「ふぅー!やっと出てきましたねー!」
すっかり怒りも静まり、いつもの調子に戻ったプリネラ。
黒木の森での一件が終わった後、一度戻る事を決めて今やっと森を抜けた所だ。
因みに、黒木はちょこちょこと集めてきた。北半球ではなかなか手に入らない素材だし、折角なので遠慮無く。
「それで?アラスト王国…だっけか?東に向かえば良いんだよな?」
「東はあっち側ですよ。」
「分かってますよ?!」
「そうなんですか。東も分からない、ダメな筋肉だと思っていたので。」
「えっと、あーっと…ツッコミどころが多すぎて逆にツッコミにくいわ!」
「最近、お前達のやりとりにツッコミ入れたら負けな気がしてきたな。」
「いや、ツッコミ入れる前に助けて頂けませんかね?!」
ヤトリフとの一件の後、プリネラがヤトリフから奪っておいたという荷物の中に、ある一人の居場所を示す物が見つかった。それは、アンザニからの書面だ。最上級吸血鬼の中で唯一の女であり、彼らの経済に関する事を取り仕切っている女だ。彼女からの書面には、ある国でのみ使われている素材が用いられていた。
アラスト
このアラストシープは、シュイナブ村より更に半月程東へと向かった先にのみ生息する動物であり、その辺りの村の特産品の様な扱いとなっている。
アラスト王国と言ったが、元々この地方に国は存在していなかった。当然俺達もこの国について知らなかったが、その書面に記載されている内容から察するに、極最近になって、その地域にアラスト王国という国が誕生したらしい。
アラスト皮紙が使われている事や、その内容から考えるに、アンザニはアラスト王国、もしくはその周辺に居るか、居た可能性が高いという事になる。
それが分かれば行かないという選択肢など無いわけで、俺達は一度森を戻ってアラスト王国を目指している。という流れだ。
あれだけの騒動の最中、よくもそんな荷物を奪っておけたと感心したものだ。
「ここから結構な距離がありますけど…どこかで馬を調達しますか?」
「逃がしちゃったからな……そうだ!良い事考えた!」
「出た!真琴様の良い事考えた!」
「出た!ってなんだよ出た!って。嫌なものみたいに言うなよな。」
「次はどんな突拍子もない事を考えられたのですか?」
「何故に突拍子もない事だと決めつけられているんだ?」
「いつもですから。」
「いつもだからな。」
「いつもですからね。」
「いつもだから。」
「いつもですからー!」
「よし。よく分かった。俺が間違ってた。」
「とはいえ、いつもそれで助かっていますからね。どうぞ仰って下さい。」
「この後に言うの凄く嫌なんだけど?!」
すごーく言い難い雰囲気の中、考えた事を提案してみる。
「それは……」
「確かに可能だとは思いますが…」
「それ、了承してくれるのか?」
「やってみないと分からんな!」
「出たとこ勝負感がすごいな…」
「考えてても仕方ないだろ?頼んでみよう!」
「大丈夫かな…」
俺は意識を集中させて、魔法を発動する。
足元に複雑な魔法陣が出現し、光を放つ。
光が収まった後、目の前に現れたのは…
「……マコト殿。」
「よう!シロ!久しぶり!」
「話は聞いてたが…
「や、やっぱり駄目…なんじゃねぇか…?」
「……良いぞ。」
「良いんかーーい!!」
「但し…」
「条件付き…どんな恐ろしい条件が……」
なんか健、一人で楽しそうだな…
「例のを頼めるか?」
「例の…?」
「お易い御用だ。」
「ならば喜んで引き受けよう!」
シロは体の大きさを、馬車を引くのに適した大きさへと変える。聖獣は多くが自身の体の大きさを自在に変えられるらしい。精霊の様に形までは変えられないらしいが、それでも十分凄いと思う。
「な、なぁ…例のって…大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫!簡単な仕事だから!」
健の心配が
「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」
「なんだかなぁ……」
膝に乗る程のサイズになったシロが俺の膝の上で喉を鳴らして気持ち良さそうに仰向けに寝ている。
ここだけ見れば誰もこの子猫を白虎だとは思わないだろう。
シロはあの口調に、あの姿。であるのだが、その実信じられない程に甘えたがりの聖獣だった。初対面の時に聖獣について色々と聞き、小さくなった姿が可愛らしくて撫で回していたらいつの間にか懐かれていた。
「はわわわわ…」
「凛の病気が再発したぞ。」
「確かにシロは可愛いからな。気持ちは分かる。」
「某、マコト殿の
「そんな気張って言うならせめてその体勢はやめとけ。」
「ゴロゴロ…」
「ま、真琴様!」
「撫でてみたらどうだ?」
「よろしいのですか?!」
「良いだろ?」
「マコト殿の従者であるならば、良かろう。但し、某がそう簡単にゃー……」
「よしよーし。ここですかー?ここですねー。それそれー!」
「ゴロゴロ…にゃー……」
「瞬殺だったな。」
「白虎という生き物に抱いていた俺の感情も瞬殺だったぜ…」
「これはこれで可愛いだろ?」
「可愛いけども!可愛いけれども!そうじゃないんだよ!」
「なに一人で
「分かれよ!真琴様も男ならそこは分かってくれよ!」
「そもそもそんなに白虎という生き物を知らなかったからな…偏見が無かったからすんなり。」
「くそっ!この感情はどうしたら!」
悶え苦しむ健と、猫なで声でシロを撫でる凛。いつも両極端な二人だ。
「リン殿もなかなかの手捌きだったな。」
「また撫でて差し上げますよ?」
「楽しみにしておこう!」
「とてつもなく嬉しそうだな。」
「なんだ?もう悶え苦しまなくていいのか?」
「無心の境地へと至った。」
「そ、そうか。」
「昼休憩もここまでにして、そろそろ進むか?」
「いや、今日はここまでにしよう。」
「え?まだ日も高いし行けるぞ?」
「最近動きっぱなしだったろ?ここらでちょっと一休みしよう。」
「一休みか…そうだな。」
「ここらはモンスターも少ないみたいだし、水場もあるからな。少し気分転換に遊んで英気を養おう。」
という事で、俺達は久しぶりに少しだけ休む事にした。シャルとプリネラもヤトリフの一件で体ではなく心が疲れているだろうし、出発は明日の昼過ぎという事に決めて、丸一日の時間をゆっくり過ごす事にした。シロは明日またお願いすると伝えて戻ってもらった。
「それでは、まずは昼食からですね!」
「待ってました!」
「今回は時間もありますし、いつもよりしっかりみっちり作りますよ!」
「めちゃくちゃ楽しみだな。」
そう言って料理をスタートする凛とリーシャ。他の四人はその姿を観察するだけだ。
「何作ってるんだ?」
「簡単に言ってしまうと、煮込み料理ですね。最近はランクの高いモンスターも多く討伐しておりますので、良い肉が沢山ありますから。」
「聞いただけで腹が減ってくるな…」
「こちらでは魔法が使えるので、煮込み料理も直ぐに出来ますからね。圧力鍋要らずです。」
「こういう時って本当に魔法が便利だって分かるよなー。」
「リン様の魔法の使い方は凄く勉強になりますよ。他の方々ではこの様な使い方はしませんからね。」
「そうなのか?」
「使っても火をつけたり、水で洗い流したり程度のものですから。料理を作る際に圧力を変えたり切り方にもこだわって魔法を使っていますから。」
「知らなかった…」
「特にマコト様のお口に入るものへのこだわりは凄いものですよ。」
「そ、そんなことは無いです。全部一緒に作っていますから。」
「ふふふ。」
反応が難しい会話ってのは大抵女性と話をしている時に起こるんだよな。嬉しいけどもね。
暫く二人の作業を見ていると、お腹の減る匂いが漂い始める。
「そろそろ出来ますよ。」
「よしきたー!」
「既に涎が止まらなくなってる。」
「姉様とリーシャの作る料理は美味しいからね!」
「出来ましたよ。どうぞ。」
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