第52話 悲しき子供

一人死んだというのに、残った三人は警戒を強めるだけでその他には何も感じていないらしい。いや…もしこの子達の後ろにいる連中が俺の想像通りなら…この子達もシャルと同様に地獄に突き落とされ、正常な感覚や感情が欠如けつじょしているのかもしれない。

痛み、悲しみ、苦しみ…そういったものを体が拒否する程の経験をしてきたのかもしれない。

うつろな瞳を見ると、耐え難い気持ちと、怒りが腹の底から湧き上がってくる。

あの時俺がプリネラの胸から杭を抜き取らなければ、この子達と同じ道を歩み、プリネラが俺の前に立ちはだかっていたのだろうか。


「こんなの…酷過ぎます……」


凛が苦痛を耐えるように言った言葉。その言葉だけでは足りない程に彼らの姿は悲しみに包まれている様に見える。


「マコト様!あの子達を…」


プリネラの言いたい事は分かる。プリネラからして見れば、あの子達の姿は自分と同じ。そして、プリネラの友、隣の牢屋にいた友、二番の女の子と同じ。

自分の胸から杭を抜いた様にこの子達からも抜いて欲しい。そう言いたいのだろう。

しかし、地面に落ちた黒い杭を見るに、プリネラに刺さっていた物から大きく改良されている。いや、改悪されている。恐らく簡単に抜く事は出来ない。下手に抜けばそのまま死に至るだろうし、集中する必要がある。戦闘しながら出来る事ではない。つまり、三人を無力化した状態で一人ずつ抜いていく必要がある。が、気絶した時点で彼らの杭は彼らを殺してしまう。中級吸血鬼では大きな欠損等の酷い怪我は治らない。

プリネラの願い通り、なんとかしたいのは山々だが…

考えている間にも彼らの攻撃が止むことは無い。そして、彼らの戦闘は酷く自虐的じぎゃくてきだ。自分の体に刺さる刃や魔法を無視して突っ込んでくる。見たまま、彼らは自分の死に関心が無い。今死んでも、明日死んでも、彼らにとってはあまり違いは無い。そんな相手に躊躇すればこちらが殺られてしまう。


人種の男の子が無造作に突っ込んでくる。

当然、健が前に出て迎撃する。刀を突き出し、相手の進行を止めようとする。その刃を避けようともせず、直進してきた人種の男の子の腹にズブズブと入っていく刃。根元まで突き刺さると、そのままナイフを横薙ぎに振り、健の首を掻き切ろうする。健に刃が届くことは無く、刀が引き抜かれた傷跡から血が滴る。

彼にその気があったのか、無かったのか分からないが、腹部へのダメージと言うのは思っているよりもずっと危険な物だ。内蔵が切り裂かれた場合、致命傷になるし、当然切り離されれば欠損という状態になる。そして、彼の腹部に刺さった刀は、残念ながらその状態を引き起こした。


表面の傷は治ったが、どんどんと顔が青白くなり、腹部が膨れ上がってくる。血が止まらず腹腔内ふくくうないに血が溜まり続けているのだろう。水風船の様にパンパンに膨らみ顔から血の気が引いていく。目がグルリと裏返ると、地面に横倒しになり、そのまま灰になり風に流されていく。


「クソッ!」


健は避けると思って突き出したのだ。意図しない形で殺したという事実は、健を苛立たせるには十分だ。

そして残ったのは二人。

一人は女の子、そしてもう一人は猫人種。

しくもこの二人が残った。


女の子という事が、プリネラから見たら二番の女の子を思い出させ、猫人種という事が、シャルから見てテポルを思い出させるだろう。

こんなにもやりにくい戦闘は今まで無かっただろう。


女の子がナイフを片手に持って走り出す。やめてくれと叫びたくなる。だが、あの目はそんな言葉には反応しない。全ての希望を失った者の虚ろな目だ。


「なんで…なんで!」


プリネラは女の子の振るうナイフを避けながら、顔を歪め、叫ぶ。


女の子のナイフは空を斬り続け、光魔法を駆使した所でそれは一向に変わらない。その全てをプリネラは避けてしまう。更にはプリネラの姿を目の前で見失ってしまう程に実力差がある。というのに、彼女は引くことは勿論、焦る事さえしない。


「ウッドバインド!」


凛がウッドバインドを女の子に掛け、動きを封じる。もう一人は健が抑えてくれている。今のうちに…

俺は女の子に駆け寄り、ボロボロの服を破いて杭を見る。そして、杭がどの様に繋がっているかを確認して……言葉を失った。


黒い杭が胸の中に入り、心臓と完全に溶け合っている。絡まりあっているという次元ではない。心臓と杭が融合してしまっている。いくら呪いを浄化した所で、杭を抜けば心臓も一緒に出てきてしまう。そしてこの杭に掛けられた呪いを調べたところ、想像を絶する物だった。

完全に心臓と融合した事によってその機能の一部を奪い取り、杭の呪いが解けた瞬間に心臓も止まってしまうという物だった。

そこに慈悲は無く、彼女達をただのとしてしか扱っていない事を読み取れただけだった。


「……駄目だ……」


「何故ですか?!」


「取り除く事は…出来ない…」


「そんな!!」


「すまない…」


プリネラの気持ちは痛い程に伝わってくる。それでも、俺は神ではない。出来ないことも多々ある。これもその出来ない事の一つだ。


捕まって杭を見られている状況において、女の子は死刑を待つ囚人の様にじっと俺の目を見ている。吸血鬼であるならば、噛み付いて来てもおかしくは無いはずなのに。死をずっと前から受け入れているのだろう…いや、寧ろ殺される事を望んでいるのかもしれない。


「すまない…」


俺は女の子の首を風魔法で跳ね飛ばす。なるべく痛みが無いように。


「マコト様っ!?」


「せめて……殺してやる事が彼女達の救いなんだ…」


「そんな…そんな事って……」


「健!」


「あぁ…」


健の刀が最後の一人の首を飛ばす。

プリネラにも、シャルにも、これ以上彼らと戦って…殺して欲しく無かった。健には辛い役目を押し付けてしまったが…


二人の亡骸なきがらが灰と化す所を、痛みを我慢する様な顔で見ているプリネラ。いつもはあまり他人に興味を示さない彼女も、今回ばかりはそうはいかないらしい。


「誰が……誰がこんな事を!」


「……確かな事は言えない。でも、私の知る奴らだと思う。」


「…最上級吸血鬼…」


もし、本当に最上級吸血鬼が関わっているのだとしたら…ブリトー家は吸血鬼の傀儡かいらいとなり、プリネラを作り上げた事になる。ネフリテスのみならず、吸血鬼にまで深く介入されているとなると、ジゼトルスという国は思っているよりもずっと危険な国だ。そして恐らくその考えは間違っていない。

彼らの胸に突き刺されていた黒い杭は、簡単に作れるものでは無い。それなりの知識と、魔力、そして人を人とは思わぬ精神を持っている連中にしか不可能だ。俺の知る限りそんな奴らは最上級吸血鬼か悪魔種くらいだ。

子供達が俺達を狙っていた事から、恐らく、調達係のヤガナリ-シーザを殺した事が引き金となり、子供達を送り込んで来たのだと思う。悪魔種は互いに干渉し合わない為、バイルデン王が殺された事で報復を行う事は無い。結論として最上級吸血鬼の仕業と考える方が自然だ。


「殺す!絶対に殺してやる!!」


プリネラに落ち着け…とは言えなかった。落ち着けるはずが無いだろうと思うし、俺自身も同じ気持ちで落ち着け無い。


「ドラゴンの楽園より、先に行かなければならない場所があるみたいだな。」


「シャル。奴らの場所は分かるのか?」


「一人だけ知ってる。アガナリ-ヤトリフ。研究と称して笑いながら拷問する男。

拷問中はよく喋る。自分が居る場所のことについてもよく喋っていた。」


「どこだ?」


「ここ。未開の地。」


「近いのか?」


「近くは無いと思う。奴の話では、真っ黒で葉の無い木が沢山生えている場所。」


「真っ黒で葉の無い木…」


黒木こくぼくでしょうか?」


「珍しい木だろ?沢山そんな希少な木が生えている場所なんてあるのか?」


「未開の地なら可能性は十分ある。」


「……どこかにそんな場所があるとして、一体どこに…?」


「もしその木が黒木なら、専門家に聞いてみるか。」


「専門家?」


俺は魔力を使って召喚を行う。


「マコト様!」


出てきたのはドライアド。木について詳しいと言ったら彼女以上は居ないだろう。


「ドライアド。少し聞きたいことがあるんだが。」


「なんでも!なんでも聞いて下さい!」


最近呼んでなかったからか、圧が凄い…


「この世界の南半球のどこかに黒木が沢山生えている場所ってあるか?」


「黒木ですか?妾の記憶では…確かここから西へ向かった所にあったかと…」


「遠いのか?」


「幾分距離がありますね。」


「そうか。助かった。ありがとう。」


「はい。えっ?!もうですか?!あ…ちょっ…」


今はじゃれ合っている気分では無いため、ドライアドには悪いが直ぐに退場してもらった。


「西ですか。」


「一度外に出て西へ向かおう。どの辺かをドライアドに逐一聞きながら進めば行き過ぎる事も無いはずだ。」


「はい。夜が明けたら行きましょう。」


テントの元に戻り、焚き火を囲む。誰も何も言わずただ燃える火を眺め、時間だけが過ぎていく。眠る気にもなれないが、睡眠を取らずに闊歩出来るほど甘い場所でもない。交代で無理にでも睡眠を取る事にして、俺とプリネラが見張りを行う。

寒くは無いが、膝を抱えて座るプリネラ。


「……」


「………」


「マコト様…」


「なんだ?」


「あの子達は、産まれてきたことを後悔しているでしょうか…?」


「……後悔していたかは分からないが、少なくともこの世界を憎んでいたとは思うぞ。」


「そう……ですよね…」


「あんな酷い仕打ちを受けて、誰も憎まないなんて事は絶対に有り得ない。」


「……」


「だからこそ俺達があの子達の無念を晴らしに行くんだろ?」


「……はい。必ず。」


パチパチと爆ぜる焚き火を見詰めるプリネラの目は、何とも言えない目をしている。


その日から数日間掛けて歩き、俺達はドライアドの案内の元、黒木のある地域の外側まで辿り着いた。


「この奥にあるみたいですね。」


「表面上は普通の森だが…」


「常識というものが当てにならない場所ですからね…」


木々は北半球でもよく見る事のできるものばかり。別に他の森と何かが異なるということも無く、パラちゃんのいた森に比べて面白味が無い。

黒木の様な木も今のところは見当たらない。


「モンスターもそれ程いない様です…」


「未開の地にこんな場所もあるんですね。」


「全てが全てモンスターだらけって事じゃ無いだろうな。この中にも食物連鎖はあるだろうし、住みやすいところ、住みにくいところはあるだろうし。」


「ここは住みにくい所なのでしょうか?」


「北半球なら住み着いてておかしくない環境だから住みにくいわけじゃないだろうけど、もっと良い場所があるんじゃないか?」


「モンスターは魔力の濃いところを好みますからね。黒木のある場所は凄く居心地が良いのかもしれませんよ。」


「黒木は魔力を宿しているんだったか。俺の杖もだったよな?」


「はい。魔法を使う時に黒木の魔力も上乗せされる…なんて一説があるほどの素材ですよ。」


「凄い素材なんだな…」


黒光りする杖を眺めて話をしていると、リーシャの耳がピクリと動く。


「モンスターです!……トロール…いえ…オーガ…?」


「なんだその微妙な反応は?」


「どちらとも言い難い気配でして…」


「二種が一緒に居るのか?」


「いえ。居るのは一体だけです。」


「??」


「来ます!」


リーシャの目線の先には草を掻き分けるオーガの姿。


「オーガだな。」


「いえ…」


「??」


オーガが草を掻き分けて出てくると、その下半身はオーガではなくトロールのもの。そして上半身と下半身は物理的に縫い止めているだけ。それで活動出来ているという事に驚きだが…まるで幼稚な誰かが無理やり繋ぎ止めただけの様な姿だ。


「なんですか…あれは…?」


「気色悪い生き物ですね…」


「グガァァ!」


上半身のオーガが叫び、腕をブンブンと振り回しているが、下半身はピクリとも動いていない。上半身と下半身の意思が別々に存在しているらしい。


「なんか…可哀想に見えてきますね…」


「誰がやったにしろ悪趣味だな…」


「やったのは多分アガナリ-ヤトリフ。

あいつの研究の産物だと思う。」


「研究?虐待ぎゃくたいの間違いだろ。」


「モンスターだとしても、あれじゃあわれ。」


シャルが赤雷を腕から放射して哀れな生き物へ当てる。

トロールの再生能力で数秒間耐えたが、直ぐに動かなくなる。


「なんでこんな事を…?」


「あいつは考えついた事をなんでも試す。それが命を冒涜ぼうとくする行いだとしても、関係ない。」


「…あの黒い杭も?」


「作り出したとしたらアガナリ-ヤトリフ以外は有り得ない。」


「…地獄に落としてやる…」


「プリネラ。落ち着けとは言わないが、先走ったりするなよ。気持ちは皆同じなんだ。」


「…はい。分かっています。冷静に、殺します。」


「分かっているなら良い。」


その後、森の中を進んで行くと、同じ様に繋ぎ合わされたモンスターが次々と出てくる。

ワイバーンの羽を持つストーンドラゴン。イービルボアの牙を持つシャドウランナー。レッドスネークの頭を持つミノタウロス。

どれもが縫い合わせただけのもので、中には縫い合わせた部分が繋がらず、半分腐ってきているモンスターもいた。まるでゲテモノの博物館だ。


「生きているだけで災厄さいやくを振りまく奴って本当にいるんだな。」


「アガナリ-ヤトリフだけじゃなくて、最上級吸血鬼は全員が同じ様な奴ら。早く殺した方が世のためになる。」


シャルも相当頭に来ているらしい。言葉尻ことばじりに強いいきどおりを感じる。


二日、そんな道程を進み続けると、周りにチラホラと真っ黒で葉の無い木が見え始める。


「黒木ですね。魔力が内在ないざいしているのを感じます。」


「道は合っているらしいな。このまま先に進もう。」


「はい。」


三日目になると普通の木の方が少なくなり、四日目になると普通の木は完全に無くなり、見渡す限りに真っ黒で葉のない木が生い茂る。


「凄い魔力の溜まり場ですね。」


「それでもモンスターが少ないのは、やはり…」


「無理やり縫い合わせられるのはモンスターでも嫌なんだろうよ。」


濃い魔力を感じるこの場所に、一切生き物の気配を感じない異様な空間が広がっている。


「ここのどこかに居るのでしょうか?」


「居る。あいつは外に出る事を基本的に嫌がる。だからどこかに必ず居る。」


プリネラが黒木の枝の上に登り辺りを見渡す。


「ここからじゃ見えない。」


「見逃さない様に気を付けながら先に進むぞ。」


「先に見てくる。」


プリネラは枝を伝って先へと進んで行く。じっとして居られないのだろう。


それから数日間、辺りを見渡しながら黒木のある地域を見て回るが、なかなかそれらしい物を見付けることが出来ずにいた。


「…何か変。もう見付かっててもおかしくない。」


「黒木の地帯はざっと見て回ったしな…」


「見逃したのでしょうか?」


「いや。プリネラが逐一見て回っているんだ。見逃す事は無いはず。」


「何か仕掛けがあるのでしょうか?」


「その可能性が高いだろうな…」


「リーシャでも見付けられない仕掛けとなると、認識阻害の類か?」


「……ちょっと試してみるか。」


地面に手を置いて意識を集中する。


パリッ…パリパリッ!


地面の上を走る静電気の様な小さな雷魔法。360度、全方位に向かって進んで行く。

パラちゃんから返してもらった箱によって俺も雷魔法が使える様になっていた。

この雷魔法は、第四位の雷魔法、サーチボルト。走り出した小さな電気は、魔法を感知すると帰ってくる様に設定してある。方角しか分からないが、何度か繰り返す事で少しずつ場所を絞る事が可能だ。


「……帰ってきたな。」


「南東側ですね。」


全員でその方角へ向かい、もう一度サーチボルトを放つ。それを繰り返し、魔法が使われているであろう場所を特定する。


「この辺りの様ですが…」


「リーシャ。どうだ?」


「確かに僅かですが、何かある様な気配を感じますね…」


「死霊魔法のファントムに近い魔法なのか?」


「いや。これは多分結界だな。」


結界。この世界ではあまり聞かない言葉だが、それには色々と訳がある。

まず、結界という物は魔石を使って作り出す物で、設置した魔石を直線で結んだ範囲の内側にその効果を発揮する。結界に与える効果によって作用は変わってくるが、認識阻害や魔法、物理防御等、多岐に渡る。

ナーラの家の四隅に吊るされていたランタンもこの結界の考えから来ている。他にもバイルデン王国を覆っていた魔法防御壁もこの結界を使った物だ。

この結界には利点と不利点が存在する。利点は常時発動している事、一度設置してしまえば放置しておいても問題が無い事、しっかりとした知識の元結界を張れば魔道具やそこらのハスラーの魔法よりずっと高度な効果を生み出す事にある。リーシャでも気付かなかった所からもその効果の高さが伺い知れるだろう。

逆に不利点はというと、設置型である為移動は出来ない事、一度発動してしまうと解除と共に魔石は消えてしまう事、効果範囲が決まっている事、大きなものになればなるほど効果が薄く伸びてしまう事、一つでも魔石が壊されると全ての結界が破壊されてしまう事等が上げられる。

細かい点を挙げればまだまだ利点も不利点もあるが、大まかに言うとこれくらいだろう。

フィルリアから結界については教わっているが、一所ひとところに留まる事が無い俺達には使い勝手が悪い物で、使う機会があまり無かった。

魔石もそれなりの物を使う事になるし、一般にはあまり使われないもの。だからこの世界では結界という言葉はあまり耳にしないのだ。


その結界、認識阻害の結界がここに施されている様だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る