第46話 骨の塊
ここに入って来てから既に三日が過ぎた。
毎夜毎夜決まって襲ってくるモンスター達。しかし、昼間には絶対にモンスター達は襲って来なかった。
「夜にしか襲って来ないってのは有難い事だけどよ…なんでだ?」
「……さぁ?分からん。」
「周りにモンスターがいない。という事でも無いのですが…」
「何か理由があるとは思うが…」
何故なのか。それを考える事に意味があるとは思えないかもしれないが、ここは未開の地。ここにはここのルールが存在し、それを破ったものは容赦なく殺される。そのルールを知らないという事は、この地では自殺行為と同じである。
そして、昼間には戦闘を行わないというモンスター達の習性は、ここのルールであると俺は考えていた。
そして、その考えが間違っていなかったことをその日の正午頃に確認する機会が訪れた。昼食を終え、少しの間休憩を取っていた時の事。
「……さっきから何か音が聞こえませんか?」
「音?」
「こう……カラカラというか…カチカチというか…」
リーシャの言葉に耳を澄ましてみるが、特に何も聞こえない。ただ、リーシャは心眼を会得する上で視力以外の感覚を鋭く磨いている。気のせいだろうとは言えない。
木々の下というのは思っている以上に色々な音で溢れている。風で擦れる葉の音、木々のぶつかる音、枝のしなる音、小動物が走る時に草を掻き分ける音。あらゆる音の中で、カラカラという乾いた音を出す物は今のところ心当たりが無い。
全員が動くのを止め、暫く耳を澄ましていると、音の中に混じって確かにカラカラという乾いた音が聞こえてくる。
「…確かに聞こえてくるな。」
「なんでしょうか?」
「ここは変な植物も多いからな…」
「でも…近付いて来てますよ?」
音を辿ってみると、確かにさっきよりも少しだけ
「確かに近付いて来ているな。心眼では見えないのか?」
「距離があるみたいで…」
「他のモンスターの動きは?」
「……離れて行っています!」
「この音の主が昼間モンスターが暴れない理由か…」
「気付くのに遅れて申し訳ございません!」
「それは良い。」
「逃げますか?」
「……いや。今ドタバタ逃げ出すと逆に音で気付かれる危険もある。ここは隠れてやり過ごそう。」
「分かりました。」
俺達は出来る限り急いで木の上へと移動する。息を殺して待つこと数分。音の主が現れる。
カラカラ……
カラカラ……
一定の感覚を空けて乾いた音が聞こえてくる。
その音が遂に俺達の隠れている真下まで来る。
静かに下を見ると、そこには音の主が居る。
なんと言い表せば良いのか…大きさは俺達人間と殆ど変わらない。四足動物の様な見た目だが、尻尾が長く全身を真っ白な骨で覆う生き物。全身を覆う骨は何層にもなっていて、歩く度に外側の骨が内側の骨に当たりカラカラと音を立てている。
骨の下にある本体は見えず、骨の塊が歩いている。という表現が一番しっくりくる様な気がする。
サイズ的にはあまり脅威には感じないかもしれないが、その生き物の持つ異様な空気感はSランクのモンスターの持つそれである。
俺達の真下を通り過ぎ、数メートル行くと突然足を止める。
俺達がここに居る事に気付かれたのかと肝を冷やしたが、どうやら気付かれたのは俺達ではなかった。
俺達の事を襲ったボールリザード。群れの一匹が逃げ遅れたのか、ずっと奥を離れようと転がって移動している。
見えるか見えないかという距離を移動するボールリザード。その姿を見ている骨の塊からボールリザードへと細く長い何かが伸びる。恐らく、その生き物の舌だろう。速く長い舌がボールリザードまで到着すると、クルリとボールリザードを巻き取り骨の塊まで引き寄せる。
骨の塊の中へとボールリザードが入っていくと、バキッバキッと硬いものを砕く音が響く。あの硬い鱗をものともせず食しているらしい。
食べ終わるとまたのそのそと歩き出し、カラカラと音を立てて去っていく。
「…なんか凄いのいたな…」
「ボールリザードまで100mはありましたよね…?」
「怖いのは舌だけじゃなさそうだが…」
「あれは確かにこの辺りの頂点に相応しいですね。」
「恐らくですが、音で獲物を探しているのだと思います。」
「あんなにカラカラうるさかったのにか?」
「音の反響を見ている…と言えば良いでしょうか…?」
「コウモリみたいな感じか。」
「コウモリ…ですか?」
「コウモリってのは音の反射を使って周りの状況を確認する。その親玉みたいな奴って事だろ?」
「はい!コウモリってそんな風に見ていたんですね。」
あの生物が同じかは分からないが、どちらにせよ、出来る事ならば顔を合わせたくは無い相手だ。
あの骨モンスターは昼間行動するモンスターで、それを恐れる他のモンスター達は音を立てないように、昼間は静かに行動しているという事だろう。
「昼間はあれに気を付けて先に進もう。鉢合わせしない様に気を付けていれば、それ程怖くはない。」
「あれだけ音を鳴らすモンスターなら鉢合わせも回避できますね。」
「他にも注意が必要なモンスターは山程居るから気を抜くなよ。」
「はい!」
あの存在を確認した事によって悠長に進んでいる暇は無くなった。パライルソ-シュルバルの居るであろう場所まではかなり近付いている。さっさと向かうとしよう。
ベイカーに教えて貰った位置は現在地から南へ半日の地点。日が暮れる前に出来るだけ近付いておきたい。
骨モンスターを見送った後、直ぐに出発し数時間程歩いた所で景色がガラリと変わる。
それまでは生い茂った木々が太陽の光を遮り薄暗かったのに対し、ここでは背の低い小さな木が少し生えているだけで陽の光が差し込み全体的に明るくなっている。加えて、生えている背の低い小さな木には赤く光る果実がたわわに実っている。流石に食べる気にはならなかったが、手を伸ばせば届く位置に実っていると周囲を明るく照らしてくれる。赤いけれど。
「さっきまでとは全然違う風景ですね…」
「いきなり過ぎて戸惑うしか出来ないんだが…」
「明るーい!」
「ここなら夜でも視界が通り易いですね。」
「……この木が生えている場所にはあまりモンスターが寄ってきていないみたいですね。何故か分かりませんが…何かを嫌がっている様子です。」
「匂いは特に何も無いけどな…俺達には分からない匂いなのかもしれないな。モンスターが来ないのは有難い。このまま先に進もう。」
果実の明かりに照らされて進んでいくと、微かに聞こえてくる水の音に気付く。
「川でもあるのでしょうか?」
「どちらかと言うと滝の音に聞こえないか?」
「滝があっても小さそうな気がしますね。」
「探してみよう。」
「はい!」
目的地付近に水場があるとなると、パライルソ-シュルバルもその水場を使っている可能性は高い。移動していたとしても痕跡くらいは見付かるはずだ。
水音の方へと歩を進めると、岩場があり、岩と岩の間から水が落ちている。1m程度の高さで、滝と呼ぶには小さいものだが…
近付いてみると水は澄んでいて、殆ど平地という事もあってか流れはかなり穏やかだ。
「この水は飲めますかね?」
「私が調べてみますよ!姉様!」
「そう言えば毒に関しては詳しいのでしたね。」
プリネラが水に両手をゆっくりと入れる。波紋が一瞬だけ広がり流れて行く。
そのまま掬い上げた両手の間から透明な水がポタポタと落ち、岩場を濡らす。
「………んー!甘い!」
「大丈夫そうか?」
「体に悪い物は入ってないと思いますよ!」
「どれどれ………うぉ?!なんだこれ?!本当に甘いぞ?!」
健の反応に興味が抑え切れず水を掬い上げて口に含む。
「凄いな…本当に甘い。」
若干のとろみがある水は俗に言う水が甘いとは違い、糖分の甘さを感じる。
「これは…美味しいですね。」
「なんでこんな味になるんだ?」
「あれが原因みたいだよ!」
プリネラが滝の上に登り奥を見ている。プリネラに習って上に登ると、周りにある光る果実を実らせる木の中で最も大きい木が立っている。
他の二倍はある高さと幅。そして枝が下に曲がる程に実った光る果実。その大きな木の幹の中央辺りに掌程度の穴が開き、そこから流れ出している水が川となっている。
「不思議な木ですね。」
「水も甘いなら果実も甘いって事か?」
「あ、果実は駄目だよ。さっき
「プリネラ既に齧ってたのかよ…怖いもの知らずだな…」
プリネラの怖いもの知らずには俺も驚いたが…それより、辺りを見渡してもパライルソ-シュルバルの姿は見当たらない。外れだったかと気を落としていると、健がいつもの様に痕跡を見付けた。
「ここに誰か来たみたいだな。」
「モンスターじゃないのか?」
「違うな。モンスターと人の痕跡は全く別物だから分かりやすい。これは人の痕跡だ。」
「当たりか?」
「こんな所に来る奴なんて限られているだろ。」
俺達の探し人。もしくは探検隊だろう。
探検隊というのは、その名の通りこの未開の地を探検する奴らの事だ。
凛が言っていた様に未開の地というのは、開発されていないだけで探索が終了している地域もある。では、誰が探索をしているのか。それを行っている奴らを探検隊と呼んでいる。
ジゼトルス、テイキビ、ガイストルの三国が協力して組織された部隊であり、構成員は世界でも屈指の猛者達である。
彼らの主な目的は、人が住める土地を探す事、モンスターの調査、希少な素材回収の三点である。この探検隊が入手した情報や素材は、三国に平等に分けられ世の中に出回ったり、加工される事になる。
当然国同士の駆け引きの場でもあり、ドロドロした話も多いらしいが、探検隊自体は冒険者の最高峰とまで言われる名誉ある職業の一つとなっている。
その探検隊がここに来ていた場合、この水場に寄った可能性は極めて高い。
「痕跡から見るに一人分だし、何度もここに足を運んでいるみたいだ、恐らくはパライルソ-シュルバルの物だな。」
「どっちに行ったか分かるか?」
「当然。更に南下したみたいだ。」
「……そろそろ日が沈む。モンスターが寄らないとはいえ、夜の行動は控えよう。」
見晴らしの良い水場という、野営地には持ってこいな条件を放棄するには惜しい。景色が一瞬でガラリと変わった様に、この先がまた危険な地域に変わる可能性もある。休める時に休む。これが鉄則だ。
水場の近くに焚き火とテントを設置して、一応モンスターの襲撃に備えつつ夕食を頬張る。
「本当にこの辺りはモンスターが襲って来ないみたいだな。」
「絶対に来ない…というわけでも無い様子なので気は抜けませんが、圧倒的に他よりは安全ですね。」
「やっぱりこの果実の明かりが苦手なのでしょうか?」
「うーん……」
パンッ!
「おぉ?!」
果実を見て考えていると、目の前の果実が突然破裂音を響かせて割れる。ビックリしていると、周辺の至る所から破裂音が鳴り響き、赤く光る果実が次々に割れていく。
小さな風船を割っている様な音が連続して聞こえてくると、続けてほんのりと甘い香りが漂ってくる。
嫌な甘さではなく、水場の水を思い出すような謙虚な香りだ。
「実が熟したって事か?」
「みたいだな。破裂した外側の部分は下に落ちて、内側はまた光る果実として実り続ける仕組みらしい。」
よくよく地面を見てみると、生え揃った草の合間に果実だったものが沢山落ちている。
「…モンスター達が更に離れて行きます。」
「もしかして、この甘い香りが嫌いなのか?」
「そうですね。音から逃げている感じでは無さそうですよ。」
「良い匂いだと思いますが…」
「匂いというよりは匂いの中に含まれる無臭の成分…かもしれないな。」
「モンスターが嫌がる成分を飛ばしているって事か。」
「危険な成分だったりしませんかね?」
「モンスター達は速攻で逃げ出したんだ。もし俺達にとって有害なら既に体調に出ていてもおかしくは無い。全然平気ってことはモンスターにのみ有効な成分だろうな。」
「もし有害だったかもって考えると…ゾッとすぜ。」
「もし俺達にも有害なら入る前にモンスター同様に気が付いてか、不調になって入らなかったはずだ。入れた時点で安全は確認済みって事だろ。」
「それもそうか。」
「天然のモンスター避けですね。」
「これを持ち歩いたらこの先楽になるんじゃないのか?」
「果実を収穫すると、数分で萎んで枯れちゃうよ。」
「そんなに都合良くはいかないか。」
持ち運ぶ事が出来ないのは残念だが、この地域だけでも、ある程度の安全が確保されているならかなり役に立ってくれている。パライルソ-シュルバルも恐らくは、このモンスター避けの効果を持つ木のある場所のどこかに拠点を設けているだろう。
この予想は翌日、直ぐに当たっている事が確認できた。
身支度を整えて健の追跡を頼りに歩く事30分。木々の中に簡素…という言葉すら贅沢に聞こえてくる程の建物が見えてくる。
「あれが…拠点でしょうか…?」
「掘っ建て小屋ってレベルじゃないな。」
「板を組み合わせただけですね。」
「あはは!触ったら崩れちゃいそう!」
「誰か出てくるみたいですよ。」
扉の代わりだろうか、立て掛けられた板を強引に横にズラし、中から女性が出て来る。パライルソ-シュルバルだ。
黒い角と尻尾。長い紫色の髪が先端だけカールしている。眠そうな目の中には、バイルデン王と同じ様な模様にも見える赤い瞳。
「……グラちゃん…?」
小さな声で呟いた彼女は、そのまま足早に俺の方へと歩いてくる。
「グラちゃんだ!」
眠そうな目が見開かれると、程よいサイズのスライムさんを顔面に押し当てられる。やっぱりハグってどんな種族にも共通する愛情表現の方法なんだなぁ…
「って違う!」
「違う?」
「いや。元グランという所は合っている。」
「やっぱりー!」
「そうじゃなくて、取り敢えず放そうか。」
「なんで?」
「俺は記憶を無くしているわけだから、身も知らぬ人から突然ハグされても困るという話だな。」
「あー。そう言えばそうだったねぇー。」
「だから一度放してくれないか?」
「え?なんで?」
「あれ?!俺の説明どこ行ったの?!」
「僕はハグしたい。だからハグする。結果グラちゃんはハグされる。そういう事。」
「うん。よし。分からん。」
何故俺の昔の知り合いは……特にこのパライルソ-シュルバルは自由奔放な人の香りが強い。こんな所に一人で居るのだから、変人だとは思ってはいたが。
なんとか解放してもらい、やっと話を始める事が出来た。
「取り敢えず、俺は今グランじゃなくて真琴と名乗っている。ジャイルは健。ティーシャは凛だ。」
「マコちゃんにケンちゃんにリンちゃんね!覚えた!」
「そんで、プリネラ。リーシャ。それとシャーロットだ。」
「プリちゃんは久しぶり!リーちゃん、シャルちゃんは初めまして!」
「初めまして。」
「どうも。」
「こんな所によく来たね?」
「こんな所に居るからだ。」
「くふふ!それもそうだね!」
「記憶を取り戻しに来たんだが…起きたばかりか。」
「昨日の夜は夜更かししちゃってねー。今起きたところ。」
「身支度が整ったらでいいから。」
「ありがとー!じゃあ準備してくるね!」
そう言って小屋の裏へと回っていく。
「また濃ゆい人が出てきたな…」
「真琴様の知り合いに薄い人は居ませんからね。」
「薄くなくて良いから普通の人を
「真琴様が普通じゃねぇから、それも諦めろ。」
「くっ…人の夢と書いて
「悪魔種にしては明るい人。」
「悪魔種の中にも良い人はいますよ。少ないは少ないみたいですが。」
「バイルデン王を知っていると、どうしてもな…」
「お待たせー!」
「早いな。」
「そんなあれこれ準備する女に見える?」
「見えないな。」
「くふふ。マコちゃんは相変わらずはっきり言うから好きだよー。」
「それは光栄なことだな。」
「くふふ。」
「こんな所で何してるんだ?」
「魔法の研究だよ。」
「こんな危険な所でか?」
「ケンちゃんの言いたい事も分かるけどねー。危険でもそこに研究の種が有れば僕は行かずには居られないよ。」
「真琴様が言ってたけど、モンスターを研究してるのか?」
「マコちゃんは相変わらず鋭いねー。そうだよ。魔法の一番得意な生き物はモンスターだからね。未知の魔法を使うモンスターが居るはず。だからここに来たんだよ。」
「居たのか?」
「今のところは居ないかな。でも、面白い植物やモンスターが沢山いて研究には事欠かないからね。」
「そう言えば、来る途中で骨の塊みたいなモンスターに会ったな。」
「よく無事だったね。」
「隠れてやり過ごしたよ。やっぱり危険な奴なのか?」
「あれはボーンドラゴン。天災級ではないけど、それに近い強さを持つドラゴンの一種だよ。」
「ドラゴンかよ?!」
「隠れて正解でしたね。」
「この辺りはあのボーンドラゴンの活動範囲。音に気を付けていれば危険は避けられるけど、下手に刺激しない様に気を付けてねー。」
「言われなくても気を付けるよ。」
「そう言えば記憶の回収に来たんだっけ?」
「あぁ。頼んでも良いか?」
「もちろんだよ。」
パライルソ-シュルバルは俺の手を取って胸に当てる。少しは
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
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