第47話 パライルソ-シュルバル

「バイルデン王国…ですか。」


ナーラの家を出た俺達は、戻るわけにも、燃える大地を進むわけにもいかず、向かう道は一つしか残されていなかった。


バイルデン王国。


教会の本拠地であり、あまり近付きたくはない場所の一つ。ただ、今は四の五の言っていられる状況ではない。赤羽の騎士が追って来られない街に逃げ込む事で一旦追跡を振り切る必要がある。


「危険は承知の上だが、適当な所をフラフラ進んでいても見付けてくれと言っている様なものだしな。」


「あいつ、しつこ過ぎないか?」


「嘆いても状況は好転しない。」


「それは分かってるけどよ…」


「赤羽の騎士は人の道に外れた事はしない奴だ。あいつがそれを守っている限り、追い返すことは出来ても、結局俺達は逃げるしかないんだよ。」


「くー!腹立つー!」


「バイルデン王国に向かうのは良いとしても、どうやって入るおつもりですか?」


「どこかからか上手く潜り込めないかと思っているんだが…」


「可能でしょうか?」


「行って見てみないと分からないな。」


「入るにしても入らないにしても、一度行ってみるべき…という事ですね。」


「私は大丈夫ですよ!」


「私もそれでよろしいかと。」


「俺も問題無いぜ。」


俺達は一先ずの目的地としてバイルデン王国へと向かう事にした。長い道程ではあるが、当然歩いて行くしかない。


出て来るモンスターもそれなりに強いモンスターが多く、四人で突き進むには厳しい旅になった。

昼夜を問わず襲ってくるモンスター。どれだけ歩いても景色は変わらず、どれだけ進んだかも正確には分からない。明日には…明日には…と考えても一向に姿が見えないバイルデン王国。

何故こんな事に…と考える程につのっていく怒りや憎しみ。時折フィルリアの教えを忘れそうになる。その度に三人が笑わせてくれたり、美味しいものを食べさせてくれたり、本当に良い仲間を持ったと心底思う。

そんな辛い旅路にも終わりは来る。


「やっと着いたなぁー!」


「長かったですね。」


目の前に広がるバイルデン王国の外壁。いきなり近付いたりはしないが、見える所まで来られたというだけで安堵できる。


「でも…どうやって入りますか?」


「入る隙は無さそうだよな…」


「塀の上に見張りまで立ってるな。」


「信者に化けて入るってのは無理か?」


「服装とか問答とか、色々あるからその手は使えないんだよ。」


「荷物に紛れ込んで入るというのはどうでしょうか?」


「入る事は出来るかもしれないが、それだと入った後が大変な事になる。出る時だって危険な橋を渡ることになるしな。」


「なかなか鋭いね。」


「当然です。グラン様なんですから。」


「へぇ。グラちゃんって言うんだ。」


「グラちゃん?……うぉ?!」


「どうも。初めまして。」


俺達の真後ろに立っていたのは紫色の髪をした女性。瞳は、人種の女性に見える…が、どこか普通の女性とは違う雰囲気を感じる女性だ。


「私の名前はパライルソ-シュルバル。パラちゃんって呼んでねー!」


「パラ…ちゃん…?」


「おっとっと!そんな警戒しなくても大丈夫だよ!」


「信者服を着ている奴を信用しろと?」


「僕は信者じゃないってば!」


「信者じゃない?」


「うんうん!」


「…おちょくってるのか?」


「違うってばー!僕は本当に信者じゃないの!なんならこの信者服ここで燃やしても良いから信じてよー!」


「くっつくな!」


「だってー!信じてくれないんだもーん!」


「分かった!信じるから!」


「ほんと?!やった!」


「な、なんだこの変人は…」


「はっきり物を言う子だねー。そういう子、僕は好きだよ。」


「それで?パラちゃんはなんで俺達に絡んできたんだ?」


「面白そうな話をしてたから。」


「面白そう?」


「バイルデン王国に侵入するつもりなんでしょ?」


「やっぱり教会の?!」


「違うってばー!僕はただの研究者!」


「研究者?」


「僕は魔法を研究する研究者!だから教会とは何も関係無いの!」


「関係ないなら、なんで信者服なんか着てるんだ?」


「これを着ていないと中に入れないからね。

僕はこの国に呼ばれてきたんだよ!」


「呼ばれて?」


「なんでも、僕の研究成果を聞きたいって人が居るらしくてね。その人に呼ばれたんだ。

でも、僕の研究を悪用する気満々だからねー。サラッと断って帰ってやろうかと考えてたら、面白そうな話をしているから…つい。」


「バイルデン王国から呼ばれるって事は有名なのか?あまりそういう事に詳しくなくてな。」


「どうかな?僕は別に有名だとは思ってないよ。研究者って言っても個人で研究しているだけだし、成果を世に出しているわけでも無いし。」


「そんな奴の研究をどうやって知ったんだ?」


「この国の王が僕の事知ってたみたいでねー。なんでだろう?」


「俺達に聞かれても知らないっての。」


「そんなわけで、僕は信者でも教会の手先でも無いから安心して!」


「……一応信じてやるよ。」


「ふぅー。良かったー。」


いちいち大袈裟な仕草をするパラちゃん。悪い人では無さそうだが…


「バイルデン王国に入りたいって事なら、僕が連れて行こうか?」


「そんな事出来るのか?」


「弟子って事にしておけば入れると思うよ。」


「パラちゃんの弟子…?なんか嫌だな。」


「僕だって傷付くんだよ?!」


「冗談だよ。でも、なんで俺達に手を貸す?」


「んー…明確な理由は無いかな。」


「理由も無く危険な橋を渡るのか?」


「敢えて理由を付けるとしたら、僕は君達の事を多分好きになるから…かな。

僕は人を見る目には自信があるんだよねー。」


「……変人。って事か?」


「失礼な!僕は直感型なんだよ!」


「直感型…ねぇ。」


「グラちゃんは魔法の研究に興味ある?」


「突然だな。俺も研究とまではいかないが、興味の範囲内で色々調べたりはするぞ。」


「くふふ。やっぱり。」


「なんだ?」


「グラちゃんの思考回路は僕に似ているからねー。グラちゃんとは楽しいお話が出来ると思うんだよ。ちょっとバイルデン王国内に入って僕とお話しようよ。」


「……」


「警戒は当たり前だけど、僕はこんな詰まらない嘘は吐かないよ。」


「分かった。」


「よろしいのですか?」


「もし、嘘だったら…」


「僕を殺してくれて構わないよ。」


真っ直ぐと俺を見て言うパラちゃん。その目はフィルリアやシャーリーが俺達に見せる目と同じに見えた。


「…信じてみよう。」


「分かりました。」


「決まり!じゃあ行こう!」


「俺達は信者服とか持ってないぞ?」


「大丈夫大丈夫!」


俺の手を取るとさっさと歩き出してしまうパラちゃん。本当に大丈夫だろうかという懸念けねんはパラちゃんによって砕かれる事になった。

バイルデン王国へ入国する際、話にも上がらなかったであろう弟子が四人。パラちゃんの勧めで変装はしているが、子供が四人も着いてくるとなると、それだけで引き止められるのは当然の事だ。


「お待ち下さい!」


「え?なに?」


「シュルバル様の事は聞いておりますが…御弟子さんの事については…」


「え?駄目なの?」


「その…突然その様な事を言われましても…」


「そっかー。この子達を置いていく事も出来ないし…それなら仕方ないねー。君の方から僕達はこれで失礼するという事を伝えておいて。それじゃ、よろしくねー。」


「おおおお待ち下さい!」


「ん?なに?」


「確認を取って参りますので少々お待ち頂けますか?!」


「え?もう帰るから良いよ。」


「直ぐに!直ぐに確認を取って参りますので!」


「そう?なら少し待っておくよ。」


「はい!」


全力疾走で確認に向かう信者の一人。


「大丈夫だったでしょ?」


他に見えないようにウインクするパラちゃんは、悪戯いたずらっ子の顔をしている。数分後、全力疾走で戻ってきた信者は、息切れしつつも入国を許可する旨を伝えてきた。ならばとパラちゃんが入国する事を伝えると胸を撫で下ろしていた。


「いつも教会の人達に好き勝手やられているから、たまにはやり返しておかないとねー。」


飄々ひょうひょうと言い退ける彼女と共に、バイルデン王国への入国を果たした。

この国の性質上、赤羽の騎士でも簡単には入国出来ないはずだ。


「この国は貧富の差が顕著けんちょだな。」


門番の人に代わり信者の二人が案内してくれた場所には、来るまでに見えていた家々より一回り大きな家々が建っている。一見しては分からないが、家の中を覗くと、豪華な家具が置かれている。

階級の高い者達の住む区域であり、この建物は賓客ひんきゃく用として使われているのだろう。貧富の差が顕著だと言ったが、正確には貧しい生活をしている人達の生活が、他の国と比べて極端に質素なのだ。

そして、その分が全て教会や一握りの者達に集約している。それを良しとしている住民も住民だが、搾取する側の者達の良心は痛まないのだろうか。元貴族の俺に言われたくはないかもしれないが…

家の中に入り、やっと落ち着いた時の第一声がこれだ。どれだけ目に見える貧富の差か分かるだろう。


「僕もこの国の事は好きじゃないかな。この国の住民は自ら進んで奴隷として生きている様なものだからねー。

考える事を放棄した者は見るに堪えないよ。」


「考える事が仕事である研究者から見れば、この国の住民の生き方は地獄そのものだろうな。」


「研究者で無かったとしても、自分の自由を他人に預けるなんて、僕には怖くて出来ないよ。あ、君達三人は違うよ。目を見れば分かるから。考える事を放棄した者は目が死んでいるからね。」


「言われずとも分かっています。」


「それは良かった。

それより、グラちゃん達はどれくらいの間この国に滞在したいのかな?」


「特に決めてはいない。パラちゃんに合わせるよ。」


「僕はグラちゃん達の良いようにしてくれればそれで構わないよ。」


「良いのか?」


「うん。」


「なんでそこまで…」


「……そうだね。グラちゃん達は僕のことを信用して着いてきてくれたんだから、僕もしっかりしないとね。」


「??」


「実は、僕には秘密があってね。そのせいで僕には対等に話せる友達がいないんだ。」


「秘密?」


「…僕が、悪魔種という秘密だよ。」


パラちゃんの額から角が生え、尻尾もいつの間にか…黒かった瞳は模様にも見える赤い瞳へと変化した。

悪魔種という種族についてはフィルリアからある程度聞いた事があった。非常に珍しい種族だが、力や魔力が強く寿命も長い種族。人間と同じ様に性格は千差万別だが、敵対する者の方が多い。そして、敵対する悪魔種は人道的とは程遠い者達であり、恐れられている存在。


「悪魔種…」


「グラン様!」


三人が俺の前に出て戦闘態勢を取るが…俺は彼女に戦闘の意思が無いことを悟っていた。どこか怯えている様な、悲しんでいる様な、そんな目をしている気がしたからだ。


「……」


「やっぱりグラちゃんは……怯えないんだね。」


「怯えているのはパラちゃんの方じゃないのか?」


「僕が…?」


「俺にはそう見えるけどな。」


「そう…なのかもしれないね。僕は悪魔種。誰に明かしたとしてもその場で戦闘になるか、逃げられるか…もしくは少しずつ疎遠になるか。」


「パラちゃんが悪魔種だと知った後も付き合いを続けてくれた人は誰もいなかったのか?」


「何人か居たよ。」


「それなら…」


「その人を信じて着いていくと、沢山の人に取り囲まれてね。殺すか逃げるかしか僕には出来なかったよ。」


「……」


悪魔種はそういう生き物。と誰しもが思っているし教わる。当然俺達もそう教わった。それ程悪魔種というのは全種族から嫌われている存在。


「それで?」


「え?」


「その秘密が、俺達を助ける理由とどう繋がるんだ?」


「そう言えばそんな話だったね…

笑わないで聞いてくれる?」


「約束は出来ない。」


「はっきり言うねー………僕と友達になって欲しい。それだけなんだ。僕の正体を知った上で…友達に…」


飄々としたパラちゃんではなく、小さな子供のように手をモジモジさせ、尻尾をクネらせる。今のパラちゃんの感情は多分誰でも分かる。


「グラちゃんは僕と同じ様に考えるから…僕を避けたりしないかな…って…人を見る目には自信が有るから…」


自信が有る様には見えないが…

どれだけの時間を生きてきたのかは知らないし、彼女が何度裏切られて来たのか、何人に正体を明かしたのかは知らない。怯えている所を見るに一人や二人では無いだろう。


「…何故まだ他人を信用しようとするんだ?」


俺には正直なところ理解が出来なかった。何度も裏切られてきたというのに、人を見る目に自信が有ると言ってのける感情が。正体を明かしたことで酷い扱いを受けた過去が有りながら、会って一日も経っていない俺達に正体を明かす理由が。

これでは馬鹿な奴にしか見えない。もしくは何か別の所に魂胆があり、俺達を子供だと甘く見ているか。

その考えに気付いたのか、読み取ったのか、彼女は口を開いた。


「……いきなりこんな事を言われたら警戒して当たり前だよね。」


「そうだな。」


「僕がグラちゃんを信用する理由が知りたいんだね?」


「信用される理由が思い浮かばなくてな。」


「……分かった。話すよ。」


そう言って人種の姿に戻った彼女は椅子に座り一息付いてから話を始めた。


「僕にはずっと昔、一人だけ正体を知っても仲良くしてくれた本当の友達が居たんだ。人種の男の子だった。歳はグラちゃんと同じか、少し下だったと思う。」


「よく怯えなかったな?」


「僕は争い事が嫌いでね。その子もその事をよく知っていたし、正体を彼が知ったのは噂からだったから…なのかな。」


人伝ひとづてに知ったのか。」


「あの時は怒られたよ。友達なら自分から明かしてくれってね。でも、それだけだった。僕の正体を知って、怯えるどころか叱る人に会ったのは初めてだったよ。

彼はとても優しい人だった。僕にはグラちゃんが彼に、とてもよく似ている様に見えたんだ。性格だけじゃなくて、顔や姿もよく似ていてね。」


「俺がそいつに?」


「うん。とてもよく似ているんだよ。」


「そいつはどうしたんだ?」


「ずっと昔の話だからね。彼は寿命で亡くなったよ。」


「俺が似ているから信用したってのか?」


「馬鹿だと思うかい?」


「思うね。」


「くふふ…僕もそう思うけどね。信用してしまったのだから仕方ない。」


「因みに…そいつの名前は?」


「エイブラ。エイブラ-。」


「フルカルト?!グラン様?!」


「流石に驚きだな…」


似ているはずだ。俺から数えて四代前の先祖なのだから。血の繋がった先祖と友達だったという事だ。その頃はまだ貴族でも無かったし、ただの農家。その名前を知る者は恐らく今となっては俺しかいない。いや。パラちゃんもその一人か。


「何に驚いているの?」


「エイブラ-フルカルト。俺の四代前の先祖だよ。」


「……えぇ?!」


「本当に知らずに近付いてきたんだな。」


「当然だよ!エイブラが死んでからは近付きもしなかったからね…まさか…エイブラの子孫だったなんて…くふふ。世界は広く見えて意外と狭いねー。」


「同感だよ。

その名前一つで、話が本当である事が分かった。そしてパラちゃんが信用するに値する事も。」


「僕が言うのもなんだけど、エイブラの名前一つで信じて良いのかい?」


「俺の家、つまりフルカルト家ではエイブラの名前は特別なんだ。」


「エイブラが?」


「昔雨の降らない年があって、村全体が死にかけた事があったらしくてな。

エイブラ-フルカルトはその時村を救ったという話を父から何度も聞かされてきた。そんな男になれ。とね。」


「あー。あの時かー。」


「知ってるのか?」


「知ってるも何も、エイブラが突然血相変えて僕の所に来たから何かと思ったら…村が死ぬ!ってさ。

僕がエイブラに打開策を教えたんだよ。」


「エイブラ…受け売りだったんかい?!」


「確かに受け売りだけど、エイブラの凄いところはそこじゃないよ。

その時僕が居た場所は到底エイブラでは辿り着けないくらい険しい道程の先にある場所だったんだ。

それなのに、たった一人で、どうやって来たのか分からないけど僕の元までやってきたんだ。普通は死を恐れるから、出来ることじゃない。」


「…グラン様を彷彿ほうふつとさせる方ですね。」


「くふふ。傷だらけで扉を開けたエイブラの姿は今でもハッキリと思い出せるよ。」


「俺の先祖はやっぱり凄かったって事か…」


「少なくとも、僕にとっては唯一の、無二の親友だったよ。

そんなエイブラに瓜二つの子供が目の前に居たら…無条件で信用したくもなるよ。」


「よく分かったよ。パラちゃんは俺の先祖の命の恩人だったわけだ。つまり、俺の命の恩人でもあるって事だな。」


「大袈裟だよ。そんなに大した事はしていないからね。」


「俺がエイブラに似てるなら……そう言われたらなんて返すか分かるだろう?」


「くふふ。そうだね。素直に感謝を受け取っておくよ。」


「グラン様の御先祖様が、悪魔種の方とお知り合いだったなんて…ガーラン様はこの事をご存知だったのでしょうか?」


「いや、父さんは知らなかったと思う。多分だけどな。」


「エイブラには悪魔種の知り合いがいることを黙ってて貰えないかって頼んだからねー。約束を守ってくれたんだねー。」


「なんでだ?」


「悪魔種は嫌われ者。それは変わらない事実だよ。エイブラは気にしていなかったけど、それ以外の人は、また別さ。」


「……エイブラを守ったのか。」


「僕が知られたくなかっただけだよ。」


「……そうか。」


嘘だと分かっていたが、それ以上言う気は無かった。その言葉を聞いた俺は、彼女が今までの会話に嘘を混ぜ込んでいないと確信した。

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