第36話 バイルデン王国

「昇降口と考えて…このマークを繋げていくと……」


全てのマークを直線で繋ぐ。


「街全体に広がる地下道…か?」


「そしてこれ、街の南側で全ての線が収束する形だ。」


「ここが本部?」


「可能性としては十分有り得る話だと思うがな。」


「となれば排水口から入れれば街中に出なくても済む可能性があるって事か…無理でもこれだけ昇降口があればどこからでも入れるよな。」


「まだ昇降口と決まってはいないが、視野に入れておいて損は無いだろうな。」


「またしてもベイカーのお手柄ですね。」


「へへへ。やったね!」


「他にもいくつか案を出して対処出来るようにだけはしておこう。」


「分かりました!」


ベイカーのお手柄によって調子が出てきたのか、そこから二つ、三つと代案が出てきて作戦が決まった。


「これで作戦は大丈夫だろう。後は必要な物を揃えるだけだな。」


「私達は何をすれば良いの?鬼ごっこと隠れんぼは毎日やってるわよ?」


「妖精のそういう技術を学ばせて貰えるだけでも十分だぞ?」


「それじゃあ私達遊んでるだけじゃない。駄目よ、そんなの。」


「と言われても…」


「私達には私達にしか出来ないことがあるわ。そうやって生きてきたから分かるのよ。だから今回だって私達にしか出来ないことをやるわ!」


「ヒフニーの言う通りですね。僕もそう思います。」


「……それなら撹乱をお願いしよう。」


「かくらん?」


「街中にひょこひょこ現れては隠れるを繰り返すんだ。超大規模な隠れんぼ、鬼ごっこだな。」


「大丈夫でしょか?捕まったりしたら…」


「確かに危険だが、教会と国は強固に繋がっている。これだけ大規模な組織があるのに国が気付いていないはずは無い。つまりバイルデン王国、教会、ネフリテスは手を組んでいると考えた方が自然だ。

つまり…今回相手にするのはネフリテスではなくバイルデン王国。という事だな。

そんな国家ぐるみで妖精を捕らえようとしているんだ。ここで最高の結果を出せなければその時点で妖精達の未来も無い。」


「危険を承知でも行かなければならないのですね…」


「妖精達の撹乱があれば俺達も動きやすくなるはず。下手に守りに入って勝てる程小さい相手じゃないだろうしな。」


「国軍基地がある程ですからね。」


「ただ、捕まっても良いってわけじゃないぞ。絶対に捕まったら駄目だ。何をされるか分からないからな。」


「まさか…こしょこしょの刑?!」


「それよりもっと酷い事だ。」


「そ、そんな…」


「皆で力を合わせれば大丈夫だよ!」


「俺達は捕まったりしないからな!」


「そう…だよね!うん!」


「危なくなったら直ぐに呼べ。絶対に駆け付けるから。」


「うん!」


かくして俺達はバイルデン王国への襲撃を試みる事となった。妖精達の作る扉は特定の位置へ空間を繋げる物で、異空間収納と少し似た物らしい。

バイルデン王国周辺にも開ける場所が存在するという事で馬車や歩きで向かう事なくバイルデン王国付近へと即時移動出来る。

妖精が同行していれば、その地点に扉を開く事も可能である。


そんな便利な機能を使わない理由など無い。凛がいつも抱いているプラトンと共にバイルデン王国西側へと一気に移動する。


「うー。緊張してきたよー。」


「まだ見えてもいないのに。」


「こんな大役緊張するよ!」


「皆を呼び寄せる扉を作る仕事だもんな。」


「うー!」


実際は俺達にくっ付いて来るだけなのだが、プルプルと尻尾を震わせるプラトンにそれを言うのは御法度ごはっとだろう。


まだバイルデン王国は視界内には入っていないが、念の為この位置から南下し迂回する。数日は掛かる予定だが、馬車は使わない。草原地帯での馬車はそれだけでかなり目立つし、突然動かなければならない可能性が高い今の状況では邪魔になる。


腰まである草を足で掻き分けながら進んでいくのはなかなかに大変ではあるが、辿り着く前に見付かってしまいました…では笑い話にもならない。


丸一日を費やしてぐるりとバイルデン王国の南側、もう一日を費やしてバイルデン王国の東側へと回り込む。


東側は小高い山になっていて木々もそれなりに生えている。身を隠すにはうってつけだが、それはバイルデン王国もよく分かっている。国軍兵士による定期的な巡回が行われている。


「どどどどうするの?そのうち見つかっちゃうよ?!」


木陰から隠れて巡回する兵士を眺めているとプラトンが小さな声で焦り始める。


「大丈夫ですよ。こういう道を進む事に慣れたプロが私達には着いていますからね。」


「プロ?」


「はい。」


まさにプロだろう。プリネラの隠密スキルは格段に上がっている。俺達みたいなを背負っていても簡単には相手から見付かることは無い。

プリネラはスイスイと巡回する兵士達の間をすり抜け、俺達にタイミング良く合図する。それに従って静かに移動するだけで、あら不思議。全く見つかることなく先へ先へと進めてしまう。


「す、凄いね…僕達の隠れんぼよりずっと凄いや…」


「妖精達の隠れんぼも相当なものだと思うけどな。」


「そうかな?」


「外側から見てると鬼が可哀想になってくるからな。俺なら直ぐに降参しちゃうよ。」


「ふっふっふっ!僕達の得意分野だからね!」


「それよりやっと見えたな。バイルデン王国。」


山の反対側にそそり立つ大きな崖。その上にそびえ立つ王城。遠近感がおかしくなる程の大きさだ。よくあれで崖崩れが起きないものだと心配になる。敵の心配をしている場合ではないが…


「デカいな。城も崖も。」


「はい…」


「予想よりえげつないネズミ返しが付いてやがるな。」


「あれはどうなってんだ?」


「金属板を刃物みたいに研いで下から上がってくる奴を拒む様に付けてあるだよ。刃物の氷柱つららみたいなものだな。」


「それが半分より上にビッシリ…隅々まで付いてますね。しかも崖が反り返っています。」


「排水口らしいものは見えるか?」


「プリネラが指摘した場所にあるな。人が入れるサイズだが、斜め下を向いて付いている上に鉄格子だな。」


「人が入れるサイズなら問題は無いだろう。問題はどうやって登るかだな。」


「流石に王城の真下で大きな魔法を使えば検知されてしまいますよね?」


「だろうな。グラビティコントロールは使えそうに無いな。」


「小さな魔法を駆使してあの鉄格子まで辿り着く事が出来れば…」


「登るのは私がやるよ。兄様達は待ってて。」


「その前にこの谷を上手く渡らないといけませんね。」


山の上から見るとよく分かるが、見晴らしが最高に良い。弁当でも持ってピクニックしたい気分だ。

残念ながら俺達はこの中をハイキングしなければならない。


「日が落ちきって暗くなったら出発だ。」


「分かりました。」


燃える様に赤い夕日が山の稜線上へと消えていくのを眺める。谷は山の影となるため他よりも早く、そして深く暗くなる。


「行くぞ。」


「はい!」


俺達はミラージュを掛けて谷の底へと降りていく。

視認はされないと分かっていても開け過ぎていて落ち着かない。

一気に駆け抜けたい気持ちを抑え込んで周りからの目を気にしつつゆっくりと進んでいく。

谷底には崖から落ちたのか大きな岩や、土の塊がゴロゴロしている。お陰で降りてくる時よりは身を隠す事が出来るので、気持ちも少しだけ楽になる。ただ、上を見上げるとその気持ちが失われ嫌な気持ちになる。


ギラリと光る極悪なネズミ返し。ほぼ垂直かそれ以上の角度を持っている崖。身体強化が使えなければ間違いなく登ることは不可能だろう。

全員でよいしょよいしょと登る必要は当然無いので、ここはプリネラ大先生に任せる事にする。


プリネラが影登を使いスイスイと登っていく。あっという間に半分まで登りきると、一度動きを止める。そこから先はネズミ返しがビッシリと付いている。


どうするのかと見ていると、プリネラがゆっくりと崖から。表現として正しいかは分からないが…プリネラは崖に対して垂直に

原理は分かる。足に影登を集中させて壁に張り付けて体を崖から離せば良いのだから。でも何故そんな事を敢えてしているのでしょうか?大先生。

プリネラが居るのは地上から30メートル以上も上。

割と怖い高さだと思うのだが…


プリネラはその状態で上にあるネズミ返しをよくよく観察し、俺の作った投げナイフを取り出す。

そのナイフを体を捻り全力で上に向かって投げる。恐ろしいスピードで飛んで行ったナイフはネズミ返しの一つに刺さり、そのまま突き抜け崖に刺さる。

ナイフには闇魔法で作られた紐が取り付けられていて、その先端をプリネラが握っている。


まさか…と思った時にはプリネラはそれを実行していた。足を曲げて思いっきり崖を蹴ると、ターザンよろしく振り子の様に宙を舞う。


「うわぁ……」


思わず口にしてしまう程の光景だ。


プリネラが崖から離れ行き着いた先は排水口の鉄格子。

その距離を崖に立って測っていたのだろう。


張り付く様に鉄格子に取り付いたプリネラはスルスルと影の紐を下ろしてくる。全員がその紐を握るとプリネラが手繰り寄せ、地面から足が離れていく。

崖から数メートル離れた位置をゆっくりと数珠繋ぎで引っ張り上げられ、鉄格子まで辿り着く。


冷たい感触の鉄格子は手がやっと入る程度の隙間で少し頼りないが、なんとか張り付く。下から見ると分かりにくかったが、結構な勾配が着いていて体感的には90度なんじゃないかと思ってしまう。


城に大分近くなったこの位置ではあまり魔法を使いたくは無い。それが分かっている健が刀を抜いて鉄格子を斬り裂く。


人が通れる程度の穴を開ける為だが、勢いが余ったのか完全に切り離された鉄格子の一部が崖の下へと落ちて行ってしまう。


鉄格子が高い所から地面に叩き付けられれば誰にでも聞こえるような金属音が辺りに響いて間違いなくバレてしまう。


冷や汗が吹き出し、俺と凛がほぼ同時に鉄格子の一部に向かって木魔法を伸ばす。


地面まで後2メートルという所でギリギリ受け止める事が出来た鉄格子をさっさと回収する。


声には出ていないが、全員がホッと息を吐いた。

凛の斬殺出来そうな眼差しを受けて健が平謝り。こんな場所でする事じゃないから早く中に入ろうぜ…


一人ずつ排水口の中へと入る。


排水口とは言っても城から出る水が流れ出てくるだけなので量はそれ程無い。

今現在もほとんど流れてきてはいないし食事時等の時間帯や、雨の時にしかここを通る水は増えないだろう。


やっと水平に戻った地面を踏みしめて一息。


「この先には誰も居ませんね。」


「リーシャの心眼は暗闇でも関係ないから凄いよな。」


「ありがとうございます。」


大きな声を出したら響くのでヒソヒソと会話を交わす。


「この先は暗いからリーシャの心眼を頼りに進もう。光は足元だけにしよう。」


「それなら任せてよ!」


凛に取り付いていたプラトンがぴょんと飛び出してくるとほのかに光り出す。


「流石は光の妖精だな。光量もバッチリだ。」


「任せてよ!」


リーシャが少し離れて先頭を歩き、プラトンを挟んで俺達が着いていく。


排水口は雑に四角くくり抜かれただけの穴で、地面も壁も凹凸が激しく、しっかり足元を見て進まないとつまずいて転んでしまいそうになる。

一定間隔で垂直に空いた穴からピチョンとしずくが垂れ、排水口内にその音が響く。臭いは酷く、顔を歪めたくなる。

定期的な清掃が行われているだろうと思っていたが、想像よりも汚い。水垢なのかそれ以外の何かなのか、ヌルヌルとした触感が足の裏から伝わってくる。


リーシャの後を着いて歩くこと数分。それまでよどみなく歩いていたリーシャの足が止まる。

後ろからプラトンに照らされたリーシャは上を見上げている。俺達も上を見上げるが、暗くてよく見えない。


「どうした?」


「恐らくこの上は城の外ですね。」


「分かるのか?」


「今まで見えていた人の気配がこの上付近だけありません。

この水路はもう少し先まで行くと行き止まりになっているので、出るならこの上かと。」


「地下道には繋がっていなかったか。

分かった。この上から出ると一番近いマークはどこになる?」


持ってきていた地図を出すと、リーシャがその地図に目を落とす。


「この上は恐らくこの辺りですね。ですので……ここかここですかね。」


「片方は大通り。もう片方は……空き地か?」


「マークが井戸なら水汲み場として認識出来る場所になってるな。」


「井戸じゃないことを祈るばかりだな…」


プラトンの光によって照らされる錆び付いた鉄の梯子が上に伸びている。ここからは危険だ。

ネフリテスを解体するには少なくとも見付かる前にその場所を特定したい。


ナイルニ教の信者であれば入れるこの国には、あらゆる種族が入り交じって生活しているはず。中にはエルフの様に魔法に敏感な者達もいるだろう。ミラージュ等の魔法を使っていれば敏感に察知する人も少なくないはず。


「真琴様。」


凛が手渡してくれたのはいつかどこかで見た灰色の信者服。手に入れる事はそれ程難しくは無かった。これ自体は普通に教会の人間に配られている。これで一応街に出ても直ぐにバレる事は無いだろう。


「この服に袖を通す時が来るとはなぁ…」


「不本意極まりないですね。」


「これだけでバレないなら安いもんだろ?それに意外と似合ってるぜ?」


「真琴様は何を着ても似合うので言わずもがな。です。」


「いや、似合いたくないけどな。」


「ふふ。それでは行きましょう。」


梯子を登り、上部に設置されているマンホールの様な鉄板を退けると微かな光が水路内に差し込んでくる。

リーシャが外に出て下に合図を送ってくれる。続け様に全員が上がりきる。外に出て最初に思った事は本当に街中がナイルニ教一色だということ。


ナイルニを型どった大小様々な石像があちこちに配置され、街中を歩く人達は全てが灰色の信者服を身に付けている。これがこの国の特色だと言われればそれまでなのかもしれないが、それにしても俺達には酷く歪に見える。


健が先頭に立ち、確認しておいたマークの位置へと急ぐ。空き地か水汲み場か分からないが、大通りよりは人通りは少ないはずとそちらに向かう。

立ち並ぶ家々は王城に比べると質素なもので飾り気は一切ない。家の中から漏れ出してきている光も頼りないもので、全体的に地味な印象を受ける。


店という店もほとんど無く、あるのは生活に必要な物を買う為の店くらいのものだ。しかもそのどれもが既に閉まっていて人気は無い。

では何が為に外を出歩いているのかと観察すると、どうやら夜の巡礼らしく、皆ブツブツ何かを唱えながら街中を練り歩いている。


一見怖い様にも見えるが、他の街でも熱心な教信者はやっている事でそれ程珍しいことでは無い。ただ、練り歩いている人の数がここまで多いのは初めて見る。

他のどの街にも無い独特の空気感が漂っていて、自分がこの街にとってのだという事を嫌でも認識させられる。


裏通りにもたまに練り歩いている信者が入って来るが、俯いて何かをブツブツ言っていればバレずに通り過ぎて行く。通り過ぎる度に冷や汗をかかずにはいられないが…


「ここですね。」


「井戸だな。」


「……」


マークの位置にあったのは井戸だった。


「読みが外れたか…」


「次のプランに移るか?」


「お待ち下さい。」


リーシャが井戸の中を覗き込んでいる。


「なんだ?何か面白いものでも見つけたのか?」


「はい。とっても気に入られると思いますよ。」


俺も井戸を覗き込んで見る。井戸の中側面には分かりにくいが梯子が設置されている。近くにあった小石をその中に放り込むと、数秒後にカランと乾いた音が返ってくる。


「当たりだったか。」


「井戸に見せ掛けた昇降口ですね。」


「おい!そこのお前達!」


突然声をかけられてビクッと体が反応する。


後ろを振り向くと白い信者服を来た人種の男が立っていた。左手に魔道具のランタンを持ち、こちらを照らすように掲げている。


「そこで何をしている?」


「私達は夜の巡礼を…」


咄嗟にプリネラが返してくれる。


「ここには近づくなと言われていただろ。」


「この街に来たのは初めてでして…」


「毎年いるんだよなぁ…ほら。出た出た。この赤い木のくいで囲われた地域には近づくな。」


「はい。分かりました。」


「ん?お前…どこかで見た事ある顔だな?」


顔の筋肉が引きる事を俺に向かって言ってくれる白服の男。


「そうですか?初めてお会いしましたけど…」


「そうか…?んー…あっ!」


「っ…」


「分かった!従兄弟いとこの男の子がお前みたいな弱そうな顔してるわ!」


「そ、そうですか…」


「あはは!」


笑いながら去っていく白服の男。


「あいつ今すぐ殺りますか?」


「こらこら。お前達。目的を忘れるな。」


「な、なんか皆怒ってるの?」


「俺の為に怒ってくれているんだ。気にしなくていい。それより誰も居ないうちに下に降りよう。」


殺気立った皆を落ち着けて井戸の中へと入る。


下まで降りるとまた真っ暗…かと思いきや、横に伸びる通路に微かな光を放つ魔道具が掛けられている。頻繁に人が来るらしい。


やっと掴めそうなネフリテスの尻尾を手繰り寄せている事を自覚できる。この先には間違いなくネフリテスの中でも中枢を担う連中がいるだろう。そう確信している。

そしてそこで起きるであろう激しい戦闘も確信している。


「プラトン。そろそろ出番だぞ。」


「分かったよ!」


プラトンは凛の腕から脱出して俺の持つ鍵を使って扉を作り出す。金色の扉を開くとそこには俺達を待っていた妖精達が扉の前にズラリと並んでいる。


「マコト。」


「皆。頼んだぞ。」


「任せなさい!」


頼もしい小さな仲間達の登場だ。

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