忘却の魔法使い -漆黒の悪魔編-
ルクラン
第一章 龍人種の国 -デュトブロス-
第1話 赤羽と龍脈山
「お、お前!!」
「顔を見せて会うのは久しぶりだな。」
面を外した下に見えたのは気の強そうな顔立ち、緑色の髪を後頭部で纏めた彼…ではなく彼女だった。
「シェア?!」
そう。俺達がジゼトルスにいた時、ブリリア城跡地でゴブリン達から助け出し、オーガと共に戦ったシェア-ブリリアだった。
超絶不器用で何に対しても
いや。声もくぐもってたし全身鎧だから性別すら分からないんだよ?!分からないっての!
「あぁ。私だ。」
「なんで言ってくれなかったんだよ?!」
「言えばマコト達は
「あ、相変わらずの不器用っぷりだな…」
「む。確かによく言われるが…」
「それより…顔を見せたってことは…」
「うむ。マコト達の事を信じる事にした。」
「俺が言うのもなんだが…良いのか?」
「私がゴブリン達に捕まった時、躊躇することなく飛び出してきただろ?そんな人達があんな非道な事をするはずが無い。そう思った。だから…信じる事にした。」
「父親の事は?」
「…何故あの人がそれ程までにマコト達を恨んでいたのか…それは分からない。でもそれは必ず私が自分自身で突き止めてみせる。
まぁ裏に何かがあれば…の話ではあるが。」
「そうか……それでこれからどうすんだ?」
「マコト達は北へ向かうのか?」
「あぁ。
「…ならば途中まで付き合おう。」
「ジゼトルスは?」
「もちろん帰るつもりだ。」
「帰ってどうすんだ?」
「色々と調べてみる。もう一度。それでもし何か分かってしまったら、
「それは止めとけ。」
「しかし…」
「シェアが思ってるほど上は綺麗な場所じゃない。秘密裏に殺されて終わるぞ。そんな事は誰も望まない。」
「そうですよ隊長!やめてください!」
「だが放置など出来ん!」
「この超絶不器用が…」
「私の性分だ!」
「開き直るな!
はぁ…じゃあとりあえず情報を掴んだら何とかして俺に連絡してこい。ギルド経由でもなんでもいいから。」
「しかしデュトブロスにはギルドも何も無いぞ?」
「そうか…完全に孤立した国家だったな…なら冒険者ギルドに話を通してフィルリアって女性に話をするんだ。
情報を集める際にも協力してくれるはずだ。」
「あのSランク冒険者のフィルリアか?」
「そのフィルリアだ。」
「分かった。ではそうしよう。」
「そしたら俺達に出来ることはする。勝手に一人で直訴したり先走ったりは絶対にしないように。後ろの兵士諸君も隊長をしっかり見張っておけよ?」
「む。先走ったりしない。」
「隊長…いつも先走りまくってますよ…」
「うっ…」
「分かったみたいだな?」
「わ、分かった。気をつける。」
「頼むぞ…」
「分かったと言ってるだろ。」
「はぁ…気が気じゃないな…」
なんとも不安なシェアだが、今は信じるしかない。
シェアと兵士達を引き連れて俺達は龍脈山へと向かう。
少しだけ気候が暖かくなり、芽吹き始めた木があちこちに見える。
「シェア達はこの先に行ったことはあるのか?」
「いや。無い。」
「危険なモンスターが出てくるらしいが大丈夫なのか?」
「ゴブリン如きに遅れを取ったのはほとんど生身だったからだ。今の私は騎士。そんな簡単にやられはしない。」
「それなら期待してるよ。」
「任せておけ。」
木々を避けながら先へと進む。山の
馬は山に入れないので森に入る前に戻らせた。
静かな森の中、ギュッギュッという雪を踏み締める音だけが響き、その音さえも雪に吸われていく。
モンスターの類は今のところ見えないが、時折小動物の気配をチラホラと感じる。雪の下にある食べ物でも探しているのだろうか。
森に入ってから暫く経った頃、突然小動物の気配が無くなった事に気が付いた。
「マコト。何かいる。」
シャルの目線の先を辿るが、俺には特に変わった物は…いや。何かおかしい…
さっきまで散々見てきた森の木々。だが、先の一帯の木々には新しい芽が一切無い。
「トレント。」
シャルの一言で何がいるのか直ぐに分かった。
ランクCのモンスター、トレント。
日本のゲームやマンガでもよく聞いたモンスターだ。この世界のトレントとは、木に擬態したモンスターの事で、動きは遅いが枝に似せた触手はかなり素早く、獲物を捉えるとその養分を吸い尽くす。
今まさにそのトレントと思われる木々のある領域に小さなネズミの様な生き物が入り込んだ。
ビュンという風切り音が聞こえるとそのネズミが触手に捕まる。
ギューギューと叫ぶネズミに触手の先端が突き刺さると見る見るうちに養分や水分が無くなっていき一瞬にしてミイラのようにカラカラになる。
「こ、怖っ…」
「あの触手に捕まらないように気をつけて。マコト。」
「言われなくてもあんな死に方はごめんだよ…迂回出来ないのか?」
「この辺りはトレントの群生地みたい。迂回したところで状況は変わらない。」
「倒して進むしかないか…」
「弱点は火魔法。」
「助かるよシャル。火魔法で牽制しながら進むぞ!」
「はい!ファイヤーボール!」
凛の放ったファイヤーボールがトレントに当たると倒す事は出来ないがかなり嫌がっている様子だ。
枝の様な触手がうねうねと動き、雪の下に隠れていた根の様な足も動き回る。
近くにいたトレントだけで10体以上はいる。別に討伐する必要は無いが、行く手を阻むようにトレントが立ちはだかっている為数体の撃破は必要だろう。
「こいつら切ってもそんなに効果ねぇ!」
「再生能力高いから直ぐに治る。あの変な力使ったら効くかも。」
「だから俺の力は変なのじゃねぇっての!」
「魔法でも剣術でも無いものは変なのだよ。」
「2人共言い合ってないでさっさと片付けるぞ。」
「健のせいでマコトに怒られた。」
「俺のせいなの?!」
「健。外套の力使ったら無闇に攻撃されなくなるはずだ。前線頼むぞ。」
「おぅ!よっしゃ行くぜ!」
外套についている火の魔石を発動させる健。自身の周りに現れた火の玉がトレント達を遠ざける。
「よし!私達も行くぞ!」
「はい!隊長!」
シェアが構える直剣に火魔法が付与される。燃える剣を振り回しトレントの触手を切り取っていく。
兵士達もよく訓練されているし助ける必要は一切無さそうだ。
ゴブリン達に遅れを取った彼女の失態は本当に失態だったらしい。
キレのある動きと連携でトレントを難なく討伐している。
シェア達の助けもありトレントの掃討にはそれ程手こずらなかった。
「マコト。」
「どうした?」
「この森は魔力が濃い。龍脈山も含めて。」
「シャーハンドの森みたいにか?」
「あれ程じゃない。でもモンスターの成長には凄くいい環境。」
「つまり元気一杯なモンスターがいるってことか?」
「それもあるけど、これだけ濃いと多分亜種とかも沢山いると思う。」
「確か亜種ってのはそんなに発見例が無いんだっけか?」
「亜種や希少種になると未だに能力さえも把握出来ていないモンスターも数多くいますね。」
「そんな奴らがうじゃうじゃいるって事か?」
「ここは昔からそんな感じの場所だぞ。龍人種ってのは魔法も使うが、基本的に剣術に特化した連中でな。剣術の為に魔法を使うって感じなんだ。
そんでもって腕っ節がそのままそいつの評価に繋がる。」
「強い奴こそ偉い!みたいな感じってことか?」
「まさにそう言った種族だ。」
「な、なんか生きにくそうな場所だな…」
「龍人種ってのはそもそも筋力が他の種族に比べて強いんだ。だからどんなに弱そうでも人間からしてみれば驚異的な腕力。なんて事もある。
そんな連中だから戦闘大好きな奴が多くてな。そこら中で決闘して人口が減らない様に決闘の法律まである国なんだ。」
「血の気の多い連中…なんだな。」
「基本的にはそんな事は無いぞ。気のいい連中だ。
だが、剣術においては誰しもがプライドを持っててそいつを馬鹿にされると…」
「決闘だ!ってなるのな。」
「ま、そんな所だな。
そんな奴らの中でも強いとされる五人の剣士の事を特別に
「へー。つまりそんな奴らが腕試しに使うくらい危険な山なのか…
因みにその五星龍ってのはどれくらい強いんだ?」
「さぁな。俺も知らない。ただ、キーカさんを基準に考えるとかなり強いと思うぞ。あの人があの国で一番強い
「特星龍?」
「一星龍でずっと居続けるとなれるらしい特別席みたいなもんだな。つっても俺の知る限り特星龍はキーカさんだけだが。」
「ずっとってどのくらいなんだ?」
「確か…………」
「五十年ですよ。」
「そうそう!」
「ご、五十年……長いな…」
「俺達にとってはな。龍人種ってのは長寿の種族だから、そんなに長く感じないとは言ってたぞ。」
「へぇ。エルフの感覚に似てるのか。」
「まぁ特星龍は別格だが、五星龍ってのはその下の連中って感じだ。五星龍の中でも一番強いのは
名前は確か……」
「テュカですね。しっかり覚えていないのに話題に出さないで下さい。」
「うっ……」
「会ったことあるのか?」
「いえ。ありませんよ。話を聞いた事があるだけです。と言うよりキーカさんに相談されたんですよ。」
「相談?」
「テュカさんの事で真琴様が相談を受けたんですよ。内容までは分かりませんが…」
「そうだったのか。まぁその辺は記憶が戻れば思い出せるかもな。」
「はい。」
「ま、話が色々と広がり過ぎたが、こっから先はそんな連中の腕試しの場所。強いモンスターがゴロゴロ出て来るから野営するなら初日はこの辺りの安全な場所が良いと思うぞ。」
「安全な場所ねぇ…」
周りを見渡しても雪と木だけ。変わらない風景の中に特別安全な場所は無さそうに見える。
「比較的って事だ。こっから先は交代で休んで行かないと危険だからな。休めるうちに休んだ方が良いぜ。」
「分かった。じゃあトレントの群生地から離れて野営地を作ろう。」
俺達は少しだけ奥へと進み比較的安全そうな場所にテントを張る。
「すまない…私達の分まで…」
「気にするな。異空間収納があるし食料には困ってないからな。」
シェア達はジゼトルスから来ているし野営の準備はあるのだが、暖かい食事の方が良いと誘ったのだ。
最初は自分達の分は自分達で、と言っていたが強引に連れて来るとおずおずと座り皿を受け取った。
「…んぐ。………う、美味い!!」
「当然!凛の料理だからな!」
「なんでマコトが威張るの?」
「ふっ。分かっていないなシャル。凛の料理が上達したのは俺の飯を毎日作っていたからなのだ。つまり俺が教えたと言っても過言ではない!!」
「……過言だよ。」
「細かい事は気にするな。大きくなれないぞ。」
「私の体は成長しないから関係ない。」
「心の話だ心の。」
「心?」
「そうだ。」
「なるほど……」
「おい?!気付け?!騙されてるぞシャル!」
「騙しているのではなく説いているのだよ。健。これは悟りなのだ。」
「怖い教団の教祖だよそれ?!」
「見よこの後光を…」
「眩しっ!そんな事のために光魔法なんか使うなよ!」
「はっ?!後光が……」
「すいませーん!誰かこの可哀想な子を助けてくださーい!!」
「冗談だ健。」
「冗談。」
「わかってるよ?!馬鹿な子見るみたいに見ないでくれるかな?!」
「はは。相変わらず不思議な奴らだな。」
俺達の話を食べながら聞いていたシェアが口に手を当てて笑う。
こういうノリの会話はあまり兵士達の間ではしないのだろうか?
「そういやシェアはブリリア城は未だに行ってるのか?」
「こまめに行っているぞ。あの件以降はモンスターも巣を作っていないな。」
「良かったよ。ただ、あまり無茶するなよ。」
「皆にもそう言われたよ。」
「隊長は変に考え過ぎなんですよ。もっと俺達のこと頼って下さい!」
「出来る限りそうしているつもりなのだがな…」
「足りないっすよ!」
「む…そうか…」
「シェアこそ相変わらずだな。」
「うるさい。」
「はは。すまんすまん。」
「それよりマコト達は父と本気で戦った事があるのだったな?話を聞かせては貰えないか?」
「え?いやー…ははは…」
「な、なんだ?」
「聞かない方が…」
「いや。聞かせてくれ。父が毎度負けていた事は覚えているのだ。今更失望などしない。」
「な、なら…」
俺は毎度来ては氷漬けにされるシェア父の話をしてやった。
「失望した…」
「おいおい…」
「なんの勝算も無しに突っ込み続けるのはバカのする事だ。父がそんな事をするとは…」
「それについては俺達も不思議だったんだよ。部下の事を大切にしていたし無闇に突っ込んで来るくせに大敗はしないようにしている節があったからな。」
「というと?」
「例えばもっと突っ込んで来れば形勢を変えられるかもしれない時でも兵を引かせたりしていたからな。」
「何故そのような事を…?」
「分からない。」
「……」
「シェアの知るシェア父の姿を聞くと余計に不思議でならないだろ?勝算も無しに突っ込んで来る様な騎士には思えない。
何かあったのかもしれないな。」
「やはり父の事についてはもっと詳しく調べてみる必要がありそうだな。」
「無茶するなよ?もし本当に何かあったのだとしたら国が関わってる可能性が高いんだ。」
「信じたくは無いが…その通りだな。
「さて。明日も早いし交代で休むか。」
「真琴様は眠って下さい。」
「いや。俺は…」
「ダメです!」
凛がこういう顔の時は素直に従っておかないとマズいと事になる。
それがよくわかっているので素直に言うことを聞くことにした。決して怒った凛が怖い訳では無い。決して。
寝ている間にも、俺の見張りの時にもモンスターはちょこちょことやってくる。
そんなにランクの高いモンスターではないが、ここのモンスター達はかなり好戦的らしい。
それともこの森においてモンスター以外は餌でしかないのかもしれない。
翌日、山の麓へと向かっていると昨日話していた亜種に早速遭遇することになったなった。オーガ亜種。
筋肉隆々の体、額に二本の角がある所は変わらないが、体表は灰色ではなく赤。唸り声と共に口から火が吹き出している。
普通のオーガより一回り大きい。
「まさかこのタイミングでオーガとはな。」
「俺達とシェアが一緒にいるとオーガに出会うなんてジンクスいらねぇぞ?」
「私も御免だ。さっさと倒して先に進むとしよう。」
「賛成だな。」
「ゴァァァアアア!!」
オーガ亜種が叫び声を上げ、その弾みでボウボウと口から火が溢れる様に出てくる。
「あの時の私とは違うという事を見せてやろう!はぁぁ!!!」
シェアがオーガの元へと走り出す。
健や他の皆はシェアを援護する様に動きを合わせる。
「ガァァ!」
オーガの太く長い腕が振り回され、まるで大木が振り回されたかの様な轟音が鳴る。
シェアはそれを下に避けると、その後飛び上がり剣を振りかぶる。
「ゴァァ!!」
口を開いたオーガ亜種。豪炎がシェアに向かって放たれる。それを空中で身を
「ブリリア剣術!
強化魔法を剣に付与し、オーガの頭から真っ直ぐと剣を振り下ろす。そのまま地面まで切り下ろしシェアは後ろへと飛ぶ。
「グァァァ!!」
断ちにくいオーガの体に縦一直線の傷が入る。真っ二つとはいかなかったがかなりの深手だ。ボトボトと雪に落ちる血がそれを示している。
「仕留め損なったか。」
「十分だ!」
シェアの後方から飛び上がっていた健がシェアと寸分違わぬ位置に刀を振り下ろす。
「死んどけやぁ!!」
シェアは体勢を崩された事で浅い攻撃になってしまったが、健の攻撃には反応出来ていない。刃はしっかりとオーガへと届く。
「グァァァ!!」
断末魔の叫びを上げてオーガの体が雪の上に仰向けに倒れる。
「流石はケンだな。」
「何言ってんだ。俺はトドメを刺しただけだ。」
「それにしても大きいですね…」
「亜種はこのくらいなのか?」
「オーガの亜種自体それ程見つかっていませんから…比較のしようがありませんね。」
「そうか…って。魔石大きいな。」
「この辺りの魔力を糧に生きてるモンスターだから。」
「その分魔石も大きくなるわけだ。シェア。」
「わっ!とっと!」
「その魔石はシェアのものだ。」
「いや!そんな!」
「これについてはここの誰も文句は無いと思うぞ。」
皆、
「要らないって言うなら捨てても売っても好きな様にしてくれ。俺達は受け取らないからな。」
「……分かった。ありがとう。大切に取っておくよ。」
真っ赤な拳大の魔石を手に笑ってくれる。
やっぱり綺麗な女性の笑顔ってのは良い物だ。うん。
「さて。やっと麓まで来られたな。」
「すまない。私達はここまでだ。」
「あぁ。気にしなくて良い。約束通りフィルリアにしっかり相談するんだぞ。」
「あぁ。ではな。」
「またな。」
シェアは俺達に手を振り来た道を帰っていく。
シェアの話ではここから先に行くには色々と準備が足りないし実力も足りないとの事だ。
シェアにそう言わせるのだからやはり危険な場所なのだろう。
切り立った山を見上げる。吹き降ろす風が冷たく頬に当たる。
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