俺と根津と竜田と

詩月みれん

俺と根津と竜田と

 小学校の卒業式の日。六年通った学校とは今日でお別れだ。

 卒業式を終えて、教室に戻った俺たちは、一人一言ずつなんか言おうぜってことになった。

 一人一人、運動会が楽しかったとか、このクラスで良かったとか、思い出をキラキラした目で語る。

「実は給食のプリンが嫌いだった」と言った奴の時はすげー盛り上がったな。

 ならくれよ!って。

 さて、俺は何を言おう……言いたいことは、ある。俺の目線は、根津美咲の後ろ姿を一瞬だけ捉えた。

 三月三十一日が誕生日で、まだ十一歳の彼女は、クラスでも小柄な方だった。いつもは二つに結んでいる髪を、今日だけ後ろに垂らして、一部を編み込んでいる。

 可愛くて、ひときわ女子らしい。

 みんなが公立中学に行く中、根津だけが私立の中学に行くことが決まっている。

 さっきの一言も、

「違う中学に行って、寂しいけど、新しい自分になって、頑張りたいです……」

と、可愛くて細い声で、そう言ったんだ。

 彼女に想いを伝えるなら今日しかなかった。

 今のこの時間は、チャンスなのだろうか。卒業式の、この高揚した夢のようなこの瞬間が俺の背中を押してくれるのかもしれない。

でも……、俺は、クラスのこの空気が一変することを恐れた。

 何より、根津美咲の心を、卒業の悲しみよりもかき乱してしまうことを。

「次は、猿渡、お前の番だぞ」

 後ろの席の竜田にせっつかれた。竜田の順番は俺の次だ。

 俺は、深呼吸して、そして――、

「十六歳になったら、みんなでどーそー会しようぜ!」

 大声で、思っていたのと別のことを言った。

「えっ、同窓会はいいけど、なんで十六歳?」

 竜田が怪訝そうな顔で聞いた。

「たぶん二十歳の成人式で絶対会うけど、それまでに八年あるだろ。その前に一回、四年後に集まっときたいなーって!」

「そっか」

 竜田は頷いたが、納得はしていないようだった。

 俺はクラスのみんなの顔を見渡して、担任の、

「お、猿渡優斗、幹事やってくれるのか? 大変だぞ~」

という言葉を聞き流して、最後に根津美咲が彼女のよくする、困ったような笑顔を浮かべているのを見た。次に立ち上がった竜田の、

「みんな当たり障りのないことばっかり言ってつまんないでーす。終わり」

とかいう、ひねくれた一言を聞き流しながら。


 クラスメートはだいたい親の車で学校から帰っていったが、俺の親は卒業式後に仕事があっていなくなり、竜田の親は元から来ていなかったみたいで、珍しく二人で同じ道を帰ることになった。

「なあ猿渡。女子が結婚出来る年齢って、十六歳から十八歳になるんだぞ」

 竜田がぽつりと言った。

「……う」

 俺は黙り込んだ。俺が、さっき一瞬で思い浮かんだ計画は崩れた上に、竜田に俺が何をしようとしていたのか、バレてしまった。

「全員が十六歳になる四年後の三月三十一日、というか根津ちゃんが十六歳になる三月三十一日に、告白通り越してプロポーズしようとか思ってたんだろ」

「言うな……!」

「さっきのタイミングで告っちゃった方が良かったのに」

 竜田が意地悪く笑った。

「いや、そんなことしたらみんな大騒ぎだろ……」

「それ、やってくれたらその後で僕がもっとすごい爆弾発言したから大丈夫だよ」

「何だそれ」

「実は僕は女の子でした! ってね」

「えっ!? ……って、おい、冗談だろ」

 俺は卒業証書の入った筒で、竜田を軽く叩いた。竜田とは修学旅行で同じ風呂に入ったこともあったはずだ。

「じゃあさ、僕の将来の夢は女の子です! ならどうだ!」

「うーん、お前の話なら冗談だと思うかな」

 竜田は悔しそうに黙った後、また口を開いた。

「猿渡は根津ちゃんを好きって言ったけど、僕は男だけど猿渡と結婚したいんです!」

 竜田の目がきらりと光った。俺の答えを真剣に待つように。

 え、おい、どういうことだよ。それも冗談だろ?

 突然緊張が走った。思えば、さっきからこいつの様子はおかしかったかもしれない。

 竜田は――、こいつは――……。俺は考えた。考えて答えた。

「……もし、それが本当ならちょっと複雑だけど……男だからってわけじゃなくて、根津のことがあるから……、でも、本気で結婚したいんだったら気持ちは嬉しいよ、それだけ」

「あはははは! 真面目に答えたな!」

「は? なんだよやっぱりネタなのかよ!」

「そうだよ? でもそれなら大丈夫だ。四年後に根津ちゃんに会っても」

「なんで根津美咲の話に戻るんだよ……」

 根津ちゃん根津ちゃんって、妙に親しげなのが気に入らないぞ。

「ああ、根津ちゃんだけど、その頃には名前が変わってるかもしれないよ」

「嘘だろ、十六歳じゃまだ結婚出来ないって……」

「名字じゃなくて『美咲』の方だよ。改名は、十五歳から出来る。たとえば――、もっと男っぽい名前にね」

「それって……」

「でも親の同意があれば、もっと早くから出来るかな。中学から、とかね」

「……」

「根津ちゃんは、名前を変えて男の子になりたいみたいだ。僕は、最近ちょっと話すことがあったからたまたま知ったんだけどね」

 ――衝撃的すぎた。俺は、根津のことを、これからどう思えばいいんだろうか。

「猿渡が計画した日まで、四年あるよ。それまでに、根津ちゃんもどうなっているか、分からない」

「……そうだな」

「同窓会にはもしかしたら来られないかもしれない。でも、僕たちが別で十六歳の誕生パーティーでも開いたら、来てくれるかもね」

 竜田はふと気づいたように言った。

「もう一つ言うけど、猿渡、成人も十八歳になるから、成人式も二十歳じゃないかもよ」

「マジか……」

「でも、僕たちは僕たちの時間を行けばいい。四年に一度は、根津ちゃん含めて三人で会うことにしようよ。高校生十六歳、大学生二十歳、社会人二十四歳、それから先、ずーっと、なんてね」

 竜田はそう言って、空を見上げた。なんでこいつはそんな遠い先の話をするのか。春休み明けたら中学で会うだろ。

 そう考えて俺は思い当たった。

「竜田、お前、もしかして……お前も中学、違うところへ行くのか?」

 俺の声が枯れた。最近根津と話したというのも、別の中学に行く同士としての相談なのか?

「おっ、鋭いね。まあ、僕の場合、親の離婚で急に決まったんだけどね」

 竜田がにやりと笑った。まったく、こいつは――。

「お前とは幹事ってやつの相談するんだから、四年ごと以外でも会える時は会うぞ!」

「えー、面倒くさい」

「同窓会と誕生会、二つになるかもしれないのに、幹事一人で出来るかよ!」

「うーん、分かったよ」

 気乗りしなさそうな声とは裏腹に、竜田は嬉しそうな顔をしていた。

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