模擬デート 女性視点

 

「今日は一般的な喫茶店でお茶をしながら会話を楽しむ模擬デートを実践します」

 

 男の瞳は大きく澄んでいた。きっとたくさんの女性と経験があるのだろう。

 

「今回は会話の練習としてあえて喫茶店という場所で実践いたします」

 

 初めてのデートだ。静かな喫茶店に入った。彼の髪はサラサラで、横髪をかき上げるしぐさはいい男を三割増しさせる。

 

「飲み物何にします?」

 

「ホットコーヒーで」

 

「じゃあ俺も同じものを」

 

「このような場合は、同じものを頼んだほうが、共通の話題を産みやすかったりするのです。味を共有することは結構大事だと弊社のマニュアルでは説明されています」 

 私はただ見つめるだけだ。余裕がなく、他にするすべがないのだ。

 

「以前、会員様でレモンティーを頼んだ方がいたのですが、レモンをお見合い中にしゃぶってそのままお皿に置いたのですが、それが相手の女性の印象を悪くしたらしく、破談となってしまいました。お見合いの席では、レモン一つが命取りになるのです」

 

「私は、レモンごときで相手を計ったりしませんけど」

 

「もしも、今日、レモンをあなたが頼んで、レモンを舐めても、そんなことで嫌いにはなりませんよ」


「あ、そうですよね。あなたは今更デートの練習など必要のない人なのに……すみません」

 

「ここの売りは模擬デートでしょ」

 

「まぁそうですけれど、何度もデートの経験のある方に今更申し訳ないというか」

 

「そんなに経験豊富に見えますか?」

 もしかして、私遊び人みたく見られているのかな? 軽い女とか、思われているのかな。

 

「いや、そういう意味じゃなくて……。あなたのような美人が恋愛相談所を利用するなんて珍しいというか」

 

「私は美人ではありませんし、お世辞を言われる筋合いはございません」

 ここは、毅然とした態度を取らないと。今後紹介してもらえないかもしれないし。

 

「あと、模擬デートでのアドバイスを普段は行っているのですが、必要ないですよね」

 

「必要ないとなぜ言い切れるのですか?」

 きっと、私なんかには教えてくれないのだわ。

 

 男がじっと私をみている―――

「アドバイス、致しましょうか」

 

「当然です。会員なのですよ」

 この人、私を馬鹿にしているのだわ。

 

「相手の話を上目使いでうなずきながら聞くという行為は、男性にとって聞いてくれる女性ということで好印象を持たれることが多いです」

 

 メモを取らなきゃ。重要事項だわ。

 

「何か? 不都合があるのなら、メモはとりません」

 

「いえ、そのようなわけではないのですが」

 

 ドン引きされているのかしら?

 

「話が途切れた時は、無難な季節や天気の話、共通の趣味があるか探るのも一つです。例えば、最近どんな本を読みましたか? というように聞くことは有効な手段です」

 

 メモ、取らないと。ここは重要よね。

 

「僕があなたに質問してみますね。最近、どんな本を読みましたか?」

 

「……私、漫画を主に読んでいまして。少年漫画のバトル話が好きなのです」

 まずい、本当のことを言ってしまった。

 

「僕も少年漫画は好きです。例えばどんな漫画ですか?」

 

 きっと気を遣ってくれているのね。こうなったら本当に私のオタクぶりを発揮させてもらうわよ。


「私は、昔連載していたどんどん強敵が出てくるたびに主人公が戦いながら強くなるお話が今でも好きで……カードを集めています」

 

 やっぱり漫画オタクって嫌なのかも。恥ずかしい……。

 

「僕も実はその漫画を全巻持っていて……カードも集めています」

「これ、あくまでセールストークですよね?」

 きっとそうにきまっているわ。この人プロなのだから。

 

「本当です」男は斜め上を見ながら真面目な顔で、少し照れていた。

 

「次回、幻のレアカードをゲットしたので持ってきます」


「絶対持ってきてください」

 イケメンとの初デート、なんだろう、このときめきは。


「お願いがあります。私と模擬デートじゃないデートをしていただけますか?」

「はい?」

 彼は驚いた顔をする。

 

「やっぱり嫌ですよね」

 失恋確定だ。

 

「俺なんかでいいのですか? あなた美人だし」

 

 顔が熱い――

「もう少しあなたと一緒に居たいから、お誘いしているのに」

 

「俺なんかで? でも、俺は親父の会社のバイトの身分でお客様と付き合うなんて……」

 

「この恋は秘密にしましょう。私の初めての彼氏はあなたがいいのです」


 

 

 

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