この世界は不自由だ

無名

この世界は不自由だ。

また今日も怒られた。

自分は関係のない作業だったのにも関わらずまた上司から怒られた。


「お前みたいなクズはどこ行ったって何やったって使えねぇポンコツなんだよ!そんなお前に何回指導したと思ってる?なあ?言ってみろよ!」


「すみません、分からないです。」


「はぁ…呆れたわ、だからいつまで経っても成長しねぇんだよ…」


「……すみません。」


「すみませんじゃねぇよ!」


「本当、すみません。」


もはや言葉のキャッチボールをする力も無かった、というか力は奪われた。


入社してからずっとそうだ、最初は注意程度だっただが“こんな自分でも役に立ちたい”その思いが逆に自分を苦しめてしまった。

上司から残業を引き受けたり、唐突な無茶なタスクを処理して行くうちに目をつけられた。


“こいつは従順なペットだ”と、


それからと言うもの無理やり上司の営業に同行させられたり、急に仕事を任されたり、飲み代を全額奢らされたり、綺麗な女性社員の連絡先を聞き出すパシリなど気がつけば都合のいい“ヨゴレ仕事役”になっていた。もはや洗脳されていた。

それに合わせて何かトラブルを起こすと“ペナルティ”という名目で給料が減らされる。

そんな生かしたいのか殺したいのか分からないような事が1年は続いてる。

自分も“生きたい”のか“死にたい”のかの感情も分からなくなっていた。


終電で帰宅する帰り道。

閉店間際のスーパーに駆け込み、売れ残りのおつとめ品の弁当を買う。

「お前も俺と同じ余り物か」旨味を全く感じない弁当を買い家路につく。


「この世界は不自由だ。」


家に向かう階段を下りながらボソッと呟いた。


家に帰りお弁当を温める。

家具もほとんど置いてないが“空虚感”だけがある家の中、中途半端な温もりを帯びたため息をついた瞬間、電子レンジから冷めた音で「チン」と鳴った。

無心で空腹感を満たす作業をしながら考える、


“なぜ意味もなく生きてるのだろう”と……


彼の精神は限界まですり減っていた。

「明日は仮病を使って休んじゃおうかな…」

AM2:00、眠りについた。


無機質な携帯のアラームが鳴る、AM6:30

「はぁ」というため息と共に、しっかり身体に染み付いたルーティンで機械のように動き身支度を整え、死んだ顔をしたサラリーマンしかいない電車に死んだ顔で飛び乗る。

車内の電光掲示板は冷めたニュースばかり流している。


「高校2年の男子、母親を撲殺『説教に腹が立った』」

「都内の男性が過労により精神障害に、責任者は未だ黙秘」

腐ったニュースしか流れてこないため不謹慎にも笑ってしまった。

そんな中動く棺は無情に一駅ずつ会社の最寄りまで進んでいく。

“また今日も昨日の続き”

そんな事を考えていたら最寄りに到着し棺から降りる。

毎日最寄りから職場まで歩いてる記憶がなくなる、もはや余計なことに脳の力を使わなくて済むため有難いとまで思うようになった。

改札を出て瞬きをした瞬間、職場に着いてしまった。

始業しパソコンを立ち上げて早々、昨日のように説教が始まる。


「お前昨日、計画書まとめておけって言ったよな?」


「はい、ただ終電が近かったためまだ7割程しか…」


「は?お前今何つった??」


「いや、あの…終電が、」


その瞬間、上司から握り拳が飛んできた。

気がつけば頭に痛みが走る。


「お前、社会人もなってそんな理由通用すると思ってんの?なあ?」


「すいません。」


「はぁ…そういう所だよ、無責任なところ。

それが嫌いだっつってんの!!!」


「…すいません。」


「お前みたいな奴ここに居ても困るんだよ、死んでもなんでもいいから今すぐ消えてくれねぇかな!?というか死んでくれ。」


初めて自尊心のHPが0になる瞬間を味わった。

良心のある自分が悲しみ、悪心のある自分が怒ったのが伝わり、ストレートな悪意はここまで心を貫くのか、と感じた。

苦しくて歯を食いしばった。苦しくて涙が流れた。苦しくて身体が震えた。苦しくて心が潰れた。

確実に心身共に壊れた。


「何お前、泣いてんのか?(笑)」


何気ない一言で壊れた自分が死んだ。

自分という心が死に、肉体というもぬけの殻だけが残った。

だがまだ生きている自分がいる、肉体だ。

“死ね”という要望に応えるため、足りない頭でもぬけの殻を殺す方法を考える。

子供の時から今朝の事まで思い出し記憶の引き出しを荒らしながら探した。

だが昨日の晩ご飯の内容も思い出せないくらいの脳にそんなハードワークは出来なかった。

そして一つ、最適解になり得そうな答えを見つけた。


「……ら…」


「何ぃ?聞こえねぇよ。」


「…なら……」


「なら、なんだよ」


「なら…死んでやるよ」

その一言共に脳の倫理観は処理が出来ず、文字通り“本能の赴くがまま”動いていた。


その瞬間、上司へ握り拳が飛んでいた。


「(あれ…なんだ……、ここまで清々しい物とは思わなかった。)」

そこから無我夢中で殴っていた、殴り続け殴り続け、その内の一発が脳を揺さぶった。

当たった瞬間上司が「バタン」という音と共に倒れた、上司の顔を覗き込み言う。


「おい、そんなもんかよ」


「……はぁ…っ……すみません…」


「……すみませんじゃねぇよ。」


そう言って一度顔を殴り、今度は上司の顔を蹴り続けていた。

もはや顔が歪み口も開くのが難しい程になっていた、気がする。


「…はぁ……おい、どうだ?死が近づいた感想は」


「……s…いまsん…」


「何ぃ?聞こえねぇよ。」


「す……すいま…せん……」


その一言で何故か笑ってしまった、最低だが最高だった。

そして上司の耳元にまで近づき囁いた。


「うるせぇ、死ね」


デスクにあったカッターを手に、最大限まで刃を出した。

勢いよく振りかざしたカッターは心臓を貫いていた。


そこからは記憶は途絶えており、覚えていない。

ただ確実に今後味わう事がない程の快感を味わっていた。


あの日から暫く経ち裁判にかけられた。

こんな自分を善と悪の天秤にかけている。

検察側は死刑を求刑してる、そりゃそうだ。

あんなド派手に殺しちゃったら更生の余地なんか微塵も感じない。

それなのに弁護士は「ハラスメントがあり…」だの「過労のせいで…」だのゴタゴタ言っている。

バカだ、この場もこの空気も弁護士も全部バカだ、全てが不毛でしかない。

バカなこの場に苛立ちはしたが、不思議と気分は良かった。

上司に“ペナルティ”を課して以来ずっと穏やかだ、今までより寝つきも起床も良くなった。

ただボケっとつっ立ってると裁判長の声が響く。


「判決を言い渡す。」


ああ、やっとか。

これで全部終わる。


「被告人を無期懲役とする」


涙がこぼれ落ち、声を振り絞る。

「…なんで死刑じゃねぇんだ……、これじゃ死ねないじゃないか!!!」

裁判長に怒鳴り、発狂した。

警察官に取り抑えられ、裁判所を摘み出され気がつけば牢屋だった。

悲しさと苦しさだけがもぬけの殻に残った。

“どうやって死ぬか”という事だけを暗い部屋の隅で考え続けた。

だがもう壊された足りない脳みそに“思考”というプログラムは完全に消滅していた。

ただひたすらに最悪だ、生きたくないのに死ねないのだ。


「この世界は不自由だ。」


ただ一言、従順なペットは呟いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この世界は不自由だ 無名 @a_stro7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る