第14話 因縁
あえて感情を排除した声で言うアメジアの言葉に、リーズとラウドは同時に息を呑んだ。
部屋を仄かに照らしていた月明かりが雲で覆われ、部屋に濃い闇が広がる。
「中身……。つまり『魂』か……」
「ええ。正直に言うと、私は魂を入れる過程は見ていないから、詳しくは知らない。
でも、先生は他の生きている人間の魂を使用するような方ではなかった。この羽は、サフィアという人形を動かすために利用された、鷹のものと見て間違いないでしょうね」
「鷹か……。なるほど」
それを聞いてリーズは納得した。
サフィアがなぜ風の力を使ったのかがわかったからだ。
鳥類の多くに備わっているのは、風の属性。
それにしてはあの風の力は、精霊であるリーズと同等かそれ以上のものだったが、イレギュラーな存在にこれまでの常識は通用しないだろう、とリーズはそれについては深く考えるつもりはなかった。
リーズがアメジアの顔を見ると、今にも泣き出してしまいそうに歪んでいた。
回していた小瓶を握り、思わず視線を窓の外へと逸らしたリーズだったが、そのまま黙ってしまうことはなかった。
「まだ聞きたいことがある。サフィアを攫ったのは精霊だったわけだが、精霊を見たことがないって言っていたのは、あれは嘘か? そしてアメジアはまるでサフィアが攫われるのを知っているみたいだったが、それは何でだ?」
問い詰めるようなリーズの質問にも、しかしアメジアは動揺しない。
「あなたが傷だらけで店を訪れる少し前に、ある男が来たの」
「ある男?」
「男の名はハーゲス。私と共に、エルマール先生の元で調剤の技術を教わっていた男よ。言わば元同僚ね」
アメジアは顔を上げると、おぼろげな瞳で虚空を見つめる。
「ハーゲスは……、先生が創り出した『
いいえ、少し語弊があるわね。『
そして、ことあるごとに先生に言っていたわ。この技術は誰の目にも触れないまま、ここで終わらせて良いものじゃない。もっと有効活用するべきだ、と。
その時の彼の目は今でもはっきりと覚えているわ。喜びと執念とほんの僅かな狂気。彼の目を見て、私は震えたもの。
そしてこう思ったの。彼には、ハーゲスにはこの『
一気にそこまで言いきると、アメジアは瞳を閉じた。
そして小さく息を吸い言葉を継ぐ。
「私は先生が亡くなってしまわれた後、ハーゲスに見つからないように、サフィアを連れて逃げ出した。
この子は『子供にもう一度会いたい』という、先生の願望のためだけに創り出された、偽りの命。だけど確かに、今生きている命でもあった。
この子が人間の『生』のおもちゃにされることが、私には耐えられなかった。だからずっと、この子を隠したまま隠れ住むことを決めたの。
それが先生を間近で見ながら止めることができなかった私の、せめてもの償いだと思って――」
「そうか……」
生温かい風が室内に流れ込み、カーテンを大きく揺らす。
雲に隠されていた月が、再び姿を現し始めた。
「そしてサフィアと私は、一緒に暮らし始めた。今年で六年、いや、七年ね。
月日が経つにつれて、私はハーゲスの執念をほとんど忘れかけていた。
まさか、まだ私達を探していたなんて……。
そして昼間来た時にハーゲスは言ったの。『また来るよ』と。それはサフィアを奪いに来るという宣言だと思った私は、ここから逃げようとした」
「そして本当に奪いに来た、と」
「ええ。でも精霊についてはわからないわ。あなたが来るまで精霊の姿を見たことがない、というのは嘘でも何でもないわ。本当なのよ。ただ、サフィアを攫った精霊はハーゲスと関係あることは、間違いないでしょうね。でも、こんな乱暴な方法でサフィアの元へ来るなんて、思っていなかった」
「…………」
アメジアの告白を一気に聞いたリーズは小さく肩をすくめると、先ほどからずっと黙って俯いたままの親友へと顔を向けた。
「お前が人間に姿を見せたことは他の奴らには黙っておいてやるから、そろそろ元気出せよ」
リーズは、ラウドがそんな理由で俯いているわけではないことは知っていた。
だが、目の前で穏やかに眠る少女の壮絶な誕生秘話を知ってしまったリーズは、この
単純に言えば、ただの現実逃避。
そしてどう話題を転換すれば良いかわからず、ラウドに対しこのような言い方になってしまったのだ。
ラウドは顔を上げると、金色の瞳をリーズへと向ける。
そして重い唇を懸命に動かすように、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「オレは、一度精霊界へ帰る」
「――――は?」
あまりにも唐突すぎるその言葉に、目を丸くしたまま、リーズは間の抜けた声を発することしかできない。
「帰るって――。言っておくが、俺はまだ帰るつもりはないぞ」
「そんなことは言われなくてもわかっている。お前、本当に気付いていないのか?」
眉間に皺を寄せながら言うラウドだったが、何のことかさっぱりわからなかったリーズは、しかめっ面のまま「何が」と言う返事をするしかなかった。
ラウドはわざとらしく深い溜息を吐いた後、ジト目でリーズを見ながらぽつり、と続ける。
「だからお前は馬鹿なんだよ」
「なっ!? お前だけには言われたくねーよ!」
思わず声を大きくするリーズだったが、アメジアが口元に人差し指を立てたポーズで睨んできたので、慌てて声量を下げる。
「気付いていないって、お前は何に気付いているんだよ変態」
最後の一言はリーズが今できる精一杯の反抗だった。
幼稚すぎる気もするが、この二人は何度も精霊界で同じようなことを繰り返してきたので今さらである。
「その子を攫った、水の精霊」
リーズの反抗を、ラウドは無視という形で受け流した。
少し悔しそうな顔をするリーズの顔を見た後、ラウドは一度視線を下に逸らし、口を閉ざす。
「どうしたんだ。もったいぶるなんてお前らしくないぞ」
そのリーズの台詞で再び顔を上げたラウドは、真っ直ぐとリーズの目を見据えながら、ゆっくりと口を開いた。
「あの水の精霊の名はウィーネ。精霊王様の、娘だ」
「なっ――!」
ラウドの口から出た名前に、リーズはただ絶句し、呆けることしかできなかった。
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