たまたまたまのなかにはいってしまったまんま

ちびまるフォイ

回るのは外への渇望のあらわれ

家の前にバカでかい赤色の玉が落ちていた。

まるで運動会から切り取られてきたように。


「もし……もし……」


玉の中からなにか声がする。


「だ、誰かいるのか?」


「はい……私は今、あなたの心に語りかけています……」


「ウソつけ! 普通に玉ごしに聞こえるわ!」


「私はこの玉の中に閉じ込められているんです。

 そこで、どうか私と同じように閉じ込められている兄を助けてほしいのです」


「お前この状況で自分はこのままでいいのかよ……」


「この玉は非常に固く、とうてい破壊できるものではありません。

 内側からいろいろ試しましたがどうしてもダメだったんです」


「内側からならダメでも外側なら話は別だろ」


俺は家から玉の破壊に使えそうな器材を運んだ。


手始めに包丁。


「いいか? 一気に刃が通るかもしれないから

 こっち側には頭を近づけるなよ」


「こっちってどっちですか? 玉の中は暗くて丸いので方向がわかりません」


コンコン。


「こっちだ。今叩いた方向だ。見えなくても振動はなんとなくわかるだろう」


「ええ、わかりました。よろしくおねがいします」


「ふん!!」


包丁の刃先を突き立てたがあえなく刃は根本からへし折れた。

次にトンカチで叩いてみたがこれも効果なし。

どういうわけか家にあった硫酸を表面にかけてもまるで効果はなかった。


「なんて玉だ……物理的な衝撃はおろか、薬品すら効果がないなんて」


「もういいんです……こうして雨風に晒されておけば、

 そのうち傷んでいずれは外に出られる人もくると思いますから」


「ここまできて諦めてたまるか、お前の顔を見て文句を言わなくちゃ終われない」


「いいえ、もう無理なんです。中から玉を動かして車に跳ね飛ばされてみたり、

 海水でさびるかと思って海にとびこんでみたりしてもダメだったんです」


「ずいぶんと体をはったことを……」


「ハムスターのようにくるくると玉の中で歩いて移動するのも慣れました。

 私はもう大丈夫ですから、どうか私のことは忘れてください」


「言ったはずだ! 俺はCMでもチャンネルは変えないと!!」


「お、おお?」


俺はけして諦めるつもりはない。

手元のスマホではどういうわけか地球の重力が操れるので、

ジャイロセンサーを傾けて地球の重力を斜めに傾けた。


「ちょ、ちょっと!? なんか急に坂道が……!?」


「今俺のスマホで地球の重力を傾けたんだ。黙って玉に身を委ねろ!」


「ひええええ!」


まっすぐ平坦な道だったはずが重力の傾きにより急勾配の下り道。

玉はアスファルトの上をものすごい速度で転がってゆく。


行き止まりにたどり着くころに、再びスマホのジャイロセンサーを傾ける。

急勾配の坂道は下り道となり、玉はまた転がってゆく。


「こ、こんなのなにか意味があるんですか~~!?」


「お前は玉の中にいるから見えないだろうがな。

 アスファルトの上にたしかな成果が出ているんだよ!」


坂道を何度も行ったり来たり。

アスファルトの上を何度も行き来したことで、

ヤスリで削られたように玉のサイズはみるみる小さくなってゆく。


小さくなればなるほど転がる速度はあがり、削られるスピードも早くなる。


「な、なんだか大玉全体が軽くなっているような気がします!」


「もうちょっとだ!」


坂道を降った先にある塀に激突したときだった。

薄くなった玉の表面にはヒビが入り、中から人が出てきた。


「ああ、これが外の世界……本当にありがとうございます!!」


「いえいえ、俺のなんの役にも立たない能力が生かせて本当によかった」


「この調子で私の兄も助けてくれませんか。

 私と同じように玉の中に閉じ込められているんです」


「もちろん。いくらでも人助けに協力しますとも、

 それじゃ、あなたの兄が閉じ込められている玉のところへ連れて行ってください」


「いいえ、もう来ていますよ」

「は?」


玉人はとんとんと地面を指で叩いた。



「兄は……この球体に閉じ込められているんです」



その後、地下鉄工事で巨大な人間の皮膚の一部が見つかったらしい。

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