4
日が落ち、辺りが薄暗闇に包まれ始めたのが、格子窓からでもあおぎ見えた。
牢屋番が申し訳程度の小さなランタンに灯りを灯してくれ、周囲の様子が分からないということもない。
けれど、待てども待てども、令嬢も父親も姿を見せない。
ただジッとその時を待っていると、とうとう夜の
「……遅いなぁ」
木製の椅子に座り、改めて牢の中を見渡した。簡素なベッドに薄い毛布が一枚。それから小さな机に今座っている椅子。それに外から見えないように仕切りがされている簡易便所。
現代日本人だった時の感覚がある紅華にとって、とてもじゃないが衛生的ではないし、ずっといるのは耐えられない。
ハァッと溜息を一つつき、また窓の外を
「……誰?」
姿を見せたのは、令嬢でも、ましてや父親でもなく、頭のフードを顔が見えなくなるまで深くかぶる何者かだった。
黒いフード付きのコートをしっかり着込んでいるせいで、男なのか女なのかも分からない。分かるのはたった一つ。背が高いということだけだ。
問いかけた紅華に、その何者かはランタンの光があたるところまで前に進み出た。
「なに? 僕の顔を見忘れた? たった数刻で?」
「……殿下?」
何者かがフードを下に落とし、ようやくその顔が見えた。
皇太子だった。自分をここに入れた、張本人。
「……それは何です?」
「うん? 害虫駆除をして来たんだよ。自由に飛び回る僕の蝶に群がる
「……」
後ろ手に背に隠すように持っていたものの、気づかれてしまえばさらに隠すつもりはないらしい。「苦労したよ」と笑みを浮かべ、布で何かを拭き取る手に握られているのは、暗闇に慣れてきた目の見間違いでなければ、細身の剣の柄だろう。
皇太子の行動が読めず、紅華は彼の手の内にある剣の届かないところへと少しずつ距離をとった。
逆に皇太子は鉄格子ギリギリのところまで迫ってきた。いつのまにか壁際まで下がっていた紅華の背に、冷たい壁が当たる。これ以上はもう下がれない。
「ねぇ、紅華?」
「……はい」
「僕は自由にさせすぎたのかなぁ? 見つけたその瞬間から
――君の家族や
「……え?」
「さて、これで帰る家はなくなったね。晴れて君は
「……なんで……うそっ……」
皇太子が握っていた布から手を離した。ヒラリヒラリと地面に落ちた布。その布には赤い何かがべったりと塗りたくられている。
紅華はズルズルと背を壁に擦りながら、終いには床にぺたりと脚をついた。
「裏切り者には罰を。……約束を覚えていない君が悪いんだよ」
トドメを刺すように、皇太子は一切の情を消し去った顔で呟いた。先程まで浮かべていた笑みとの対比が否応なく強調され、目に見える形で示される。
そして、紅華の頭の中では皇太子の言葉がグルグルとものすごい速さで駆け巡っていく。理解が追いついた時には、紅華には絶望しか待っていなかった。
「そんなっ……」
皇太子と紅華。二人きりの牢に、紅華の金切り声が悲しく響き渡った。
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