グリンガレットと緑の騎士

雪村4式

第1話 剣を持つ乙女

一 〈 剣を持つ乙女 〉


 戦いから、数年の時が過ぎた。

 ゴドディンの地には荒廃と破滅の大風が吹き荒れ、木々や花はその色を失い、都や町は栄光の残影を在りし日のままに留めながらも、むしろそれ自体が罰であるかのように衰退の道を辿った。

 残ったものは、暴力、欺瞞、憎悪、そして欲望と死だ。

 偉大なる王は去った。

 清廉たる騎士道は失われた。

 悠久の彼方へ。

 それでもなお、人々はその地に生きた。

 母なる北の大地、ブリテンの故郷。彼らはその土地を、緑なるゴドディンの地という。

 偉大なる王の死を知って、海から、陸から、異国の民が押し寄せた。

略奪と破壊が繰り返され、赤き龍の旗は引き裂かれた。

 キャメロットの都は既になく、チェスターの牢城は異民の手に落ちた。偉大なる王が大ブリテンとして統一を成し遂げたブリトン十三国は、再び瓦解した。残されたブリトンの民は、南はアドリアスの城壁の内側に、北はナントスの城壁を境に、残されたわずかな地を4人の領王に分け、ゴドディン四国として希望を残した。

 それが、ダムノニ王、ヴォタデニ王、ノヴァンタエ王、セルゴヴァエ王の4王である。

 その中でも、ルグヴァリウム城を都とするノヴァンタエ領はゴドディンの南西に位置し、アドリアスの城壁を守る要所になっていた。南北を貫いていた大街道は固く門に閉ざされ、ドシアルの大門には鉄鎖が幾重にも巻きつけられていた。

 そこから北へ数十里。

トゥイード川の上流にあたる山間の集落沿いを、グリンガレットは城を目指していた。

 騎士の身なりをしているが、騎士ではない。

肩当ての無い腰丈の鎖帷子に褐色のマント。腰に、長剣を帯びている。左肩の後ろには傷だらけになった木製の盾を背負っていた。革の表装がすっかりはがれて、家名を現す紋章は消え失せている。

 まだ年若い。

髪の色は茶色に近い濃いブロンドだ。赤毛といってもいいだろう。くせのない長髪は肩の下まで流れている。目はグリーンを帯びた青で、中性的な顔立ちには、気高さと柔和さが混じっていた。

 馬を引いていた。これも立派な馬だった。だいぶ老いてはいるものの、その伸びた皮の下には、しなやかで強靭な筋肉が眠っている。随所についた刀傷や火傷の跡は、幾多の戦場を駆け抜けた軍馬の証拠だ。

 荒れた街道をすすみ、森の木々の隙間から、まばらに人家の屋根を見とめて、グリンガレットは歩みの向きを変えた。

 小さな村だった。

 村の跡、と表現した方が正しいのかもしれない。

 ひざ下ほどに伸びた雑草、壊れた垣根に巻きついた蔓の紫色の実。家畜の音もなく、ただ森の揺れる音だけが聞こえている。

 グリンガレットは井戸を見つけた。

 水は枯れていなかった。そばに落ちていた桶には汚れが無い。まだこの井戸水を使うものが少なからずいるということだ。

 昔なら旅人が多く通った。

 街道にも近いこのような村は、旅の休息地として栄えた。偉大なる王の治世が今も続いてさえすれば、ゴドディンが四領に分かれることも無かった。この辺りも旅商人や交易者の往来でにぎわっていたことだろう。

 喉の渇きを潤し、手持ちの干し肉を口にしたところで、物音がした。

 外れの家の戸口に老婆がいた。

 節だらけの杖をつき、腰もだいぶ曲がっている。身なりは薄汚れ、顔の半分を茶色になった包帯で覆っていた。足が悪いのか、片足を引くようにして歩くのが見えた。

 「どなたか」

 老婆のしわがれた声が聞こえた。

 「失礼を、旅の者です。水をいただいておりました」

 グリンガレットの凛とした、それでいて涼やかな鈴の音を思わせる、女の声が蒼天の下に響いた。

 「これはなんと。さてはいずこかの騎士様でもあろうかと思いしが、・・・さように若き乙女御とは」

 老婆はグリンガレットの声に驚き、よろよろとそばまで寄ると、半分潰れた目を見開いて、相手の顔を覗き込んだ。

 すると確かに、グリンガレットは娘だった。

その眦や唇、緩やかに膨らんだ頬のつくりも、若く美しい輝きを湛えている。

 「乙女御が、何ゆえそのような身なりで旅をなさっておいでか」

 「今は道中が危険な故にございます」

 グリンガレットは答えると、こちらもじっくりと老婆を観察した。

 おそらくは村の住人だろうが、随分とひどい身なりだ。つんとする異臭は、おそらく顔の傷が膿んでいる為だろう。

 「失礼ですが、この村には他にも人が居られるのですか」

 「いや、居りませぬ」

 「ではお一人なので」

 「さよう」

 老婆はゆっくりと頷いた。

「先の戦のあと、村の者たちは皆、都や北の平原へと移りましたゆえ」

 老婆はゆっくりと北を指さした。ここからでは森が濃すぎて何も見えなかった。ただ、冷涼な蒼天がどこまでも続いているようだった。

「ここは長城に近すぎるが故、危険でございます。それに、先のサザン高地には山賊も多く、もはや儂等のような民百姓は安心して暮らせませぬ。もっとも、儂は見ての通り体が不自由ゆえ、どこに行くこともかないませぬが」

 老婆はその身を嘆くでもなく言った。

 「そのお怪我は、どうなさいました?」

 「お恥ずかしい話でございます」

 かぶりを振ると、老婆は少し肩を落としたように見えた。

「老いた身を嘲り、なぶり者にする輩も、この辺りには居るのです。偉大なる王も彼方へと往かれました上は、もはや、せん無き事と、あきらめ果てておりまする」

 「それは酷い事を。その者達は、よく来るのですか」

 「そうそう毎日というわけではありませぬが。しかしながら、その者たちが居らぬと、儂も生きてはいけませぬ」

 グリンガレットはいぶかしげに眉を顰めた。

 「それは何故でございますか」

 「かような地では、悪しき者であれ、善き者であれ、互いに要とするもので御座います」

 「今一つわかりませぬ」

 「まだ若き乙女御には、わからぬ事もありましょうや」

 グリンガレットは悲しく頷いて、もうこの場を去ろうかと思った。

 「ルグヴァリウム城はあちらの方角ですね」

 「さよう。しかしながら今日はこの村に留まるがよいかと」

 「と仰せられますのは?」

 「この先は難所続き、獣も多くいまする。ましてや今時分からでは、森を抜ける前に日が暮れてしまいます。悪いことは言いませぬ、今宵はここに泊まり、明日の朝早くに出立するがようございます。幸いどの家も空き家ばかりにて、残された寝具を使おうとも誰も何も言いませぬ」

 グリンガレットは空を見上げた。

 まだ日は高い。とはいえ土地を知る者の言葉だ。視線を返すと、旅の友である老馬が大きく頷いて見えたので、心が決まった。

 「お言葉に従いましょう」

 「それがよろしいかと。ところで乙女御は、なにゆえ旅をなさっておいでか。先ごろは男であっても一人の旅は危険でありましょうに」

 老婆が微かに首をかしげて訊いた。

 「深くは語れませぬ。ただ、探しているものがあるのです」

 グリンガレットは静かに相手を見つめた。言葉は少ないが、それ以上の詮索を拒絶した瞳だった。

 「語れぬものは、これ以上は、お聞きできませぬ」

 老婆もまた頷いて、来た時と同じように足を引きずって離れていった。

 グリンガレットは近くの空き家に一夜の宿を取ることに決めた。

 少し大きな馬小屋のある家を選び、馬とともに夜を明かすつもりだ。

粗末な場所に寝ることには慣れている。

旅に出て以来、この友人と離れたことはなかった。枯草の上に布を引いただけでも、十分に満足できる寝床になる。日暮れまでまだ間があったので、寝床の準備を整えた後、少し村の中を散策してみた。なるほど、老婆の言う通り他に住人は居ないようだ。

ただ、気になる事もあった。

村の北西に獣道を見つけた。

そこに馬の糞が残っていた。決して古いものではなく、注意深く見ると、馬の蹄の跡も少し残っていた。一頭ではなく複数のようだった。

 日が暮れると、どこからともなく獣の声が響くのが聞こえた。

年々、狼が多くなっている。この村に留まったのは正しかったと思いながら、薄明かりのもとで剣の手入れをし、それが終わると眠りについた。

グリンガレットはいつも剣を抱いて眠る。

身を守るためもあるが、この剣はとても大切なものだった。この数年、片時も手放したことが無い。華美さのない幅広で太めの剣は、グリンガレットの華奢な手には不似合いだ。それでも、識眼のあるものが見れば、大層古く価値のあるものとわかる。

グリンガレットはいつものように馬のたてがみを三度撫で、鼻先にお休みの言葉を囁いてから、枯草のベッドに横たわった。


 宵のころ。

 グリンガレットは目を覚ました。

 暗闇の中、星あかりが戸の隙間から差し込んでいる。そこに人の気配があった。

 何者かが、その隙間の向こうに立って、中をうかがっていた。

 音もなく開き、馬小屋の中に足を忍ばせてくる。手には短剣が握りしめられていた。横たわるグリンガレットを狙っているのは明らかだった。

 侵入者がその手を振り上げた。

グリンガレットは咄嗟に体を投げ出して横に転がった。そのまま相手の足を払いあげる。鞘ぐるみの剣を払いあげ、相手の短剣を弾き飛ばしたところで、ふっと短い息を吐いた。

 身を起こして、星あかりに浮かぶ相手の姿を見降ろした。

あの老婆であった。

 「何故に、かような真似をなさいます」

 グリンガレットが訊くと、老婆は震えながら頭を抱えた。

 「乙女御よ、生きるため、これもまた、せん無き事でございます」

 「身の上を聞き、哀れとも思いましたが、そなたが物取りでありましたか」

 「儂とても、かような事はしとうありませぬ。ありませぬが、明日までに少しなりの金子が欲しいのです」

 「その傷をつけた者ですね」

 ようやく理解して、グリンガレットは鞘を腰のベルトに納めた。

 脳裏に馬の足跡が蘇る。おそらくは、この老婆に旅人を襲わせて、自分たちはこの老婆から金子や物品をまきあげるような輩がいるのだろう。

 老婆はその場にうずくまったまま震えていた。

 なんとも哀れな姿だとグリンガレットは思った。

とはいえ、これも先の戦いがもたらした結果だった。

民を守るべき騎士が、王が、ただ憎しみと欲望に駆られて互いに殺し合い、大地に火を放った。畑は踏み荒らされ、森は燃え、川には血の毒が流れた。

グリンガレットはその様を、誰よりも近くで目にしてきた。

彼女は騎士ではない。だが、騎士の生き方をその身に宿し、その瞳に焼き付けていた。

それを思うと、老婆をただ責める気にはなれなかった。

 何を思ったか。

グリンガレットは腰の袋から銀貨の束を取り出して老婆の足元に投げた。

 「憐れみではありませぬ」

グリンガレットは言った。

「私を信じ、自ら生きる道を選ぶのならば、立ち去りなさい。ただし、その銀子に触れてはなりませぬ。さすれば私が道を開くことが出来るやもしれませぬ。

もし、私を信じられず、今の運命に身をゆだね続けることを選ぶのならば、その銀子を拾い、行くがよろしい」

老婆は怪訝そうに、幾度か銀子とグリンガレットを見比べた。

騎士の身なりをした娘。

一瞬の間、その姿に栄光の日々を紡いだ騎士たちの姿が重なって見えた。

美しく、清らかで、全てが輝いて見えたあの時。

しかし、清廉たる騎士は、この地に、そして彼女に何を残しただろうか。

光はすぐに暗闇に落ちた。

そのうちに、銀子の輝きが次第に増していくように思えた。かすかに蘇りかけた心にベールをかけ、老婆は震える手で銀子を掴んだ。

「乙女御に、何が出来ましょうや」

そう言い残し、銀子を握りしめたまま戸口を出ていく。

グリンガレットは少しだけ悲しげに眉を顰めたが、何も言葉にはしなかった。


翌日。

かなり早い時間に、グリンガレットは出立した。

半時ほど経って、馬に跨った3人の騎士が村の入り口に立ち、甲高く口笛を三度鳴らした。

程なく、老婆が震える体で3人の前にかしづいた。

「昨日東の柵を越えた者がいると聞いた。婆、旅人があったろう」

真中の騎士が尋ねた。

「昨夜、騎士の姿をした乙女御が一人」

老婆が答えた。

 「騎士の身なりの乙女とは、なんとも奇妙だな。殺したか。それとも捕えておるか」

 「殺しも、捕えも出来ませなんだ。しかしながら、銀子を手に入れた故、いくばかりか食べるものを用立ててくださいませ」

 「銀子か」

 騎士は老婆が手にした銀子をひったくるように奪い取ると、手の中で少し弄んだあと、鼻で笑った。

 「恵まれて満足したか。この役にも立たぬ婆めは」

 騎士が刀の柄に手をかける。ひいと叫んで逃げようとする背中を、騎士は刀の鞘で容赦なく叩きつけた。老婆は血を吐いて転がり、這うようにして逃れた。

 「これだけの銀子を惜しげもなく渡したところを見れば、その娘は相当に隠し持っていたに違いあるまいな。ここにとどめ置けば、金子銀子のみならず、馬や剣も手に入ったであろうに、まことに愚かな婆め」

 騎士はもはや老婆には目もくれず、他の二人の騎士に向き直った。

 「女であれば、この山道ではそう遠くまでは行っておるまい」

 3人は頷くと、手綱をとった。


 森と岩場が交互に現れ、時折谷川の音が聞こえた。

 馬の速度に木漏れ日が雨のように降り注ぎ、緑が風に大きく揺れる。

 左右が崖のようになり、少し道幅が狭くなったところで、三人の騎士は追う相手の姿を認めた。

 グリンガレットは馬上に居た。

 彼女は背を向けていなかった。

 その身は騎士たちの方を向き、右手の剣を正面に向けている。

 騎士は相手が自分たちを待ち構えていたことに気付き、驚いて馬を止めた。

 グリンガレットの颯爽とした声が谷間に響いた。

「山賊と思えば、騎士の身なりではありませぬか。情けなし。貴公らの士道はかくも地に落ちましたか」

「何を申すか、女御の身にありながら、身の程を知らず物言い。我らを愚弄しよるか」

 右の騎士が怒鳴り声を上げた。

「身の程知らずとは、己が事でございましょう。弱きものを傷つけ、己が私欲にのみ生きるものを、私は士とは認めませぬ」

 「言わせておけば」

 騎士が剣を抜いた。

 「騎士ならば、正々堂々と来られるがよい。それとも三人で来られますか」

 「女一人に、なんの加勢がいるものか」

 馬の腹を蹴り、騎士は雄叫びをあげて挑みかかった。

 グリンガレットもまた、老馬を走らせた。

 剣と剣が交じり合い、鋭い音が峡谷に響き合った。

 グリンガレットの膂力は、所詮は娘の力であった。剣があたるときには騎士の力に負けて、体ごと押し倒されそうになる。しかしながら、その身の速さは対する騎士の動きを遥かに超えていた。

 そしてなにより、グリンガレットと馬の動きは、まるで半人半馬の獣のように一体となっていた。馬のたてがみが揺れるようにグリンガレットの痩身は舞い、馬の吐く息吹のようにグリンガレットの剣が走った。

 数合の打ち合いの後、騎士は剣を弾き飛ばされ、顔面を剣の側面で叩き潰されて、馬の背から突き落とされた。

 グリンガレットは髪を振るって、瞳を次の相手へと向けた。

 二人目の騎士が襲い掛かった。

 この騎士は先ほどの騎士よりも少し身が軽かった。

 とはいえ、馬と一体になったグリンガレットの動きに追い付けるものではなかった。これもまた数合切り結んだ後、鼻を折られて倒れた。

 最後の騎士が挑みかかってきた。

 三人の中でも、一番の強敵なのは見て取れた。素早さもあり、力強さもある。

 さすがに三人目とあって、グリンガレットの表情にも、少し疲れが見えた。

 骨も砕けるほどの強い一撃を柄で受け、ぐらりと体勢が崩れた。好機とみて、騎士が剣を水平に突き出した。

 グリンガレットを救ったのは老馬の機敏さだった。

 主の危険を察知して、身を翻して距離を取る。

 逃れられたとみるや、騎士は追撃を試みて馬首を返した。そこに、すでに体勢を整えた老馬が躍りかかった。

 老馬は前の両足を高く掲げて、騎士の胸元を蹴り倒した。

 堪えきれるわけもなく、この騎士もまた馬の背から転がり落ち、固い地面にしたたかに背中を打ちつけて悶絶した。

 その首元に剣の切っ先を向け、グリンガレットは清廉な眼差しで睨んだ。

 騎士が呻いた。

 「何者なのだ、娘と思い、油断したわけでもないに」

 倒されたことに動揺と恐怖を隠すことが出来なかった。一人は口元に泡を吹き、もう一人は鼻血まみれの顔を抑えたまま。蹲って目を見開いていた。

 グリンガレットは名乗りもしなかった。

「貴公らには誇りある死を選ぶほどの器量もありますまい。私とて、無為に人の命を取るつもりはない」

 「されば何が望みか」

 「まずは、その懐のものを返しなさい。それは私のものです」

 倒された騎士の一人が、すぐに察して、老婆より奪った銀子を返した。

 「今後また同じような行いをすれば、その時は許しませぬ。今は見逃すとしても、蒼天は、貴公らの行いを見逃しませぬぞ」

 グリンガレットは再び厳しい視線を三人に向けた。

 騎士達は互いに顔を見合わせながら、声もなく何度も頷いた。その姿には、到底心の芯から後悔しているそぶりも無さそうだ。わかってはいても、それ以上追及するつもりは彼女には無かった。

 「・・・一つだけ、聞きたい事があります」

 少し言葉をためた後、グリンガレットは声を低くして聞いた。

 「貴公らも騎士の端くれであるなら、〈緑の騎士〉についての噂を知りませぬか?」

 ゆっくりと三人の表情を伺う。

最初から期待はしていなかったものの、その顔には困惑の色しか浮かんではいなかった。

 「緑の騎士? ついぞ聞いたことがない。いずれ名のある武人か」

 「知らぬのなら、それ以上は知る必要もありませぬ」

 グリンガレットは剣を収め、馬首を返した。

 三人の騎士は命拾いしたことに気付いて、我先にと逃げ去っていった。

 民を守るべきものの、あまりにも見下げはてた姿が悲しくもあった。仕えるべき国も名誉も失ってしまった者達にとって、騎士であった頃の誇りは、もはや狂おしい足枷でしかないのだろう。

 グリンガレットは目を閉じた。

 偉大なる王のもと、円卓に集いし荘厳な騎士たちの姿が、今も目に浮かんでくる。

 キャメロットの都。白く長いローブに身を纏った姫君たち。グリンガレットに剣を託したあの方も、王の左隣に控え、巨躯の前に金の酒杯を掲げて笑っていた。

 騎士たちの勇気と栄光を讃える、緑色の革帯をその腰に巻いて。

 ・・・失われし時か。

 グリンガレットは思いを胸の内に封じ込めて、再び老馬の手綱を取った。

 ルグヴァリウムの城までは、まだ日がかかる。そこに求めるものの手掛かりがあるのかどうかは確証すらない。それでもなお、グリンガレットは行かなければならなかった。

 誓い(ゲッシュ)を守るための、終わりなき旅。

 森はいつもと同じ光と風に包まれ、蒼天はなお広かった。

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