くつなぶじゅうころ

七苦八月

くつなぶじゅうころ

「今日は、よく晴れてるね~。」

「あぁ…いい天気じゃのう。ま、昨日もこんなモンじゃったが。」


神社の境内。社務所の軒下で、彼女──ババア口調の、一尾かずおの隣で、

私──凛凪蒼晴りんな あおはるは目を細めて背伸びしていた。


空は私の名前のように青くて、降り注ぐ日光が眩しい。


「こんな日には懐かしくなるのぉ…おんしの母君とよくこの境内で

 じゃれあっていたものだ。」

「……母さんってさ。貴女からみてどんなだったの?」


一尾は一瞬目を見開いた後、陽光を受けた横顔をくるりと、こちらに向けて

満足そうに語り始めた。


「ああ…おんしの母──紅夏あかは、美しかったぞ?境内を跳ね回る肢体。

 私の頬を撫でる、やんわりとした空気。折れてしまいそうなその四肢とは

 正反対に、常に凛としていて、ぐうたらな私の事をよく怒鳴りつけていた

 ものだ。」


母、紅夏。娘という立場からは当然ながら、私は母の事をよく知っている。

時に優しく、時に厳しく私を育ててくれた自慢の母。今の私が在るのも

母のお陰だ。その母のことを幼くして知るというこの一尾…巫女服に身を包み、

妙ちきりんな狐耳を生やした金髪の化生女は、私の知らない母の姿を少しでも

知っているのだろうかと聞いてみたのだが、その像は物心ついた頃から

みていた母のイメージと、何ら変わる事はなかった。


「ふーん……んじゃ、私にはその母さんの面影とか、才能とか。そういうのは

 貴女から見て受け継がれてるように視えるのかな?」


母は凄い人だった。母親として私の規範となったというだけでなく。

我が家代々の憑物落とし『無明浄光衆』の家系の中でも、歴代最高の術士という

栄誉を賜る程に。


私も素晴らしき母の後を追い、必死で憑物落とし道の修練を積んできた。

しかし未だ、母を超えられたという実感はない。当代の他の面子よりは遥かに

秀でているものの、母と比べてどうか、という点になると周りの奴らも

言葉を濁す。ま、あんな雑魚どもに私達ほどの高次元の精査が務まるとも、

思えない。


その点、この女はうってつけだ。母がまだ私と同じくらいの頃から、

というこの女なら。


目の前の、陶器のように白い顔をした狐耳女の、紅の挿す口角が上がる。


「十分だ。十分だとも。おんしは間違いなく、アイツの娘だよ。

 その顔も、身体も。才能も。余すところなくアイツの全てを

 受け継いでいる。」


「…そ。あんがとね。いやぁ……今亡き人を超えるって事、できないし。

 自身なかったけど、アンタが言うなら、少なくとも同等ではあるんだね。」


横に座っていた一尾が立ち上がり、私の前に正対して屈む。目線を、合わせて

私の瞳を覗き込む。その光の挿さない、濁った瞳で。


「嬉しいぞ?私は。あの至福の刻をまた、味わえるのだから。

 このときを何年も待った。死を知らぬ私とはいえ、時間の感じ方は

 人間と変わらぬのだからな。」


目の前の化物は、今までで一番の笑顔を私に向ける。上がった口角の端から

八重歯が覗いている。


「死を知らぬ?ンなワケねーだろ。他でもない。その愛しい愛しい、

 紅夏サンをこの神社の、本殿で。嬲り殺しにして"死"に追いやった、

 テメーが。」


コイツとは今日、初めて会った。だが会った瞬間に理解した。

倶に天を戴かずとも。三年前から追って追って置い続けていた、


「あぁ。愉しかったな、あの刻は。寝かせて寝かせて寝かせ続けた酒の、

 栓を開けてようやく味わったかのような…寂しいやら嬉しいやら。

 お前のように溢れる美貌と才能を蹂躙して。組み伏せて組み敷いて!!

 泣いて叫んで抵抗して!!その総てを無視して…舐めしゃぶって、

 しゃぶり尽くして、滅茶苦茶にするのは!!!大変気分がよくて、

 気分が良すぎてェ…年甲斐もなく、達してしまったわい。」


化物はイカれた笑顔を私に向けている。その背後から漂う妖気は、

母を死に追いやった事を一瞬で納得させる程に禍々しい。

だからこそ、私も。


「昇天なんて…させてやんねーよ。お前は…私が支配する。」


笑みが溢れてしまう。あの母を、一方的に蹂躙した化物。

倒せば私は"歴代最強"の名を一手に受けられるだえろう。

でも、そんな事はどうでもよかった。


私の知る、最高で最強の人間。凛凪紅夏りんな あかを私は尊敬していたし──

いや、崇拝していた。強くて格好よくて。ずっと私の手本だったんだもの。


三年前に彼女の訃報を聞いてそりゃあ絶望したものだ。私にとって

神にも等しき──愛しきあの人が居なくなったんだから。

でもその死因を知って、私は今みたいな笑みを浮かべてたんだと思う。


あの人を一方的に嫐り殺しにした化物?憑物落としの、歴代最強の、あの女を。

そんな存在を知ってしまったら──お前の事しか、考えられなくなるじゃないか。


「気分いィだろうなァ。一尾ちゃん。お前をここで屈服させて服従させて、

 私の傍に侍らせンのは。その時こそ、私も──達せるのかな?」


私の向けた感情は、さすがに化物も予想外だったようで、先に母の話を振った

時と同じように一瞬目を見開いたあと、真顔で舌なめずりをしながら。


「前言撤回。おんし…紅夏とは似ても似つかんな。アレの美しさは、病的な

 までの純粋さだったというのに。むしろお前は、私に近い。だからこそ。」


化物の舌なめずりが一周する。それを契機に私は懐から札を抜き。

化物は獣らしく私に飛びかかってくる。私も応戦の構えを取るが、

想いと笑みが溢れて止まらなくなってしまう。


「屈服させる屈服服従させる屈服させる屈服させる屈服させる屈服させる屈服

 させる屈服させる隷属させる屈服従属させる屈服させる屈服させる屈服させ

 る屈服させる屈服させる服従させる屈服屈服させる屈服させ服従させる!!」

「嬲る嬲る嫐る嬲り殺しにする嫐り殺しにする嫐る嫐る嬲り殺しにするしゃぶる

 嫐り尽くす嫐る嫐る嬲る嫐る嫐る嬲り殺す嫐り殺す嫐り殺してしゃぶり尽くす

 しゃぶって嬲って、嫐り殺す!!」


世界で一番の"凶悪"が衝突し。二人の瞳と同じように、晴天を濁した──────

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くつなぶじゅうころ 七苦八月 @hazu79

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