黒いドロドロ

椎名ロビン

黒いドロドロ


ステージの上でキラキラ輝く、あの世界に憧れていた。


眩しい笑顔に、可愛い衣装。

キレのあるダンスと、背中を押すポップな歌。

浮かぶ汗すら美しく、あの世界で戦う女の子達は、皆等しくキラキラ輝いていた。


「すごいなぁ……」


あの世界に憧れて、暇さえあればダンスを踊るようになっていた。

自分の敬愛する人を分析し、どうすればあの世界に入れるのかも研究した。

オーディションにも、沢山行った。


私は、あの世界が好きなだけの有象無象の少女じゃない。

あの世界に憧れ魅入られた少女なのだ。


「……ほんと、すごい」


養成所で出会った貴女は、誰が見ても同期で抜きん出た存在だった。

色気と格好良さが同居した顔に、ダンスが映える長い手足。

胸だって決して小さくはなく、それでいて胸だけに目がいかない程度の大きさだった。


見た目だけでも十分魅力的な貴女は、性格まで完璧だった。

口数が多いわけではないが、絶妙なタイミングで呟く言葉は場にいる者の笑いを誘う。

愛想も特別良いわけではなかったが、礼儀はわきまえていたし、細かい気配りも出来ていた。

そのおかげか、猫かぶりなんて陰口一つ聞かなかったし、養成所の誰からも好かれていた。


「……差、ついちゃったなぁ……」


貴女がすごいのは、生まれ持った顔と性格だけじゃないことを、私はよく知っている。

貴女に惹かれて常に傍にいたから、努力をひたすら積み上げる様を誰より見てきた。

あの世界への憧れの度合いや努力の量で、生まれて初めて負けたと思った。


仕上がっていないしどうせ不合格になるだけだと、オーディションを受けないことが、私には多々あった。

でも貴女には、一度もない。

貴女ですら「今回は無理だろう」と分かりきったコンディションの時があったというのに、だ。

どんな時でもチャンスからは逃げ出さず、その瞬間その瞬間のベストを尽くし、不合格になったとしても、必ず何かを掴んで帰ってきていた。


「……勝てないな、やっぱり……」


仕方がない、今回は調子が悪かった。

状態がよければ、多分良い結果だったのに。


仕方がない。

生まれ持った才能が、圧倒的に違ったのだから。


仕方がない。

今は忙しくて、あまりそちらに時間を割けなかったから。


仕方がない。

貴女に勝てないのも、貴女ほど努力できないのも。


仕方がない。仕方がない。仕方がない――――


「……おかしい、なあ……」


そっと、液晶画面に触れる。

画面に映る貴女は、いつもと変わらぬ爽やかな笑みを浮かべて、大物司会者と談笑している。

そして画面には、貴女が次に出演する深夜ドラマとその主題歌に抜擢された


沢山積み上げ、現実から目を背けず、か細い糸を掴み取った先にある輝かしい未来。

それを貴女に先んじられて、悔しくて、情けなくて、惨めで、腹の奥底で黒いドロドロが沸騰する気持ちになるはずなのに。


「どうして……嬉しいんだろう……」


貴女にずっと惹かれていたし、誰より努力してきたことを知っている。

だからだろうか、貴女が夢を叶える姿を見て、心から嬉しかった。

おめでとうの五文字を、何の躊躇もなく言えた。

それを聞いた貴女の、少し寂しそうな笑みの意味も、ちっとも理解していなかった。


本当は、妬ましいはずなのに。

本当は、私が先にあの世界にいたはずなのにと子供のように喚き散らしたいはずなのに。

悔しくて、情けなくて、惨めで、それでも胸の中や腹の奥底で沸騰する黒いドロドロを飲み込んで、おめでとうと言うべきだったはずなのに。

そのドロドロを原動力に、居ても立っても居られずに、今からでもレッスンに打ち込むべきなのに。


「……一緒に……あの世界で、ステージに立ちたかったなぁ……」


あの世界に憧れていたはずなのに、いつしか貴女に憧れていた。

そして憧れは、いつしか愛情に変わっていった。


――――私は、あの世界と貴女が好きなだけの、有象無象に成り下がってしまった。


心の底から情けないと思えない自分が情けない。

なのに、何も出来ない、行動しようとも思えない自分に腹が立っている。

立っているが、しかし、液晶を眺めることしかできない。

もう、貴女に並び立つ資格なんて、無いだろう。


ぽたぽた、と目から雫が溢れる。

遅いんだよ、と小さく漏らした。

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黒いドロドロ 椎名ロビン @417robin

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