【KAC20201】四年に一度、性別が変わる病

@dekai3

四回目

 四十年前、世界で初めて四年制性転換症候群の患者が現れたらしい。

 彼?彼女?はとても裕福な家庭に産まれた子で、異変に気付いた親が直ぐに大きな病院に連れて行った事で病名が付き、それによって同じ症状の患者が次々と見つかったそうだ。


 正確には四十年よりももう少し前から世界中で症例が発見されていたらしいけど、発症者の居た地域が医療が発達していない地域だったり、性転換の時期が幼すぎたりで、周りの大人達が深く考えずに「そういう事もあるか」と軽く流していたらしい。

 中には宗教団体に『両性具有という事は天使である』なんて言われて御神体みたいな扱いをされた子供も居たらしくて、今では三十人に一人の子供が四年制性別転換症候群と診断されているのにも関わらず、田舎の方や国によっては未だに崇められる地域もあるとかないとか。

 最近の研究では病気では無くて新しい進化の形ではないかとも言われているらしいけど、そんなの産まれ付きこうだった自分達からしたら、耳掻きをしたらくしゃみが出るとか、おへその穴を弄ったら痛くなるとか、そういう体の特徴の一つでしかない。

 これは自分達の体にとっては当たり前の事で、病気みたいに治す必要がある物じゃない。


 ただ、四年に一度で性別が変わるといってもぴったり四年というわけではなく、だいたい四年周期というだけである。

 今回の自分の場合は変化が高校二年生の春休み後に来た。こんな中途半端な時期に性別が変わるのは勘弁して欲しかった。

 この間まで着ていた制服は変えないといけないし、体操服や夏の体育に使う水着だって変えないといけない。お金がかかるし、何より恥ずかしい。

 せめて一年生の時ならば二回目の高校デビューみたいな扱いにも出来たが、二年生では遅すぎる。

 それに、性別が変わる事で周りの見る目も変わるのが本当に嫌だ。男子からも女子からも今までと同じ様には接して貰えない。

 八年前の時はそういうのは無かったけど、四年前の時ははっきりと感じたし、今回はそれが更に酷くなっている。特に男子からの扱いが本当に鬱陶しくて嫌だ。


 そして、それ以上に、好きな先輩と同じ性別になってしまう事が、本当に本当に嫌で仕方ない。











しのぶくん…… いや、しのぶちゃんは進路はどうするの? 進学? 就職?」


 先輩が一晩で腰まで伸びたこの鬱陶しい髪を弄びながら、昨日までとはまるで違う距離感で話しかけてくる。


「就職ですよ。進学だとまた半端な年齢で性転換して困りますし、親戚の家業を手伝う事になってますから」


 自分はその問いに前々から決まっている応えを返す。

 自分が四年制性転換症候群だと診断された時に決められた進路で、あまり他人と接しなくても済む仕事だ。


「ふぅーん。もったいないなー。しのぶちゃんかわいいのに」

「先輩……それは進学の理由にはならないですよ」

「おやおやー? 否定しないって事は自分のかわいさを自覚してるなー?」

「そ、そんなんじゃないです! 自分なんか全然…」

「んふふー、冗談だよー」


 先輩はそう言いながらニマニマと笑う。

 後ろで髪を弄られているので表情は見えないが、この一年間の間ほぼ毎日接してきた相手だから声色でどんな表情をしているのかなんとなく分かる。

 そして、自分は思わず『先輩の方が可愛いですよ』と言いそうになったのを上手く誤魔化せたのでホッとする。

 もしかしたら同性なんだから、先輩みたいに気軽に『可愛いですね』と言っても許されるのかもしれない。

 でも、昨日まで異性だった相手からそんな事を言われたら戸惑うだろう。そのうち言える様になるかもしれないけど、今はまだ難しい。


「そういう先輩はどうされるんですか? やっぱり服飾系の進学ですか?」

「んー、その予定だよー。そのほうがかわいい女の子といっぱい知り合えるしねー」

「普段から言ってますもんね。そのためにこの部活をしてるって」

「そのとーり!」


 自分と喋る先輩の声は昨日までと比べるととても弾んでいて、それが自分にとっては嬉しくもあるし悲しくもあるという、まだらで混ざり合わない複雑な感情になる。


 先輩と自分が居るのは『衣装部』という変わった部活であり、その名の通り演劇部の衣装を作ったり運動部のユニフォームを直したりする、服に関する便利屋みたいな部活だ。

 本来は手芸部だったらしいが、余りにも他の部活からの服に関する依頼が多いので、今では立派に衣装部と名前を改められている。

 自分がこの部活に入ったのは先輩に惹かれたからというのもあるが、運動部では性転換した時に困るし、他の文化部は男女比率の偏りがあったので、男女共に同じぐらいかつ部員が少ないこの部活を選んだのだ。

 そして、先輩がこの部活を選んだ理由は、先ほど先輩が言った通り、からだ。


 先輩は、同性愛者女の子が好きなのだ。


「復職系の学校ならモデルの女の子とも知り合えるしねー。そうじゃなくても自分で色んな服を着るのも好きだよ。着せるのはもっと好きだけど」

「先輩の私服を見た時はコスプレイヤーかと思いましたよ」

「あはは、オリジナルのコスプレって言っちゃえばコスプレでもいいかもよ?」

「なんですかオリジナルのコスプレって。単なるオリジナルでいいじゃないですか」


 だから、自分はこうして、女になってしまったからこそ先輩と距離感が縮まった事が本当に嫌で仕方ない。

 男の時の自分ではここまで親密になるのは不可能だったんだ。

 女になったからこそ、こうして先輩触れ合える距離でたわいのない話が出来る。

 それが本当に、嫌だ。




キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン




 あれかれ先輩は自分に色んな衣装を着せては写真を撮るという行為をし、ほくほくの笑顔で帰っていった。

 先輩だけじゃなく、他の部員も自分に衣装を着て欲しがり、部室内は自分のファッション着せ替えショーみたいな感じになった。

 自分はそれを楽しみながらも、意識だけがどこか遠くから肉体を見ていて、ゲームのキャラみたいに遠隔で操作しているような、ふわふわとしたよく分からない感情を覚えていた。


 この体は、四年に一度性転換をしてしまう。

 だけど、四年制性転換症候群が性転換を行うのは五回だけだ。

 最初は四歳の時。

 二回目は八歳の時。

 三回目は十二歳の時。

 四回目は十六歳の時。

 そして、五回目の最後は二十歳の時。


 自分は最終的に男になる。

 今ここで先輩と同じ性別になってしまう事が、本当に本当に嫌で仕方ない。 

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