そんな訳が。

紀之介

汚れた忌術を使った罪

(─ 夜が明けてきた様だな)


 石牢の高い位置に、申し訳程度に設けられた窓


 鉄格子の向こう闇が、心持ち薄くなった。


(我が人生も、残すところあと数時間か…)


 私は医療師だ。


 旅の途中の この街で、とある病を治療した。


 この地では、救う術がない とされている病気を。


 最新の医術を学んでいた私は、その治療方法を承知していた。


 病人に、とある薬を与えれさえすれば、数日で治癒させられる事を。


 必要な生薬を入手し薬を調合、患者に処方した結果、病気は無事に完治した。


(まさか…他人の命を救った事が、自分の人生を終わらす羽目になるとは──)


 病が治った事が確認し この街を去ろうとした刹那、私は捕らわれた。


 <至高の存在>を讃える教えでは認められていない、汚れた忌術を使った罪で。


 そして私は、本日 <邪術使い>の裁判に掛けられる。


 過去に この裁判の被告になり、無罪になったものは存在しない。


 加えて、課されるのは 死刑だと決まっている。。。


----------


「お助けしましょうか?」


 鉄格子窓を見上げていた私の背後で、低い声が呟く。


 振り返って、出口の方をを見る。


 開かれた形跡のない 牢の扉の前には、見知らぬ 小柄な男が立っていた。


「小生は、<冥忌士>で御座いますれば」


 人を誘惑して堕落させ、<地下界>へと堕とすとされている存在は、僅かに右足を後ろに引きながら 左腕を軽く横に伸ばし、右腕を掌を軽く胸に添える形でお辞儀してみせた。


「貴公と、契約に参りました」


「…え?!」


「この後、<邪術使い>として処刑されるのは、貴公の本意で?」


「そ、そんな訳が!」


「で、御座いましょう? ならば、小生と 取引を致しましょう」


 姿勢を正した<冥忌士>は、私に微笑んだ。


「報酬として、魂をご提供下さい。さすれば、貴公を お助け致します。ああ。提供頂くのは、天寿を全うした後で結構ですので」


「─」


「ご安心下さい。<冥忌士>の誇りにかけて、貴公をお騙しし、助けた直後に命を奪うが如き さもしい真似など致しません」


「──」


「貴公はつつがなく、自らに与えられた生を 存分にご全う下さい。小生も可能な限り、守護いたします故」


「…守る? <冥忌士>が??」


「最終的に 貴公から、より良質な魂を頂くための 一手間ですので、お気になさらず」


 魂を取られたら、死後は確実に<地下界>に堕ちる事になるだろう。


 それでも、ここで<邪術使い>として処刑され、不条理に生を断ち切られるよりは、遥かにマシな結末だ。


「わ、私を救うというのは…どうやって……」


「後腐れない様に この街の全住人の抹殺も出来ますし、あなたを この牢獄から脱出させた後、事を有耶無耶する方法も御座います。どちらをお望みで?」


「─ 穏便な方で。」


「おやおや、慈悲深い事で。」


----------


「そんな下卑者の戯言に、耳を貸してはいけません!」


 牢内に、声が響いた。


「信心深き者を <至高の存在>はお見捨てになりません! 汚れた契約など交わさなくても、貴方は救われます!!」


 <冥忌士>の視線を追って、私も振り返る。


「選ばれしものを<天上界>に導く、ありがたい<天上使>様の ご登場ですな?」


 虚空には、まばゆく光る人影が浮かんでいた。


「卑しき存在よ、退きなさい!」


「…それは、貴公の話の内容 如何ですな」


「下賤のものが、たわけた事を。」


「どうやって この御仁をお助けする おつもりで?」


「─ 刑が執行される 正にその瞬間に、<至高の存在>によって、この者の信仰心に相応しい、奇跡が行なわれます」


「ほう」


 冷笑する<冥忌士>。


「結果的に 救いの手が差し伸べられなかった場合には、この御仁の 信仰心が足らなかったと?」


「全ては…<至高の存在>の御心次第です。」


「前もって、上手い失敗の言い訳が用意された約定を信じろとは、さすがに<天上界>の住人、虫が宜しい事で」


「…我らを 愚弄するつもりですか!?」


「事実を述べたまで ですな」


 当然の摂理を告げるかの様に、<天上使>が反論する。


「もし奇跡が行なわれず その者が処刑されたとしたら、それは<至高の存在>より 与えられた試練です。それにより徳を積む事で、<天上界>への道も近くなります。何の不都合がありましょうや」


----------


「─ どうされます?」


 <冥忌士>の視線が、私に戻る。


「貴公の意思を尊重いたします。如何様にも ご随意に」


 私の考えは、とっくに決まっていた。


「魂を提供する契約は、どうすれば…」


 最敬礼する<冥忌士>。


 ゆっくりと姿勢を正すと、冷ややかに<天上使>を見た。


「と言う事です。<至高の存在>の単なる使い走りは、<天上界>にお帰りを」


「卑賤な者が、<天上使>を侮辱するのですか!」


「─ 序列6位の小生と 勝負する気がおありなら、お相手しますよ?」


「ひっ!」


 <天上使>が慌てる。


「まさか?! <地下界>9公爵の1柱!?」


 いきなり、その気配は消えた。


「ふん」 


 鼻を鳴らし後、<冥忌士>は破顔する。


「貴公の選択、決して後悔させませんので ご安心を──」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そんな訳が。 紀之介 @otnknsk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ