四年に一度の接吻
桜風つばき
第1話
朝。カーテンを開けると、窓から冬から春へと変わりつつある太陽の光が、部屋に入ってくる。
今日もいい天気、と思いながら如月晴はベッドから降りた。
朝のルーチンワーク。それは、トイレ、着替え、化粧、そして朝食を摂ってから、仕事へ行く流れ。
しかし、今日のルーチンワークはいつもよりも気を使った。今日が特別な日だからだ。
服装は仕事へ行くためのオフィスカジュアルではない。ブラックの七分袖のブラウスに、ベビーピンクのフレアスカート。その二つを繋げて合わせて見せるために、ウエストのリボンをキュッと締めた。さらに、アクセントとして腕に小粒のパールのブレスレット、お揃いのパールのピアスを身につけて。仕上げに、普段はストレート状にしているロングヘアーの先を、アイロンでくるりとカール状に仕上げた。
化粧も普段より少し丁寧に仕上げていく。
鏡の前での最終チェックをした後に、晴はよし、と今日の出来を見て満足げに頷いた。
お気に入りのベージュ色のトレンチコードを羽織って、少し高めのブラックのヒールを履いた。
朝食は要らない。これから向かう先でたくさんおいしい料理とお酒をいただく予定だから。
(今日は、四年に一度の特別な日だから……)
これからのことを思うと、楽しみで晴の胸は期待で高鳴った。
「いってきます」
自分以外誰もいない部屋にそう告げて、晴は玄関のドアを開けたのだった。
冬と春の空気が混ざりあう街中を、晴は歩いていく。
目的の場所はただ一つ。街外れにある、小さな神社だった。
石段を登り、辿り着いた境内横の御手洗で手と口を清める。
本殿前の賽銭箱の前に立ち、晴は柏手を打った。
「狐塚さま、狐塚さま、晴が四年に一度の御勤めに参りました」
すると、本殿の扉がスーッと開き始めた。隙間から零れ落ちる光はどんどん強くなっていった。
そして、光の中から人影が見え始める。
扉が全て開いた先に、男が一人座っていた。
閉じていた瞼がゆっくりと開いていく。切れ長の目の形に宿る瞳は琥珀色をしていた。その瞳は、晴の姿を見つけると、少し目を見開いた。
「あぁ、晴、久しぶりだね。そうか、もうこの日がやってきたのか」
「はい、狐塚さま。私は、この日が来るのをあの逢瀬の日から指折り数えておりました」
「可愛いことを言ってくれるね。僕にとっては、昨日の出来事だったというのに。君の時間は、四年か……そうだね、昨日会った時よりもずいぶん大人っぽく見えるよ」
狐塚の言葉に晴の瞳は不安げに揺れる。
「……年老いた私は、お嫌いですか?」
「まさか。年若い君も、年老いた君も大好きだよ。僕は、君の姿ではなく、君の心が好きだから求婚をしたんだ。さぁ、こちらにおいで。少しでも晴を感じたいんだ」
狐塚が立ち上がる。紫に白の紋様の袴を着た装束に晴はうっとりする。
そして、狐塚は晴に手を差し伸べる。晴は賽銭箱を横切って、本殿近くの扉まで駆け寄り、狐塚の手を握り返したのだった。
「我が妻、晴よ。一時の逢瀬を楽しもうか」
「えぇ、私の愛しい旦那さま」
晴がそっと瞳を閉じる。唇を突き出せば、その直後、温かい物が触れた。狐塚の唇だ。
愛を契った二人は、光に包まれて。本殿の扉が閉じると、その光は失われた。
如月晴は、この神社に住う狐の神様に見初められ、彼と契りを交わした。
しかし、神と人間は常に共にいることができない。代わりに、四年に一度しか時が刻まれない、二月二十九日のみ神の世界が開かる。その日が終わるまで、二人は神の世界で愛を紡ぎあうのだった。
四年に一度の接吻 桜風つばき @ryusei_tsubaki
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