二九休さん

沢田和早

仇討ちに執念を燃やす義教は安国寺に使いを出す

 第三代将軍義満よしみつは最期の時を迎えようとしていた。床の周囲には嫡男の義持よしもちをはじめとして多くの近親者が集っていた。


「父上、しっかりなさいませ」

「おお、義教よしのりか。どうやら極楽浄土へ参る時が来たようだ。実に良き人生であった。満足しておる。だが、そんなわしにもたったひとつ心残りがある。一休いっきゅうとのトンチ比べでコテンパンにしてやられたことじゃ。義教よ、そなたの聡明さは抜きんでておる。必ずや一休をギャフンと言わせわしの無念を晴らしてくれ。頼んだぞ」

「わかりました。父上の無念、この義教が必ず晴らしてみせましょうぞ」


 こうして義満の一休打倒の意思は義教に引き継がれた。


 第四代将軍の座にはすでに十二年前から嫡男の義持が就いていた。義教は進言した。


「父上の遺言は兄上も聞かれたはず。直ちに一休を呼び寄せトンチ合戦を執り行いましょう」

「いやいや、いかに父上の遺言とはいえ、小坊主相手にトンチ合戦など将軍のすべきことではない。わしはやらぬぞ」

「ではこの義教が一休の相手をします。それならばよろしいでしょう」

「ダメだ。相手は父上でも敵わなかったトンチの達人。もし今回も負けたとあれば民だけでなく他の守護大名からも物笑いの種にされかねん。父上の無念など晴らす必要はない。忘れろ」

「……承知しました」


 相手は兄と言っても将軍、義教はそう答えるしかなかった。

 だが言葉とは裏腹に一休への復讐の念は日増しに強くなっていった。いつか自分が将軍の座に就く時が来るかもしれない。そうなれば誰に憚ることなくトンチ合戦を執り行えるはず……義教は辛抱強く好機の到来を待ち続けることにした。


 義満の死から十五年後、義持は将軍の座を嫡男の義量よしかずに譲り出家した。そのわずか二年後、第五代将軍義量は十七才の若さで急死した。義量に子はなく義持にも他に男子はない。義教が将軍職に就く絶好の機会がやってきたのだ。


「兄上、第六代将軍はいかがなさるおつもりか」

「うむ、どうするかな。もう少し考えさせてくれ」


 義持の返答は曖昧だった。態度も曖昧だった。結局将軍不在のまま三年の月日が流れた。義教は待った。待つしかなかった。

 待てば海路の日和あり。義持は尻の傷が悪化し四十一才で亡くなった。後継者を決めずに逝ってしまったため、困った幕臣はクジで次の将軍を決めることにした。


「父上、なにとぞ義教に当たりを引かせてくださいませ」


 義教の願いは天に届いた。当たりクジを引いたのだ。晴れて第六代将軍となった義教は直ちにトンチ合戦開催を決定し、とうの昔に安国寺を去った一休の消息を尋ねさせた。


「なんだと、あの小坊主はそこまで落ちぶれたと申すか」


 義教は落胆の色を隠せなかった。生意気な小坊主だった一休はすでに三十五才。今では寺を出て粗末な小屋に住み、禁忌とされる酒や肉を公然と食らい、男色だけでなく女色にもふけっている始末。見事なまでの破戒僧ぶりである。


「そのような人物を召喚すれば世間の嘲笑を浴びるのは必定。トンチ合戦に勝ったとて何の栄誉にもならぬ」


 義教は口惜しくて仕方なかった。全てが遅かった。二十年の歳月はあまりにも長すぎた。が、ここで側近の一人が口添えをした。


「一休にこだわる必要はありますまい。義満様は安国寺の小坊主にしてやられたのです。つまり仇討ちの相手は一休ではなく安国寺の小坊主です。聞くところによりますれば、現在寺には二九休にくきゅうと呼ばれる一休の弟弟子がおるそうです。この小坊主は一休の再来と言われるほど知恵があり、みやこ中の評判になっているとか。この二九休をトンチ合戦で打ち負かせば義満様の無念を晴らせるものと思われます」

「それは名案。さっそく安国寺に使いを立てい」

「ははっ!」


 こうして義教と二九休の戦いの火蓋は切って落とされたのだった。

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