12星座ヤンデレ 8 しし座~さそり座

@redbluegreen

第1話

タイトル:君の手の温もり

星座:しし座

タイプ:自傷型ヤンデレ




 私は、気付いていた。

 私は、君と一緒にいるのが、




「ねえねえ、次はどこいこっか?」

 どこでもいいよ、と君は言った。

「ええー、そういうのが一番困るって」

 私は呆れ果てた声を出しつつ、腕を組み考える。

 まったく、優柔不断だなあ。

 これだから君は私が付いてないとダメなんだから。

 私はショッピングモールの地図を頭に描きつつ、めぼしい場所をピックアップしていく。うむうむ。

 どこか食べるとことかは?

 そんな君の提案に私はぽんと手を叩きつつ賛成する。

「あっ、いいねそれ。そろそろお昼だし、そうしよっか………じゃ、あそこのジャンクフードのお店で」

 レッツゴー!

 私は、君の荷物を持っていない方の手を引っ張り、指差したお店に向かった。

 昔から、私はこんな風に君の手を取っていろんな所へ連れて行った。

 小学校に行くのもそうだし、おつかいに行くのもそうだし、歯医者さんに行く時だってそうだった。

 少しだけ背の大きかった私が、お姉さんとして君をリードしてきた。

 これまでが、そうだった。

 これからも、そうだと思っていた。

「あっ」

 手をつなぎながら歩いたせいか、急にバランスを失い、私の全身が前へと傾く。

 転んじゃう、と思うのもつかの間、重力に反して後ろへと逆再生のように引っ張り戻された。

 大丈夫?

 腕を引っ張ってくれた君が、心配そうな表情で私の顔を覗きこんでくる。

「うん、大丈夫大丈夫。ありがと」

 君がほっと胸をなでおろすのを横目に、私達は再びお店へと歩き出した。


 私は、気付いていた。

 私は、もう君のお姉ちゃんなんかじゃない事に。




 私と君は、手をつなぎながら下校し、並木道を歩いていた。

「………へぇ、すごいね。県の大会で準優勝だったんだ……練習だと、君より早い人は一杯いたのに」

 まぐれだよまぐれ。

 君は鼻をかきつつ謙遜するが、しかし私は知っている。

 君が人一倍努力家で、毎朝授業の前に、何時間も自主トレしていた事。

「確か、この間のテストもクラスで一番だったよね。生徒会もやってるのに、すごいや……」

 そういうお前は?

 君がなんとなしに聞いてくるので「うっ」と言葉に詰まる私。

 口を結んで質問をスルーしようとしたものの、君のきょとんとした表情に仕方なく私は重い口を開いた。

「………えっと、その……ギリギリ赤点じゃなかった」

 ………どこか調子でも悪かった? と、気まずそうな顔で懸念の言葉を出す君。

「ううん、別にそうでも………」

 私は君から目をそらしつつ、消え入りそうな声でつぶやく。

 昔の私は、何をやっても君より上だった。

 テストではいつも百点だった。

 私の方が足が速かった。

 ゲームで君に本気で負けた事は一度もなかった。

 でも今の私は、君に勝てるものは何もなかった。

 成績は君が段違い上を行っている。

 足の速さは県内随一。

 たまにやるゲームでも、本気でやると君には勝てなかった。

 何もかも私が上だったはずが、今では逆転し何もかも君より下になっている。

『私についてきて!』

 と言って、君の手を引っ張る私はいなくなってしまった。

 そう言って、付いてきてくれる君はいなくなってしまった。

 あの時はとてもとても小さかった君の手は、大きくなって今、私の手のひらを包み込んでいる。

 君の手から何もかもを包み込むような温かさと、力強い鼓動が伝わってくる。

 誰の手も借りずに生きていける力強さが、その手には漲っていた。

 誰の支えも必要なく、反対に誰かの支えになれるまでに成長した君。

 ………じゃあ、こっちだから。

 互いの家の分かれ道にたどり着き、君の手が私の手から離れた。

「あ」

 君のぬくもりが消える。

 君の感触が消え去る。

 君は背を向けて、私の前から去って行った。

 その背中を、私はいつまでもいつまでも、見送っていた。


 私は、気付いていた。

 私は、君にはもう必要ないんだという事に。




 ピンポーン………ガチャッ。

「えへへ、来ちゃった」

 玄関から驚いた表情で顔を出す君に、私は照れたようにそう言った。

 どうしたの、急に?

「あ、いやー、えっと、その………」

 君の質問にしどろもどろになりつつ言葉を探す私。

 思わず君に会いに来たのはいいけれど、用件を用意するのを忘れていた。

 何がいいかな何がいいかな、早くしないと君に不思議に思われちゃう。

「あ、そう、あれだよあれ。宿題終わった? 今日の宿題すっごい難しかったから教えてあげる」

 もう終わってるけど………

 首を四十五度傾げる君。?マークが顔のいたるところに浮かんでいる。

 ああ、やばいやばい。どうしようどうしよう。早く何か早く何か。

「あー、えっと。えっとね。こないだの大会準優勝だったから、お祝いをって思って………」

 手ぶらに見えるんだけど………

 更に?マークが増量していた。

 何でそんなすぐばれる嘘を言ったの私。

 あれもダメこれもダメとなると、うーんと、うーんと………

「そだ。久々に、君の家にあるゲームやりたいなあって………」

 いやあれ、こないだもうこんなの一生やらない、とか言ってたような………

 首が90度、真横にまで傾いた。

 ああ、そうだったそうだった。

 君に負けたのが悔しくてそんな吠え面かいたんだったよー、忘れてた。

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。

 ただ君に会いに来たなんて言ったら嫌われる。

 どうしても会いたかったなんて言ったら嫌われちゃう。

 君のそばにいたかったなんて言ったら嫌われちゃう。

 君を感じたかったなんて言ったら嫌われちゃう。

 引かれちゃう。ウザイって思われちゃう。キモイって思われちゃう。

 いらないって言われちゃう。あっち行けって言われちゃう。

 冷たい目で見られちゃう。明日から無視されちゃう。

 捨てられちゃう。ポイってされちゃう。ゴミ箱に投げられちゃう。

 えーっと、えとえと、えーっと…………

 じーっと考え込む私を見かねたのか、その内に君が助け舟の声を上げる。

 ………まあ、とりあえず入りなよ。

 君のその言葉に私はぱぁっと笑顔になり、

「ありがとう!」

 と、君の手を取った。

 君のとても大きな手。

 その手を、私は両手で包み込んだ。


 私は、気付いていた。

 私という存在は、君がいてこその私なんだという事に。




「ねえねえ待ってよ待ってよ! 行かないで行かないで。一人にしないで………」

 そう言って、帰ろうとする君を私は必死に引き止めた。

 泣き喚き、鼻水を垂らし、さぞひどい顔をしているだろう事を自覚する。

 それ、さっきも言ってたよね………

「そうだけど、そうなんだけど。そうなんだけどぉ………」

 私はそれを肯定しつつも、納得ができずに子供のようにぐずる。

 君の言うように、君が帰ろうとするのを引き止めるのはもう五回目だった。

 久々に家を訪ねて来てくれた君。

 まあ呼び出したのは私の方なのだけど。『今すぐ来て!』とメールを打って来てもらった。

 そのメールに急いで来てくれた君だったけど、私はこれという用件があるわけでも、緊急を要する出来事があったたわけでもなかった。

 いや、ある意味では緊急を要するものなのかもしれない。

 君に会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい。

 君がいなくて寂しい。

 君がいなくて苦しい。

 君がいなくて辛い。

 君がいなくて怖い。

 不安だった。

 恐怖だった。

 孤独だった。

 一人だった。

 世界が自分ひとりだけかのような、そんな感覚。

 君がすぐそばにいないと寂しさと恐怖にさらされ、胸が張り裂けそうになってしまっていた。

「私の事嫌いじゃないでしょ? だからお願いだよぉ………」

 君がいなくなってしまうと、またそんな世界に取り込まれてしまうのかと思うといてもたってもいられない。

 恥も外聞もが殴り捨てて私は君に取りすがる。

「まだここにいてよ。君がいないとどうにかなっちゃいそうなの。だから、だから、だからぁ………」

 語尾は言葉にさえならないさえずりをこぼし、私は君の手首を掴む。

 カタカタと震えた手は同調するように君の体も揺れ動かす。

 ぽたぽたと、大量の涙が零れ落ち、私の部屋のカーペットを濡らしている。それは、水溜りになろうかという勢いだった。

 でも、そんなのは関係なかった。

 君がいてくれるなら、どうでもよかった。

 ………わかった。もうちょっとだけいるよ。

 君は力ない声でつぶやくと、再び腰を下ろす。

「あり、がと。あり、がと………」

 涙声と鼻声の共鳴により、私のそれはまともな言葉にならなかった。


 私は、気付いていた。

 私には、君が必要だという事に。




 私はカッターの刃を自らの首もとの近くへとそえる。

「ねえ、行かないでよ。行ったら首切るから」

 ちょ、ちょっと、落ち着いてって!

 落ち着いていない君が何かを言っている。

 落ち着いて?

 てんで見当違いだ。私はこれでもかというくらいに落ち着いている。

 周囲を見渡す余裕だってあるよ。

 教室にいるクラスメイト達が、円を描くように遠巻きにこちらの様子を伺っていた。その内の一人が誰か呼びに行ったのか、慌てて教室を飛び出している。

 ほらね。私は落ち着いている。

「いや、悪いのは君の方だよ? 私を一人にしないでってちゃんと約束していたのにさ、私から離れようとしてたよね?」

 いや、それはちょっとトイレに………

 君が何か言い訳をした。

「なんで? なんでトイレなんかで私を一人にするの? トイレだって私は付いていけるのに、どうしてどうして?」

 どうしてそれが言い訳なんかになると思ったのだろう。それで約束を破るなんて、君はひどい人だ。

 君は私に約束してくれた。

 私を一人にしないって。

 私とずっと一緒にいてくれるって。

 一人だと生きていられない私。

 君がいないとすぐに死んじゃう私。

 だから優しい優しい君は私と約束してくれた。

 私を生かしてくれるために。私の命を守るために。

 嬉しかった。歓喜した。心打たれた。感動した。

 これで私は生きていられる。これで私は君と一緒にいられる。

 ―――でも、それも嘘だったんだ。

 嘘つき。

 嘘つき嘘つき嘘つき。

 嘘つきは泥棒の始まりで詐欺師でペテン師。

 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。

 君は嘘つきなんだ。

 私なんかいらないんだ。

 私なんか嫌いなんだ。

 私を捨てるんだ。

 ああ、絶望した。絶望した。絶望した。

 ここは井戸の底だ。私は蛙。井の中の蛙。

 いや、見上げても光が見えない底なし沼の底。

 もがいてももがいても泥の中から出る事はかなわない。

 底辺の中の底辺。最下層。

 何もかもがどうでもいい。

 もうどうなったっていい。

 君のいない世界なんか、いてもしょうがないや。

 私は、手に持ったカッターをそっと、首に押し当てようと―――

 ―――パシッ。

 が、その手は、別の手によって掴まれ、停止させられた。

 ………わかったよ。ごめん。ごめん。こっちが悪かったから………

 私の手を掴んだ君が、苦悶と苦渋の表情で言葉をつむぐ。

 私はそんな君に向かって、

「もう、しょうがないなー。そこまで言うなら許してあげる」

 にっこりと微笑んで、優しく労わるようにして言ってあげた。

 ちょっとぐらいの意地悪は、許して上げないと、ね。


 私は、気付いていた。

 私は、君がいないと生きていけない事に。




「ねえねえ、次はどこいこっか?」

 どこでもいいよ………、と君は言った。

 ふーん、どこでもいい、かあ。

 まあ確かに、私もどこでもいいかな。改めて聞かれると、そう言いたくなる気持ちもわかるわかる。

 君と一緒なら、どこだっていい。

 どこに行ったって、君といられる。

 君の隣にいられる。

 君の側にいられる。

 私にはそれで十分で、十二分で、大大大大大満足。

 私は心満ち足りる。

 君の隣にいられて、い続けられて、私の心はこの上なく満足感と安心感で充足していた。

 君の隣にいて心地よかった。安心していられた。安らかだった。

 デートに行っても一緒にいられる。

 学校の登下校も一緒にいられる。

 君の家でも、私の家でも一緒にいられる。

 もちろん、学校でも一緒にいられる。

 そして、トイレだろうがお風呂だろうが寝る時だって、私と君は一緒にいられる。

 ずっとずっと一緒。

 二十四時間三百六十五日。

 これから私達が死ぬその時まで、ずーっとずーーと、一緒一緒。

 死が二人を別つまで。その言葉の、文字通り。

 私と君はもう離れる事はない。

 健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、いつ何時でも片時も離れる事は決してない。

 いつでも君を愛し、君を敬い、君を慰め、君を助け、命ある限り真心を尽くせる。

 いつでもどこでも君は私の隣にいて、私は君の隣にいる。

 もう君を離さない。

 もう君を離せない。

 私と君はこれから永遠に歩みを共にする運命にある。宿命にある。定めにある。

 それが嬉しくて、楽しくて、スキップしたいほど。二人三脚するはめになっちゃうけど。

 ああ、嬉しい嬉しい嬉しいよう。

 君と一緒にいられるのがこんなに嬉しいなんて。

 君とずっと一緒にいられるのがこんなに楽しいだなんて。

 こんなことなら、最初からこうしていればよかったのかな?

 ―――ジャラン。

 手錠の鎖の音が私の鼓膜を刺激する。

 私の左手と、君の右手をつないでいる手錠。

 手錠の鍵は壊した。鍵穴も接着剤でうめた。

 もうこれでこの手錠を外す事はできない。

 この手錠がある限り、私達が離れる事はない。

 私は手錠の付いた左手で、君の手錠の付いた右手を取った。

 ぎゅっと強く掴んで、君の温もりを感じ取る。

 とくとくと、君の鼓動が伝わってくる。

 君の存在をこれでもかというくらいに受け取る。

 これで私と君は一緒。

 ずっと一緒。

 ずーっと、ずーーと。

 ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、

 一緒にいられるね。


 私は、気付いていた。

 私は、君と一緒にいるのが、

 とっても、

 とっても、とっても、

 とっても、とっても、とっても、

 とーーーーーーーーーーっても、幸せなんだという事に。






タイトル:「お前に命令する」

星座:おとめ座

タイプ:依存型ヤンデレ




 命令して下さい。命令して下さい。

 貴方のいう事なら何でもしますぅ。

 あ、お料理ですね。はいはいわかりました。お任せあれ。

 ジャー、ジャバジャバジャバジャバ。

 トントントントントントントントン。

 カチッ、ジュージュー、パラッ。

 ……………。

 はい、できましたっ!

 フランス料理のフルコースです。

 前菜、スープ、メインディッシュ、デザートまでどうぞお召し上がりください。

 ………え、これじゃない? もっと別のを?

 はい、わかりました。今すぐ作り直します。

 フツフツフツフツ。

 フーッ、フーッ。

 ジュワー。

 ……………。

 ふう、完成です。

 満漢全席、中華料理のオンパレードです。

 揚げ物炒め物蒸し料理のレパートリーをご用意しました。

 熱いので気をつけてお食べください。

 ……………ん、これでもない? 食べたいのと違う?

 ごめんなさい。ただいま別の料理をお持ちします。

 グツグツグツグツ。

 パンッ! パンッ! パンッ!

 ギュー、ギュー、ギュー。

 ……………。

 よーし、できた。

 素朴な和食の家庭料理です。

 肉じゃが、コロッケ、カレー、煮物などなど、家庭料理の定番メニューです。

 全体的に薄味で素材の素朴な味を出しています。

 …………………美味しいですか。よかったー。

 お口に合うかどうか心配だったんです。ほっ。

 美味しいと言ってもらえて何よりの幸せ。

 これからも私に何でも言ってください。

 私は貴方の為に働きます。

 私は貴方の為に働きたいんです。

 私を貴方の為に働かせてください。

 貴方のご用命とあらばいつでもどこでもなんどきでも駆けつけます。

 どうぞ遠慮せず私を使ってください。こき使ってください。

 それが私の何よりの幸せです。




 命令して下さい。命令して下さい。

 貴方のいう事なら何でもしますぅ。

 ………お掃除ですか。はい、仰せのままに。

 パッパッパッパッパッパッパッパッ。

 サッサッサッサッサッサッサッサッ。

 ザバー、チャプチャプ、ギュー……。

 ふきふきふきふきふきふきふきふき。

 キュッキュッキュッキュッキュッ。

 ……………。

 お部屋全体キレイになりました。

 壁のシミは落として、フローリングにはワックスをかけ、蛇口の水アカを落としました。

 ………あ、窓の桟のところにまだホコリが。

 今すぐキレイにします。

 ジャー、シュッシュッシュ。

 サッサッサ、サッサッサ。

 ……………。

 これでキレイになりました。

 ……………え、排水溝の中?

 失礼しました。キレイにしますね。

 ジャバー、ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ。

 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ。

 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ。

 ジャー、ゴロゴロゴロゴロ………。

 お風呂のもですよね?

 チャプチャプ、ゴーゴーゴー。

 コスコスコスコスコスコスコスコス。

 カシャカシャカシャカシャカシャ。

 ザパーン……………ポタッ。

 はい、キレイになりました。

 汚れ一つ、サビ一つない新品同様のピッカピッカになりました。

 キラリと光る勢いです。

 …………………ん、外のお庭もですか。

 はい、お任せくださいませ。

 シャッシャッシャッシャッシャッシャッ。

 ブチブチブチブチブチブチブチ。

 バサバサバサバサバサバサバサ。

 ピシャッ、ピシャッ、ピシャッ。

 ……………。

 ふう、終わりました。

 ゴミ一つないチリ一つない小石一つない糸くず一つ落ちてないです。

 雑草もすべて抜いて芝生は切りそろえておきました。

 どうでしょうか。貴方のご期待に沿える働きはできたでしょうか?

 ……………ありがとうございます。

 貴方にそう言ってもらえるのが極上の幸せです。

 私は貴方に身も心も捧げます。

 私の手も足も全て貴方の為にあるものです。

 どれだけこき使ってくれようともかまいません。

 どれだけあごで使ってくれようともかまいません。

 貴方の命令が私の生きがいそのものなのです。

 その為に私という存在はあるのです。

 貴方の為にある私。

 貴方がいなければ、私の存在に意味なんてないのです。




 命令して下さい。命令して下さい。

 貴方のいう事なら何でもしますぅ。

 あ、お出かけですか? お供します。

 カチャッ、バタン。

 スタスタスタスタスタ。

 お買い物でしたらお金はすべて私がお支払いします。

 もちろん買ったものはすべて私がお持ちしますね。

 ………え、買い物じゃない?

 とすると、どちらへ………?

 いえいえ、もちろんどこであろうと貴方にお供します。

 たとえ砂漠の真ん中だろうと山の頂上だろうと海の底だろうと貴方についていきます。

 いつでもどこでも貴方の命令をお聞きします。

 ……………と、町中ですね。

 日も落ちたとはいえ、さすがにこの時間だとまだ人でにぎわっていますね。

 はぐれないよう気をつけます。

 とはいえ、貴方がそれを持ってる限りその心配はないですけれど。

 私が貴方から離れる事なんてありえませんから。

 …………………ん、どうしたんですか。道の真ん中で立ち止まって。

 ここでコートを脱げ?

 えっと、私のコートの事でしょうか?

 ………いえいえ、嫌なんて事はあり得ません。

 貴方の命令が私の生きがいです。

 貴方の命令は私にとって絶対です。

 貴方の命令以上に優先される事なんて他にありません。

 貴方の命令とあらばすぐに。

 プチ、プチ、プチ、パサッ。

 これでよろしいですか?

 ………へくちっ。

 っと、失礼しました。さすがにこの季節ですと、夜は気温が下がりますね。

 下着姿だと、夜風が直接肌に当たって少し肌寒いです。

 ん? そんな姿をさらして恥ずかしくないのか、ですか?

 もちろんそんなことはありません。だって、

 私はもう貴方の物ですから。

 貴方以外の誰に何を見られようと関係ありません。

 所有者である貴方がそうしろと命じればその通りにするだけです。

 今私の首につけているリード付きの首輪だって、その証でしょう?

 私が貴方の所有物ということを示す証拠。

 その紐を引っ張って、私をどことなりとも連れて行ってください。

 私は貴方の物である以上、どこへともお供します。付いていきます。追いかけていきます。

 いつでもどこでもどんな時でも私は貴方の忠実な下僕です。

 何なりと、貴方の気の済むまで私をお使いください。




 命令して下さい。命令して下さい。

 貴方のいう事なら何でもしますぅ。

 服を脱げ?

 はい、わかりました。

 スッ、ストン。

 パサッ、ヒラリ。

 脱ぎました。

 ………それで、四つん這いになって?

 で、犬の真似をしろ?

 ワン、ワンワン! (はい、わかりました!)

 ワンワン、ワンワンワン。(どうですか、犬になれているでしょうか)

 クゥーン。(なでなでー、えへへ)

 ワン! (お散歩ですか、もちろん行きます!)

 カチャカチャ、ガチャッ、バタン。

 ペタペタペタペタ。

 ペタペタペタペタ。

 ペタペタペタペタ。

 ………。(コンクリートが冷たい。石の上歩くと少し痛いな)

 ギュッ、ギュッ。

 ワン。(あ、行きます行きます。引っ張らなくとも付いてきますとも)

 ワン? (あれ、どうしたんですか? 走る構えをして)

 タッタッタッタッ!

 ワンワン! (あ、走り出した。待って待って!)

 タッタッタッタッ!

 タッタッタッタッタッタッタッタッ!

 タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!

 ………ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。(と、止まった………四つ足で走るのって結構難しいな)

 クゥーン………(でも、きちんと貴方についていきましたよ)          

 ワシャワシャワシャワシャ。(なでなでー、ふふふ)

 クゥーン。(ありがとうございます。私には勿体ないです)

 ワン。(おすわり? はい)

 ワンワン。(お手)

 ワン。(おかわり)

 クシャ、クシャクシャ。(またなでなでー、にゃー)

 ………ワン? (本当にどうしようもない奴だな、ですか?)

 ワン。(はい、そうです)

 ワンワン! (私は貴方が穴を掘れといれば穴を掘ります)

 ワンワン! (私は貴方が骨を拾って来いと言えば拾いに行きます)

 ワンワン! (私は貴方が靴をなめろといえばペロペロとなめます)

 ワン。 (だって、)

 ワン! (私は貴方の犬ですから)

 ……………。

 ………ワンワン。(うーん、私の台詞を理解していない様子だな)

 ワーン、ワン。(もっともっと、意思の疎通ができるくらい、ご主人様を敬愛する愛犬にならないとだめなのかな)

 ……………ワン。(犬になるのって難しい事が多いな)

 ワン。(頑張らなくちゃ)




 命令して下さい。命令して下さい。

 貴方のいう事なら何でもしますぅ。

 今日は何をすればいいですか。

 何をしましょうか。

 何でも命令してください。

 命令要請指令をください。

 ………お金が必要?

 ふむふむ。

 会社が倒産して、交通事故にあって怪我をして、親が詐欺にあって、他にもなんだかんだでお金が必要なんですか。

 それは大変大変。

 では、ちょっと待っていてくださいね。すぐにご用意します。

 ……………。

 じゃあ色々と準備して。

 ちょっと行ってきます。

 スタスタスタスタ。

 スタスタスタスタ。

 スタスタスタスタ。

 ウィーン。

 銀行にたどり着きました。

 それではカウンターへ行きまして。

 そこで銃を出します。

 パンパンパンパン!

 さあ早く、あの人のためのお金を出してください。

 パンパンパンパン!

 パンパンパンパン!

 早く早く。あの人が待っているんです。

 お願いしますから、急いで。

 パンパンパンパン!

 パンパンパンパン!

 パンパンパンパン!

 ドン。

 あ、用意できたんですね。ありがとうございます。

 ひい、ふう、みい……………

 うーん、これだけあれば足りるかな。

 でも、万が一足りなかったりしたら………

 すみません、もうちょっとお願いします。

 パンパンパンパン!

 ええ、ですからもうちょっとだけ。

 パンパンパンパン!

 パンパンパンパン!

 パンパンパンパン!

 ………はい。ありがとうございます。

 じゃ、後はっと………警備室お邪魔しますね。

 防犯カメラのデータは………。

 カタカタカタカタカタカタカタカタ。

 あ、これですね。消しておきましょう。

 ……………これで大丈夫でしょう。

 それでは今度こそ、失礼しました。

 スタスタスタスタ。

 スタスタスタスタ。

 スタスタスタスタ。

 ガチャッ。

 ………ただいま戻りました。

 言われたとおり、お金を用意してきました。

 これで足りますでしょうか?

 ………ああ、多すぎるほどでしたか。それはすみませんでした。

 残りのお金は、返してきた方がいいでしょうか?

 あ、それはしなくていい?

 そうですか。わかりました。

 でも、また必要になったらすぐに言ってください。

 貴方は私の運命の王子様ですから。

 王子様の望みを叶えるのが私の役目です。

 貴方が望むなら、私はどんな事をしてでもそれを叶えます。

 貴方は私にただ命令してくれればそれで良いのです。

 貴方が命令して、私がそれを叶える。

 さあ、次は何をすればよろしいですか?

 どんな命令でも、私はそれを遂行して見せます。




 命令して下さい。命令して下さい。

 貴方のいう事なら何でもしますぅ。

 ………ん、何ですか? 手紙ですか?

 あ、はい。この手紙に書いてあるとおりの事をすればいいんですね。

 わかりました。

 えーっと、内容は………

 ふむふむ。まず手紙の内容を暗記したら、これを燃やすように書いてありますね。

 じゃあ燃やします。

 メラメラメラメラ。

 では、さっそく書かれていた事をしてきます。

 バタン。

 ………えっと、手紙に書かれてあったのは、そこに書いてある住所の場所に行くんだよね。

 スタスタスタスタ。

 スタスタスタスタ。

 スタスタスタスタ。

 で、その場所に着いた後、そこに住んでいる人数を確かめてっと。

 ひい、ふう、みい………

 その数が手紙に書いてあるのと合ってたら………あれ、どうするんでしたっけ?

 うーん、うーん………

 あ、そうそうそうそう。思い出しました。

 人数がちゃんと合ってたら、そこにいる人達を殺してくるんでした。

 あらかじめ用意しておいた刃物を手にさて、行きましょうか。

 ピンポーン、ガチャ。

 ザクザクザクザク。

 ザクザクザクザク。

 ザクザクザクザク。

 ザクザクザクザク。

 ザクザクザクザク。

 ………ふぅ。終わりましたね。

 それでその後は、火をつけてこの家を燃やす、と。

 ポッ、ボヤー。

 ボウボウボウボウ。

 ゴウゴウゴウゴウゴウゴウ。

 燃えてます燃えてます。

 火が全体に広がったし、これで大丈夫でしょう。

 それで、これが終わったあとは………

 うーんと、えーと、確か………

 ああ、あれですあれです、ちゃんと覚えてますよ。

 その後は、私が自殺して、自ら命を落とすんでしたね。

 ええ、ええ。そうでした。そうでした。

 私がなすべき事はそれが最後でしたが、手紙の内容はまだ続いていました。

 もちろん覚えていますとも。

 それはこんな内容です。

 ―――もしこれをやり遂げてくれたら、君が死ぬその時まで君を愛し続ける。

 んふ。んふふふふふふふふ。

 私にとっては身に余るほどの光栄です。

 物でしかない私にはもったいないほどの言葉です。

 ですが、わざわざそんな言葉をかかれなくても。

 私は貴方を愛しています。

 私は死ぬまで貴方を愛しています。

 私は死んでも貴方を愛しています。

 来世でも、来々世でも、来々々世でも、来々々々世でも、来々々々々世でも、私は貴方を愛し続けます。

 私の愛は未来永劫けっして揺るぐ事はありません。

 たとえもし万が一貴方が私を愛していなくても、それは変わりません。

 私は貴方を愛し、だから、貴方の物であり続けます。

 それでは、物として、成すべき事をしなければいけませんね。

 ああ、これが終わったら、次はどんな命令を貴方はしてくれるのでしょう。

 どんな望みを言ってくれるのでしょう。

 どんな願いをするのでしょう。

 今からワクワクします。楽しみです。期待で一杯です。

 では、手に持っていた刃物を使いまして。

 きちんと狙いを外さないようにして。

 ―――グサッ。バタッ。






タイトル:厚顔無恥

星座:てんびん座

タイプ:排除型ヤンデレ




 彼女は思っていた。

『ああ、なんというゴミの多さでしょう。

 貴方にたかるように這いよって来るゴミの数々。

 そのゴミ達は貴方という存在を汚してしまいます。

 何人たりとも貴方に近寄らせませんわ』




「ねえ聞いてよ。うちの学校の生徒会長。ほんとひどくてさ。休み時間にちょっとケータイいじってただけなのに、『校則違反です!』っていって取り上げられちゃったんだよね。ほんとにちょっと、妹からのメール見てただけなのに、ひどくない?」

 つらつらと愚痴をこぼしつつ、目の前にいる彼女に同意を求めた。

「そうですわね」

 コクリ、とベンチの隣に座る彼女は首を縦に振り同意する。

「うんうん、そうなんだ。こっちが返して、って頼んでも、『校則違反ですから』の一点張りで返してくれなくてさ。でね、しかもそれを先生のほうに報告したみたいで、生徒指導室まで取りに行くことになって、生徒指導の先生にお説教もくらっちゃったんだよ。いやー、参った参った」

「それは災難でしたわね」

 彼女は心底こちらを憂う表情で言った。実際は言っているほどひどくなかったのだが、別段嘘を吐いているわけでもない。

「しかもさ、その説教を食らってる時、どういうわけか生徒会長も同席しててさ、一緒になって説教されたわけじゃないけど、プレッシャーが半端なかったよ。確か、理事長の娘とかなんだったっけ? けどいくら理事長の娘でも、同じ一生徒にすぎないのに、何様だよって思っちゃった。途中で『もうそろそろいいんじゃないですか?』って言ってくれたりしたけど、いやいや、今お説教くらってるのはあなたのせいじゃん、思わずつっこみたくなったね」

 と、話しすぎでのどの渇きを覚える。

 何か飲み物でも買ってこようかな、と思った矢先、彼女からすっと水筒に入ったお茶を渡される。

 ありがと、と言って受け取り、一口飲む。種類はよくわからないが、香りのいい紅茶だった。

「まあその一言もあって解放されたんだけど、その時はもう夕方になっちゃってたよ。なぜか生徒会長に『一緒に帰りませんか? 車を呼びますが』って誘われたけど、当然断ったよ。いや、あんた一体何様だよって」

 その時の生徒会長の表情は、夕方のせいか妙に赤かったような気がする。風邪でも引いていたのだろうか?

 風邪といえば、

「………あ、そういえば、保険医の先生って、最近急に学校辞めたよね。自主退職だったとからしいけど、何かあったのかな」

 風邪とか怪我をした時にお世話になっていた若いきれいな先生。男子生徒にとっては目の保養になっていたので、名残惜しさがまだ残っている。

「さあ、どうでしょうかね」

 口元を笑みの形にしつつ、首をかしげる彼女。

 まあ、彼女が何か知っているはずもないか。

「ま、それはそれとして話を戻すけど、生徒会長ってほんと感じ悪くてさ。うちの学校って、定期考査の時の順位は廊下に張り出されたりされなくて本人しかわからないんだけど、生徒会長、わざわざそれを口にして自慢してくるんだよ。まったくやんなっちゃう」

 その時の胸を張った誇らしげの表情が頭に浮かぶ。どちらかというと表情よりも胸に視線がいってしまっていたのは秘密だ。

「しかも頭いいのを鼻にかけて上から目線で『勉強教えてあげましょうか?』とか言ってくるし。いやそりゃ、トップの人と比べたらこっちの成績なんて中の下もいいところだけど、それだって別に赤点ギリギリとかでも何でもないのにどうしてわざわざ勉強教えてもらわなくちゃいけないっていうんだよ。ほんと、やだやだ」

 と、口では愚痴がこぼれるものの、あの美人な人に勉強を教えてもらう………案外それも悪くないかもしれない。断っちゃったけど。

 若干の後悔に打ちひしがれていると、ここまで聞く立場だった彼女の口が開く。

「つまりそれは………貴方にとって、目障りな人間という事ですか?」

「え? うーん………まあ、そういう事になるのかな?」

 深く意味を考えず、とりあえず同意した。

「そうですか」

 彼女はこちらの同意をかみ締めるかのように一度、深く頷く。

 一体なんなのだろう。と思ったが、あえて聞くほどものではないと思い、スルーした。

 閑話休題。

「それに比べて、君は全然そんな所ないよね。家は確か、どこぞの大企業の経営者とかなんだっけ? でもそれを自慢する事も鼻にかける事もない。テストでもいつも順位が一桁とかなのに、自分から言う事は絶対ないよね」

 どうして? と目で問うた。

 彼女は、ふむ、と一拍置いてからそれに答える。

「脳ある鷹は爪を隠すという事ですわ。どれだけ優れていようとも、無駄にひけらかすようなはしたない真似はいたしません。それは美しい振る舞いとは言えませんでしょう?」

 滑らかな口調で饒舌に語る彼女。

 それに、と彼女は言葉を続ける。

「むざむざ敵にこちらの手の内をさらす必要はありませんもの。本当にそれが必要になる時まで手札は伏せておくに限ります。それが勝敗を左右するかもしれませんもの」

「敵?」

「いえ、何でもありませんわ」

 こちらの質問を、さらりと事もなさげに受け流し、紅茶を口に含む彼女。

 まあ勝敗がどうのこうのという事なので、テストか何かの話だろうと解釈した。

 彼女にならって同じように紅茶でのどを潤してから、口を開いた。

「………なんにしても、君のそういうところは、自慢したり人を見下さない所は、結構好きだよ」

 こちらのその言葉に彼女は、ふんわりと表情を緩めた後、

「光栄の至りですわ」

 と、優雅に微笑んだ。




「その日は前の日、妹と遊園地に行って一日中遊びまわってたから、かなり疲れてたんだよ。夜遅くに帰ってきて、ベッドに入った時にはもうぐっすり。で、そりゃ深く寝てたから、朝目覚ましが鳴っても全然起きれなかったんだけど、でもだからって、ベッドから落とされるのはいくらなんでもひどいよね。幼馴染だからって勝手に部屋に入ってくるのも、どうかと思うし」

 それについてはもう何回言っても聞き入れないので、もうなかば諦めているのだが。

「それはひどい。お怪我はなかったんですか?」

 彼女が心配の声を上げる。

「あ、うん。もう慣れてるから」

 とりなすように返して、弁当のおかずにぱくつく。きちんと咀嚼し、飲み込んでから話を続ける。

「で、その幼馴染なんだけど、毎日のようにやって来ては起こしに来るんだよね。遅刻ギリギリとかならまだしも、だいぶ余裕があるのに起こされるし。もうちょっとだけ寝かせて欲しいってんだよ。しかも起こしに来る理由が『あんたがきちんと起きられるように』なんだってさ。もうそんな子供じゃないっつーの」

 起きられないこっちが言うのもなんだが、だからって別にわざわざ起こしに来る理由もないだろうに。いくら家が隣同士だといっても、赤の他人なのだから。

 ま、まあ、それで遅刻を免れている事については、少しだけ、ほんの少しだけ感謝してなくもないのだけれど。

「そうやって起こされた後、一緒に登校しなくちゃならないんだよね。『行く所は同じなんだから、ついでよついで』って、つんけんしながらしぶしぶって感じで言うんだよ。そこまで嫌なら時間ずらそうか、ってこっちは提案するんだけど。『それはダメ!』って顔真っ赤にして否定するんだ。ほんと、わけわかんない」

 両の掌を上に上げて、お手上げのポーズをとる。

 幼馴染の行動論理はまったくもってして意味不明。昔から彼女はそうだった。

 幼い頃一緒に歩いている時、彼女の方から手をつなぎたいと提案されて手をつないだのに、誰か人が歩いてくるとパッと手を離したり。

 雨の日こっちが傘を忘れると、家が隣同士のよしみか彼女の傘に入れてもらったのだが、しばらく歩いていると『やっぱ無理!』とか言って急に走って置いてかれてしまったり。

 何がしたいのか、まったくもってわからなかった。

「仕方ないから一緒に登校するんだけど、その最中ずっと話しかけられ続けるんだよ。テレビの話とか、友達の話とか。飽きてケータイとかいじると『無視するな!』って言って怒られるし、かといって適当に相槌打っても、『適当に返事するな!』って言って怒られるし。ほんと、やんなっちゃうことこの上ないない」

「それは本当に、押し付けがましい人ですね」

 そうそう、と首を縦に振って肯定した。

「その上結構強引な所もあるんだよね。幼馴染、野球部のマネージャーやってるんだけど、こっちは野球部とは何の関係もないっていうのに、休日に備品とかの買い物に付き合わされるし、大会だと応援に行こうって言って無理矢理連れ出されるし。まあ友達がチームのエースとかやってるから、応援はやぶさかじゃないんだけど」

 しかしメガホンをもって大声で応援しろというのは勘弁願いたかった。

 以前に応援した際の恥ずかしさが蘇ってくる。

「いやあ、その友達。野球部のエースだし、顔も結構いけてるからすっごいモテるんだよね。ほんと、リア充は爆発しろって感じ」

 ああ、もしかしたら、幼馴染はそれが目的でマネージャーやってるのかも。いつしか、大会での優勝祝いを一緒に選んでくれといって買い物に付き合わされた時があった。だがその時は結局それについては何も買わず、お祝いも渡さなかったらしいけど。

「それで話を戻すけど、強引な所に加えておせっかいな部分があるんだよこれが」

 ほら、と今食べている弁当を彼女に示す。

「これ、毎日毎日幼馴染が作って渡してくるんだよね。『自分の分のとついでだから』とか言ってさ。いらないって付き返しても、『食べなさいよ!』って言って逆ギレされれるし。たまには学食のパンとか食べたい時でも、『もったいないでしょ』って押し付けられるんだ」

「困った方ですわね」

 こちらの気苦労を理解するかのように、彼女は肩をすくめる。

「その他にもさ、居眠りしてきた時ノート押し付けてきたり、休日になると部屋の掃除しに来たりもするんだよ。いやいや、こっちはそんなこと頼んでないから。成績なんて、赤点と留年さえしなければこっちはそれでいいのに」

 と、勉強のワードに関連して、ふとある事を思い出した。

「………そういえば生徒会長って、この間急に退学になったよね。突然どうしたんだろ?」

「さあ………ある教師と恋愛関係に発展して、と風の噂では聞きましたけれど」

「へえ、そうなんだ………あ、確か生徒指導の先生も同じ頃に見なくなったよね。だとすると………」

「さて、どうでしょうね」

 彼女はゴシップを楽しむように、口角を上げて微笑んだ。

 その笑顔に見とれつつ、これまであまり進んでいなかった箸をすすめる。このペースだと、お昼休みがあっという間になくなってしまいそうだった。

 ………口に出して認めるのはしゃくではあるが、幼馴染の料理の腕だけは、確かだった。毎朝毎朝よくもまあこんな手間暇かけた弁当を作るものだ。そんなに料理が好きなのだろうか?

「まったく、こんなもの、毎日作ってくれなくてもいいのに」

 正直に感謝を述べるのもあれなので、そんな憎まれ口がこぼれ落ちた。

 その時、今までゆっくりと箸をすすめていた彼女がまっすぐこちらを見据えながら、口を開く。

「じゃあ、そんな事をするその方は、貴方にとっては不必要な方、という事ですか?」

「うん? うーん。そう、かな………?」

 ここで否定したら自分が感謝している事になってしまうと思い、ほぼ肯定の台詞を返す。

「なるほど………」

 彼女は我が意を得たり、と満足げな表情で納得する。

 何を納得したのだろうか。

 疑問を浮かべながら自分の弁当を食べつつ、同じく食事を再開させた彼女の弁当を見やる。

 彼女の弁当も彼女の弁当で、色とりどりバリエーションが豊富で、とても美味しそうだった。

「そのお弁当って、君が作ったの?」

「ええ、そうですわ」

 よろしければ、と彼女がその弁当をこちらに差し出す。折角なのでおかずを一つ貰った。

「うわ、おいしい」

 一口食べた途端、無意識の内にそう反応していた。

 口の中がとろけるようなうまみが広がって、さくさくした触感としっとりとした感触のハーモニー。肉汁のような濃厚さと魚介類のようなさっぱりさを同時に下の上で感じる。

 先ほどまで幼馴染の株が高騰していたが、ここに来て彼女の株がそれに並んだ。

「よく料理とかやってるの?」

「ええ、家のコックに習っていますわ。料理の他にも、将来のために家事全般も一通り勉強中です」

「へえ、すごいなあ。その中だと、料理が一番得意なの?」

 いえ、と彼女は首を振って否定する。

「一番得意なのは、掃除ですわ」

「ふうん、そうなんだ」

「はい。汚い物を掃除し、キレイにする。汚物を洗い流し、消毒する。害虫を叩き潰して退治する。邪魔なものを排除し、片付ける。視界に不快なものが入ってくるのはこれ以上なく不愉快な事ですから」

 彼女は目を細め、あたかも今まさに処理すべしそれが目の前にあるかのように剣呑な雰囲気で発する。

 ………近くにゴミでも落ちてたのかな。

 キョロキョロと辺りを見回すが、これといってそんなものは視界の中には見当たらなかった。

「でも、今からそんな事を勉強してるのって、すごいことだね。君はきっと、将来いいお嫁さんになるんじゃないかな」

 素直に感心して、褒める言葉が自然に出た。 

 彼女はこちらの言葉に感銘を受けたかのように一瞬表情を固まらせてから、

「お褒めの言葉と受け取っておきますわ」

 と、作り物のように美しいその顔を、女神かと見まがうようにほころばせた。




「いやー、家の妹には困ったもんでさ、すぐに『遊んで遊んで!』って言って甘えてくるんだよね。こっちが寝てようが勉強してようがお構いなしで、抱きつきながらそうせがんでくるんだ。しかも手が離せないって言って無視すると、わんわん泣き出して、しまいには母親に言いつけるんだよ。そうなると母親にも怒られるわで、本当に参った参った」

「フフフ、本当に手のかかる子ですわね」

 でしょう? と同調の意を示しつつ、ついさっきの光景を思い出す。

 今現在隣に座っている彼女を自宅に招いたはいいものの、妹はまったく空気を読む事なくこの部屋に突撃してきて『遊んで遊んで』と抱きついてきた。

 なんとか言い聞かせて追い出したはいいものの、しばらくしたら飽きてまた突撃してくるに違いない。そう思うと、いくら可愛い妹といっても溜息がこぼれるというものだ。やれやれ。

「夜寝る時なんかもさ、『一人で寝るのが怖い』って言ってしょっちゅう布団にもぐりこんでくるんだよね。それで夜中トイレに起きた時とか『一人で行くのが怖い』て言って起こされて付いていくはめになるし、もういい年なんだからいい加減ちょっとは自立して欲しいと思ってるんだ。兄の立場としては」

 まくし立てるように言いつつ、肩をすくめる。

 けれど、涙目になって上目遣いで懇願されてしまうと、同じ兄だとしても、許さざるをえない。身内ゆえの泣き所だ。

「今でこそ少なくなったけど、一昔前までは一緒に風呂に入ってやってさ、体洗ってあげるのもこっちの役目だったんだよね。しかも大人しく洗われてくれればいいのに、じっとしてられなくで暴れるもんだから苦労したよ。湯船に浸かってる時もはしゃいではしゃいで、出る頃にはお風呂のお湯がいつも半分くらいにまで減ってたし」

「大変そうですわね」

 まったくその通りだった。

 だが、最近ではその数は極端に減ってしまっていた。それはそれで自立してくれたと捉える事もできるのかもしれないが、それが少しだけ、ほんの少しだけ寂しく思ってしまうのはわがままなのだろうか。

 遠い昔の光景を懐かしく思うと、その時一緒に入っていたもう一人の人間の事を思い出す。

 妹と、そして幼馴染の三人で入っていた当時を。

「…………………………」

 思わず窓の外を見やる。その景色には、その幼馴染が住んでいる自宅が映る。

 いや、正確には幼馴染が住んでいた、だった。

「………一体どこに行っちゃったのかな……………」

 その視線につられてか、隣に座る彼女も同じように窓の外を見ながらそっとつぶやく。

「確か、数日前から行方不明という事でしたわよね。野球部の方と一緒にいなくなったんだとか」

 彼女は同時に友人の事も話題に上げた。確かにあいつもそうだった。

 それは確かにそうなのだけれど、だがしかし、

「でも、ただ同じタイミングっていうだけで、それで一緒だとは限らないけど」

「ええ、その通りですね」

 彼女は肯定の言葉を口にしつつも、それが違うと知っている風な、含みのある笑みを口元に浮かべていた。

 いや、さすがにそれは気のせいか。彼女が二人の行方について知っているなんて、そんな事あるわけがない。

 ふるふると頭を振ってその考えを追い出した。あの二人もきっとそのうちひょっこり帰ってくるに違いない。あまりマイナスな事を考えていても損なだけだ。

 頭を切り替える。ええと、何の話をしていたんだったか。

 そう、妹の話だった。

「そういえば、そろそろ妹の誕生日なんだよね。妹、その日は欲しい物がもらえる日だってわかってるから、『プレゼントちょうだいね』って一月前くらいから言ってくるんだけど、何をあげようか迷ってるんだよね。君はどんなものがいいと思う?」

 こういうのは同姓の方が適任かとそう話を振ったのだが、しかし当ては外れ彼女は困った表情で首を振った。

「いえいえ、私は妹さんではありませんから。私が欲しいと思っているものとはまた、別物のでしょうし」

「まあ、そうだよね………ん。君も何か欲しい物があるんだ?」

 はい、と彼女は大仰に頷き肯定した。

「私が何が何でも、どんな手段を講じても、何を犠牲にしても、手に入れたい物ですわ」

「へえ………」

「ただ、それは普通の方法では手に入らないのが困り物でしてね。そのためにはまず、それの周りにあるありとあらゆるものを、削って削って削って削って、削いで削いで削いで削いで、消して消して消して消して、排除して排除して排除して排除しなければなりませんの」

「ふーん?」

 何かの比喩だろうか? 頭が悪いのでよくわからない。

「それの周りからありとあらゆるものがなくなってから、初めてそれが手に入るんですの。そうしないと、本当の意味でそれを手に入れた事にはなりませんので」

 饒舌に、口滑らかに彼女は言い切った。

「………なんかよくわからないけど、頑張って」

「ええ、頑張りますわ」

 彼女はこちらの応援の台詞に嬉しそうに微笑み、頷いた。いつしか、それを必ず手に入れると、確信しきっているかのように。

 彼女の表情は笑顔なのだが、なぜかその表情に、ゾクリと悪寒が走った。

「………でも本当、どうしようかな。プレゼント。あんまり高価なものにはしたくないけど、かといって、適当なものを渡すと泣き出すんだよね。一昨年だったかな、買いに行くの忘れて絵を描いてごまかそうとしたんだけど、『こんなの欲しくない』って一晩中わめかれた事があってさ。その時は結局、別のプレゼント買い直して、機嫌は直ったんだけど、もうあんな思いはこりごり………」

 ほんとわがままで、困り者の妹だよ。と、吐き捨てる。

 まあ、そういうところがまた可愛いんだけど、という気恥ずかしい思いは、口には出さなかった。

 困り果てた兄、という演技が完璧だったのか、隣の彼女が心配の眼差しを向けてくる。

「そこまで手を焼く妹さんなのですか?」

「うん、そうそう」

 と答えると、彼女の表情が険しいものに変化する。

「なるほど、そこまで貴方を困らせている存在なのですか。やはり、邪魔、ということなんですのね」

「うん。だね」

 後半がよく聞き取れなかったが、今更ここで妹想いのシスコンなのをカミングアウトする事もできず、コクリ、と頷いた。

 その様子を見た彼女は、フフフ、と笑みをこぼし、ひどくご満悦の様子だった。一体どこに笑う要素があったのだろう。

 少し気になったものの、まあいいやとスルーする。

「そんな妹と、毎日毎日暮らしているのは疲れるよ………それに比べると君は、そういうおてんばな感じってゼロだよね」

 隣に座った彼女に視線を移す。彼女はピンと背筋を伸ばし、お行儀よく、姿勢よく座っている。幼い頃から礼儀を叩き込まれているのが一目見ただけでわかり、育ちのよさがこれでもかというくらい伺える。

「おしとやかで、穏やかで、優雅で、上品で、清楚で、清廉で、淑女で、聖女で、物静かで、品行方正で、由緒正しくて、箸より重いものも持ったことなさそうで、裏表がなさそうで………」

 すらすらと彼女を正しく評しているであろう単語が出てきた。

 美辞麗句を並べているつもりなのだが、彼女は言われなれているのか、眉一つ動かさず、こちらの言葉を聞き言っている。

 そういうところで変に照れないのもまた、美点の一つだ。

 彼女の様子にまた一つ感心しつつ、心底からの思いが吐き出された。

「そういう君みたいな人と一緒に暮らすのって、幸せそうで、憧れるなあ」

 と、彼女は博愛精神に溢れる笑顔を浮かべ、言葉をつむぐ。

「私も同じ思いですわ」

 気が合いますわね、と彼女は口角を上げる。

 ニコニコ。

「……………」

 その彼女の笑顔に不覚にも、見とれてしまう。

 吸い込まれそうな瞳。完璧な配置の顔のパーツ。艶やかな光沢ある長髪。

 今更ながら、彼女の美しく整ったその顔を認識した。

 この世で最も美しい人。

 先の台詞は半分冗談で発したものだったのだが、しかし今では本当にそうなったらいいなと、改めて思い直した。

 彼女との二人での生活。

 それを頭の中で考えるとワクワクしてきた。

 実現したらいいな、と願望めいた感情も沸いてくる。

 ま、想像は想像である。

 まったくもって、それが実現するなんて事は、ありえないんだけどね。




 彼女は言った。

『………こうして、貴方の周りにはもう誰もいません。

 私たちを邪魔する物は全部なくなりましたわ。

 これから、二人だけの世界を生きていきましょう』






タイトル:知的好奇心の発露

星座:さそり座

タイプ:ストーカー型ヤンデレ




「え、私の占いが本物かって?

 ……うーん、どうかな。

 私はただ、見たままのものを言っているだけだからね。

 それが本当か、どうか。

 判断するのは、私ではないと思うよ……

 ……そう、私ではね。

 ……………。

 なら、君の事占ってあげるよ。私にはすべて見えているからね……

(………。

 ……………。

 …………………。

 ……うーんと、見えてきた見えてきた。

 水晶に君の姿が映し出されてきたよ。

 ……君が誰か、女の人と歩いている。

 場所は、遊園地、かな?

 手をつないで、仲良さそうに歩いてる歩いてる。

 彼女さんとかかな。

 と、二人がジェットコースターに乗るみたい。

 君はちょっと乗りたくなさそうにしてるけど、彼女さんに強引に連れられて乗った。

 で、発車して動き出すと………おお。

 君がものすごい顔で歪んでる歪んでるよー。

 今目の前の勇ましい表情とはえらい違いだ。

 うわーうわーうわー。

 へぇー、君、こんな顔もするんだ。ギャップあるある。

 乗り終わった後ぐったりして、彼女さんに支えられてる。しおらしい君もまたぐっと来る来る。

 ………今度はお化け屋敷。

 やっぱり君は入りたくなさそうで、彼女さんに引っ張られてしぶしぶ入るみたい。

 暗い室内をビクビク怯えながら入る君。

 ……うわお。恐怖を満面に貼り付けた顔だぁ。

 君ってこんな顔もできるんだぁ。

 意外だなー。

 ガタガタ震えて彼女さんに抱き着いちゃってるよ。まるで小動物みたい。

 かーいーよう。かーいーよう。

 案の定出た後も彼女さんに引っ付いたままだ。

 表情も、まだ恐怖があるのか泣きそう泣きそう。

 人目もはばからず必死にしがみついてる。

 よっぽど怖かったんだねー。

 彼女さんも呆れた様子だ。

 で、日も暮れた頃合いで最後に観覧車に乗り込む二人。

 ゆったりと上がっていく中、向かい合って見詰め合う二人。

 景色なんか目もくれず互いが互いを見ている。

 君の顔も赤くなってる。夕焼けのせいだけじゃないなこれは。

 で、で、で。

 お、おぉ、おぉー。

 彼女さんが君にキスしたー。

 今度こそ顔を真っ赤っかにしている君ー。

 絶対に夕日以上に赤いよこれはー。

 心臓バックバックさせてるのが手に取るようにわかるわかる。

 外見は肉食系のビジュアルの君だけど、こういう時には受身の草食系なんだね。

 また違った君の一面見ちゃった。

 ………と、場面が変わってこれは帰宅後、かな? 君が家へと帰ってきた様子。

 自分の部屋に入って疲れたようにベッドに腰掛けてる。

 ん、壁一面にアニメキャラのポスターが一杯あるー。

 壁の棚には少女のフィギアがたくさんたくさん。

 あ、ベッドのシーツと抱き枕も女の子の絵が描いてある。

 しかもかなりえっちな奴だ。

 へー、こんな趣味があるんだぁ。

 外見もからはちっとも想像出来ないなー。

 そんな抱き枕を君が愛しそうに愛でてる愛でてる。

 よっぽど好きみたい。顔がものすっごいふやけてるよ。

 これもまた新たな一面だ。

 ハァ、ハァ。この顔もまたいいいい。いいよー。ガン見しちゃうよー、目の穴かっぽじって見ちゃうよー。

 ………扉が開いて誰か入ってきた。

 あ、さっきの彼女さんだ。しかもバスタオル姿だ。

 おうおう、またまたいい雰囲気が部屋に流れてる流れてる。

 だけど部屋中がアニメキャラのグッズだらけでシュールシュール。

 ま、そんなのは関係ないのかな、二人にとっては。

 彼女さんが手を伸ばすと、君の服を脱がせる。

 シャツもズボンも脱いで………あれ、肌がすごい傷だらけだ。

 手、胴、足、いたるところに一杯あざみたいのがいっぱいある。

 痛くないのかな?

 で、今度は………おっと、彼女さんが縄を取り出して………まさかのまさかで君の体を縛り始めたぞ?

 しかもギュウギュウに縛ってものすっごい痛そう。

 君は当然痛そうだけど………ん、でもどこか恍惚な表情なのは気のせいだろうか。

 あっという間に身動き取れなくなるくらいに縛られてベッドに転がされる君。

 で、そんな君を前にした彼女さんは、なぜか手に鞭を持っている。

 まさか………

 あ、やっぱりその鞭で君を叩き始めた。

 すごい痛そう。すごい痛そう。すごい痛そう。

 当然君の顔も苦痛に歪んでいるけど………でもどこか嬉しそうにしてる。

 痛くされて喜ぶなんて、すごい変態さんなんだな、君って。

 今のクールの顔とはえらい違いだぁ。

 同一人物だなんて思えないくらいすっごい顔してるしてる。

 ふむふむ。君ってこんな人なんだなー。

 他にもどんな一面があるんだろう。

 他にもどんな表情が見れるんだろう。

 ああ、もっと君の事が知りたい。もっと君の事が知りたい。もっともっと君の事が知りたい知りたい。

 君のいろんな顔が見たい。別の顔が見たい。意外な一面が見てみたい。

 知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい。

 もっともっと君の顔を私に見せて見せて。

 …………………。

 ……………。

 ………。)

 ……………え、ああ。占いの結果?

 あ、うん。占いだったね……

 そうだね……

 今現在の君は誰にも言えない恥ずかしい趣味を持っている、よね?」




「……………いや、だから私は見ているだけだよ。

 君の事が見えるだけ。

 君を見ているだけ。

 仕掛けも何もないよ……

 半信半疑?

 そう、言われてもな……

 ……………はあ、また、君の事占うの?

 今度も当てたら、信じてあげるから?

 ……私はどっちでも、いいんだけど。

 ………わかった。

 じゃあ、君の事占ってあげるよ。

(………。

 ……………。

 …………………。

 ………ん、見える見える。

 君が道路を歩く姿。

 あれ? 今回はやけに背が小さいような。

 背中にランドセルしょってるって事は、小学生くらいの時かな、これは。

 小さい時の君。

 今の面影もありつつ、ずいぶんとあどけない顔だなあ。

 気楽そうでのんびりそうな表情してる。

 今の格好いい姿と同じ人なのはわかるけど、印象がずいぶん違う。

 こんな時代も君にあったんだ。穢れを知らなさそうな顔もかーいいかーいい。

 で、そんな小学生の君は少し背の低い女の子と手をつないで一緒に歩いてる。

 この女の子、この前の彼女さんっぽい感じだ。

 ふうん。この二人って、こんな昔から仲良かったんだ。

 ………あ、よく見ると二人ともおんなじ苗字だ。って事は彼女さんじゃなくて、妹さんって事か。へー。

 お手手をつないで一緒に帰る二人。実に仲良さそう。

 まだ君の方が頭一つ分背が高いから、頼りない妹さんをリードしている姿。

 お兄ちゃんな君。

 こんな時代が君にあったんだ。

 んー、今現在の君も格好いいけど、こういう幼い頃の君も愛でたくなるくらいに可愛い。目の保養になるなる。

 ハァハァ、もっとよく見せてよく見せて。

 私はそんな君の顔が見たいんだ。

 ………と、違う光景に変わった。

 帰宅した後、みたい。妹さんが居間で遊んでる。

 って、あれ? 君の姿が見えない。どうしたんだろ?

 妹さんが一人でお人形さん遊びをしてる。

 だいぶボロボロの人形。首は曲がって腕は取れかけて片足がなくて服が破れてる。使い古したっていうよりは、乱暴に扱ったって感じだ。

 で、一人遊んでる妹さんだけど、ん、そこに大人の男の人が現れて……………あ、いきなり殴られた。

 髪を引っ張って立たされて、頬を何度も何度もビンタされてる。

 ふーん、DVか。よくある話だ。

 にしても、君はどこに………?

 あ、ようやく出てきた。二人のいる居間に入ってきた。

 じゃあついさっきまでのは、別のとこから見てた君の記憶、という感じなんだろうな。

 それでそれで………おお。君が二人の間に割って入って、両手を広げて妹さんを庇ってる。

 体は震えていても、その瞳には決意がみなぎっている。妹を守る勇ましい姿。優しき兄弟愛。

 かっこいい顔だ。うーん、たまらないなぁ。

 あ。そんな勇敢な光景だったけど、君は男の人に思い切りグーで殴られて床に突っ伏した。庇ったのが気に入らないのか、床に倒れた君は男の人に何度も何度も殴られてる。さすがにその顔は100%痛みと恐怖で塗り潰された顔だ。

 必要以上にボコボコになってボロ雑巾状態の君。さっきまでの威勢はどこへやら、ひどく弱弱しい頼りない姿。

 そんな君の姿はレアだな。シークレットレア。そんな一面の君をゲットだぜ。

 いつの間にか妹さんの姿はいなくなってて、いつまでもいつまでも殴られ続ける君。

 普段からこんな状態であれば、相当後遺症が残りそうだな。

 ………男の人の気が済んだのか、部屋を出て行ってようやく解放される君。

 立つのもやっとのくらいボロボロの状態。

 泣きべそをかいて鼻水と鼻血が混じった液体が鼻の穴から流れ出てる。見るのも堪えないとても悲惨な顔。

 でも、その目だけはひどく活力にあふれてる。炎がメラメラと燃えているような、決意がみなぎっている。

 君はやつれた状態でありつつ、足を引きずりながら移動し始めた。

 どこにいくんだろう?

 と、思ったら、家の、車庫?

 なぜかそこに止めてある車に乗り込む君。

 まさか免許は持っていないだろうけど、後部座席でも、助手席でもなく運転席に座ったのは何でた?

 そこで前かがみになって、何かごそごそと作業する君。足元で何かやってるみたい。

 ブレーキ、かな? ブレーキに何かやってる?

 数分の間ごそごそとやってから、車の外に出る君。本当に何をやってたんだろう?

 ……………と、また場面が切り替わった。

 お葬式だ。君と妹さんが二人で黒い服を着て葬儀に参加してる。

 亡くなったのは………両親みたいだ。

 あ、男の人の方はさっきと同じ人だ。

 どうして亡くなったかといえば、交通事故?

 あー……ふむふむ………なるほど。そういう事か。

 君って計略深いなー。少なくとも君のせいだとはばれてないっぽい。

 俯く君の口元はかすかに笑っている。

 計算どおり、といった表情なのかな。

 子供だからしょうがないかもだけど、残酷な事するよね、君は。

 こんな過去があったなんて、人は見かけに寄らないもんだね。

 でも、どんな過去があろうとも君は君だ。

 何があっても君は君であり、君でしかない。

 そんな君の事を知りたい。

 どんな君の事も知りたい。

 あんな君も、こんな君も、意外な君も、普通の君も、良い君も、悪い君も、優しい君も、怖い君も、何もかもの君が知りたい。

 知りたい知りたい。こんなものだけじゃなく、もっともっと知りたい。

 君がどうやって生きてきたのか、何を考えて生きてきたのか。

 過去のすべてを知りたい。君が歩んできたすべてを知りたい。

 私は知りたい。

 …………………。

 ……………。

 ………。)

 ……………。

 ………うん、見えたよ。

 何が見えたかと言えば、そうだね……

 過去の君は、取り返しの付かない重大な罪を犯している事、かな」




「………君の占いは本物だ?

 そう。ありがとう……

 私はただ、見ているだけだけど。

 君の事を、ね……

 それで、今日はどうしたの?

 ………ふーん。将来の事を占って欲しい、ね。

 いいよ。わかった。

 君を占ってあげる。

(………。

 ……………。

 …………………。

 どれどれ……。

 夜の雑踏を歩いてる君だね。

 ひどく疲れた顔してるな。

 老い具合から見て、十年くらい先の姿かな?

 ひげが結構濃いし、髪の方も少しだけお粗末になってきてる。

 うわー、すごい顔に皺寄せてる。

 相当疲れてるみたいだ。足元もおぼつかないし、目の焦点も合ってない。

 くたくたのシャツを着て、よれよれのスーツの上着を手にしている。

 仕事は普通の会社のサラリーマンだろうね。

 そんなに待遇はよくなさそうだ。

 老いている君。その顔はオジサンっぽくなってしまっているけど、どこかダンディさも含んでる。

 格好いいかというとまあアレだけど、今の面影も十二分にまだ残ってて、そんなに悪くはないんじゃないかな。

 これが君の未来の姿かと思うと非常に興味深い。

 どんな変遷を経てこうになるまでに至ったんだろうな。

 で、ひどくノロノロとした足取りで歩く君。

 寄り道はせず、まっすぐ帰る背中はひどく寂しげに見える。

 自宅らしき家に帰宅。

 家の中には誰かいるみたい。

 ソファーに寝転んで誰かがテレビを見ている。

 ん? んんー?

 あれ。これもしかして、妹さんかな?

 髪はボサボサで体系がすっごくふくよかになってるけど、顔の容姿は彼女さんもとい、妹さんのそれだ。

 そんな妹さんは、君が返ってきても声一つ出さず、目をよこす事さえせず、そっけない態度でテレビに夢中になっている。

 君はそんな妹さんの態度は日常茶飯事なのか、やつれた表情で力なく首を振るだけだった。

 そんな妹さんのいるリビングを後にした君は、部屋に荷物を置くと、家事を始める。

 掃除洗濯料理………。

 疲れた体なのに無理して家事をこなしている。

 相当妹さんにこき使われてるんだなあ。

 時折、妹さんに呼ばれると、君はすぐさま飛んでいって、お菓子を運んだり、ティッシュを運んだり、リモコンを運んだりと、まさに下僕扱いそのものだ。

 言われるがままに、言われたとおりに動く君。

 犬のように従順な姿。

 体はそうやって動きつつも、表情はかなり不満が表面に出てきている。

 けれど反抗する事はできない。

 二つの相反する感情が交じり合った表情。

 君ってそんな顔もできるんだー。新たな一面を発見。

 で、更に八つ当たりのように妹さんに言いたい放題されている。

 うわ、しかもなんかいろんな物を投げられてる投げられてる。リモコンの角とかかなり痛そうだ。

 されるがままの君。

 でもなんか、ちょっと様子がおかしくなった。プルプルと体を震わせて、今にも何かが爆発しそうな感じだ。沸騰する前のやかん、あるいは、ギリギリまで膨らませた風船みたい。

 けど、妹さんはそんな君の様子には頓着せず物を投げ続ける。

 そのまま投げ続けてていいのかなー。それが続くと、きっと…………あ。

 灰皿をぶつけられた君がとうとう怒り出した。

 髪を逆立て、目をこれでもというくらい吊り上げた憤怒の表情に変わる。

 今の優男的な君からは想像も付かないくらい怒り心頭の顔だ。

 そんな君はとうとうストレスが爆発したのか、妹さんにつかかみかかって、あらん限りの暴力に打って出た。

 赤子が見たら一瞬で泣き出すくらい怖い顔で妹さんを殴り、蹴りを何度も何度も繰り返す。

 妹さんは抵抗しているけど、男の君はかなわないようで、一方的にされるがままだ。

 うわー、老いた君は腕が棒のように細いけど、火事場の馬鹿力って奴か、その攻撃攻撃はかなりの威力を持っていて、当たるたびに妹さんの表情が歪んでいる。

 すごいすごい。こんな事も出来ちゃんだ、君って。未来の姿といっても、これは驚きだ。

 ん、普通に攻撃するだけじゃ飽き足らないのか、君の腕が妹さんの首に伸びる。

 で、そのまま首を締める絞める。

 そのまま行くと妹さんが……………あ、これは死んじゃったな、きっと。

 妹さんの体が力なくくず折れた。

 そして、そんな妹さんを見た君ははっと我に帰ったように飛びのいて妹さんから離れる。

 恐る恐る手を伸ばし、妹さんの手首を取って脈を図るが、もう時既に遅し。

 君はその場で崩れ落ちた。

 これはつまり、ついカッとなってやった、って奴だね。

 未来だと、こんなことしちゃう君なんだなー。

 ………風景が変わって、君は体育座りしている。

 ここは………牢屋の中かな。刑務所っぽい所だ。

 そんな牢屋の中で、隅で一人うずくまる君。

 膝に顔をつけてて表情は半分しか見えないものの、その顔は絶望と後悔の色が一際濃く映し出されている。

 全身から悲壮感が漂い、この世の終わりを体現しているようでもある。

 底なし沼の落ちるところまで落ちた、最底辺に座り込んだ君だ。

 いいねえ、いいねえ。そんな君の表情はとってもいい。

 それまで見た事のない君の顔を見れて興奮するする。

 まだまだ私は、知らない事ばかりだ。

 そんな表情をいずれするのを私は知らない。

 これまでたくさんの君の事を知っているつもりだったけど、それはまだほんの一部で、私の知らない事はまだまだたくさん存在する。

 私はまだ私の知らない君の事を知りたい。

 もっともっと知りたい。

 たくさんたくさん知りたい。

 余すことなくすべてが知りたい。見たい。

 今の君も、過去の君も、そして未来の君さえも。

 でも、どれだけたくさんの君を見ようとも。

 きっと、君のすべてを見たとは言えず。

 そこにはまだ、私の知らない君が存在する。

 無限に存在しえうる君の事。

 それを知るには、無限の時間が必要かもしれない。

 すべてを知る事は、かなわないかもしれない。

 でも、しかし、それでも私は。

 君のすべてが知りたい。

 だから…………………………。

 …………………。

 ……………。

 ………。)

 君の事これからもずっと見ているよ。

 ……………。

 ……ん、ああ。ごめんなさい。こちらの話。

 ………うん。ちゃんと見えたよ。

 しっかり、きっちとね……

 うん。大丈夫。そう急かさなくても、教えてあげるから。

 えっと、それは……

 将来の君には、人生最悪の絶望と破滅の運命が待ち構えているよ」


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