水族館に行く日


 水族館に行く週末がやってきた。


 朝、僕はみかんとマンションの下で待ち合わせた。


 のだが、僕はみかんとエレベーターで出くわした。


 ……。


 みかんの私服がいつもと違う。


 どう違うかと言えば、デニムのショートパンツを履いている。いつもこんなの履いてないんだよな……。


 僕は太ももが視界に入らないように勝手に眼球が動くのを感じた。


 困った。お子様ランチのプレートが突然縮小したが如く、視野が狭まってしまった。


「どうして10階のボタンをそんなに見つめているのですわ?」


「あ、いや……ボタンって深いよな」


「何の例えですわ? その前に、おはようですわ」


「だな。おはよう……」


 朝の挨拶は大切だな。幼稚園でも朝の挨拶の大切さを歌う歌があるもんな。




 ……なんか少しぎこちない。まるでお子様ランチプレートの上に少しおしゃれな料理が乗っているかのようだ。


 僕とみかんは幼馴染のはずだが。


 エレベーターが一階に到着。


 僕とみかんは、マンションのエントランスを出て、天気のいい中、駅へと向かう。




 みかんの隣を歩いていれば、太ももも視野に入らない。僕はいつも通りのつもりでみかんに話しかけた。


「今日……水族館どのくらい混んでるかな」


「日曜だから混んでるはずですわ。だから早く出ることにしたのですわ」


「そうだったな。……水族館は海辺にあるし……砂浜も散歩しようか……?」


「したいですわ」


「よし……じゃあしよう」


 僕はそう言いながら、みかんの顔を見てみた。


 いつもより、少しほっぺが硬いような気がする。


 みかんは今、どういうことを考えているんだろうか。


「なんで、見つめてるのですわ?」


 みかんが僕をみて笑った。突然みかんの皮がむけて柔らかみかんになるように頰が緩む。


 もしかして、いつものみかんより可愛い……? いや違うな。いつも通り、みかんは可愛いんだ。


 昔、よくみかんと見ていた、マンションの屋上からの景色が綺麗だったのをふと思い出した。最近は綺麗であることを確認しに行っていない。


 昔とは、みかんも僕も変わったと思う。


 だけど完全な球体でないみかんがいくらあっちこっち転がってもみかんであるように、みかんは、いつもみかんで、僕はいつも僕だ。


 今日は、久々に、みかんと二人で少し遠くに出かける。ここから電車で海へと向かい、海辺の水族館に行く。


 その実感がやっとわいてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る