グリーンピースの儀式

 僕から電話しようとは思っても、すぐにかけるよりは少し経ってからの方がいいかなと思って、まだ電話をかけることなく次の日の放課後を迎えた。


 部活後にかけてみようか。


 僕はそうすることに決めていつもように扉を開けて調理室に入った。


「こんにちは田植先輩!」


 浜辺さんが、可愛い猫とお魚が描いてあるエプロン姿で迎えてくれた。

 なぜかお嫁さんっぽい。僕は後輩を見つめてそう思ってしまった。


 別に僕は浜辺さんに恋したりしてないし、みかんを好きな気持ちはずっと変わらない自信がある。


 それなのになぜそう思ったかと言えば、調理室に浜辺さんと僕しかいないからなようだ。


「あれ、他の人は……」


「今日は中等部は能楽鑑賞教室ですよ! だから二人きりですね!」


 二人きり……。僕は未来から今電話が来ないことを心の中で真剣に願った。





「そういえば、あのみかん先輩と仲よさそうにしてた人見ましたか?」


 ふりかけを自作する事前研究として、市販のふりかけを幾通りにもブレンドしている僕を覗き込んで浜辺さんが訊いてきた。


「見たというか……昨日家に来たけど……」


「へ⁈ どういうことですか! なんか湧き出てくるお子様ランチの魅力のように興味があふれでてきました!」


「そうか……まあ簡単に説明すれば、この前の児童館の時に僕にあだ名をつけてくれた子……万実音ちゃんの兄がその人だったってわけ……」


「え、すごいですね! で、みかん先輩はとられないですか? 大丈夫ですか?」


 エプロンを着たまますごい近づいて心配してる浜辺さん。少しだけ胸が当たっている。実は浜辺さん、結構大きい。


「大丈夫……というか、むしろお子様ランチに興味があって……作り方を教えたんだけど……いい友達になれそうだ……」


 サッカー部とバスケ部じゃさすがに料理部に入ってはくれないだろうけど。


「え、お子様ランチの作り方教えちゃったんですか?」


「そうだが……」


「まずいですよ! 何やってるんですか田植先輩!」


「まずいのか……?」


「まずいことがわからないなら……そうです! グリーンピースを使って説明しましょう!」


 浜辺さんは、冷蔵庫のところに行って、グリーンピースを取って帰ってきた。好きなんだなグリーンピースが。


 小さなお皿をテーブルに置き、そこにグリーンピースを二つぶ出す。 


「この右のグリーンピースが田植先輩、左のが、万実音ちゃんのお兄さんとしますとですね!」


 ?? グリーンピースに例えるのかよ。なんの狙いがあるのか。浜辺さんが詩人に見える。あ、でもやっぱりお嫁さんにも見える。


「右よりも左のほうが大きいですよね!」


「そうだな……」


 一応、身長を意識してどっちがどっちかを決めていたのか。


「で、そこにみかん先輩……はこのグリーンピースにしましょう……が来るわけですよ!」


 浜辺さんは二つぶのグリーンピースの中央あたりに、一つの小さなグリーンピースを置いた。


「みかんまでグリーンピースになってしまった……」


「で、右は幼馴染で得意なことは料理、とくにお子様ランチな訳です。そして、左は背が高くて運動神経もいいです!」


「そうだな……ちなみに控えめでいい人だった……」


「ならなおさら。もし左が、料理のスキルを手に入れ、お子様ランチも作るのが得意になれば!」


 浜辺さんは、お皿を左に傾けた。


「みかん先輩は、こっちに行っちゃう……って田植先輩のグリーンピースも転がってしまいました!」


 当たり前の現象だな……。そうか、僕はみかんとは万佐樹をめぐったライバルになるわけか。


「でとにかくですね! こうなるわけですよ!」


 浜辺さんは一番大きなグリンピースと一番小さなグリンピースを強制的に二つ並べて、少し離れたところに僕に相当するグリンピースを置いた。


「なるほど……グリンピースを使ってくれたおかげでよくわかった」


「田植先輩、皮肉? というかそういうこと言うのやめてください! 私も終わってからグリンピースに例えた意味ないなって思いました!」


 浜辺さんは少し可愛らしく怒ったような顔を見せ、三つのグリーンピースをつまんで口に入れた。食べられてしまいました。



 ……でも、浜辺さんの言う通りかもしれない。もし、万佐樹がお子様ランチまで作れるようになれば、僕は彼と比べて本当に何も取り柄がなくなってしまう。



 空っぽのお皿と、その横のふりかけに目を落としていた僕に、浜辺さんは付け加えた。


「でもですね!私はそうはならないと本当は思ってるんです! みかん先輩と田植先輩がどんな感じなのかはわからないですけど、田植先輩って、優しいですもんね。 それが一番だと思います」


 後半は、浜辺さんにしては珍しく、おだやかに読み聞かせをするような口調だった。

 

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