卓球と、とろけるチーズインハンバーグ

 終わってしまった……。


 接戦ではあったが、勝ったのは上達が早いと評判の相手だった。


「うう……惜しかった……」


 未来の友達は僕の座っているパイプ椅子の手すりを握ったまま、そこにおでこを当てた。


 スコアで見ればフルゲームだし、未来のショットには、本当にあと少しで入りそうなのがたくさんあった。いや、それがアウトになったのは相手の回転のせいかもしれない。



 未来は相手と握手をした後、こっちには来ず、タオルを顔に当てて歩いて行ってしまった。


「ああ……どうするべきなのですわ?」


「うーん、少し一人になりたいのかもしれないわね」


 目の前のコートには、まだ未来がいるようにも感じられた。しかし、実際は、もう次の試合の準備が始まっている。



「私、次試合だから行ってくるわね。……あの……もし、未来が立ち直れないくらいしょんぼりしてたら慰めて欲しいわ。私は試合中だから何もできないし……」


「わかりましたわ」


「わかった」


「私今から励ます係になる」


 大きく頷いたみかんに、僕と花凛の返事が続いた。




 とは言っても……。僕はお手洗いに向かいながら、未来を探すべきか、それとも、どこかで一人でいるだろうからそっとしておくべきなのかを考えていた。


 女子ばっかりだから男子トイレはがらがら。というか誰もいない。


 人口密度が低い体育館の横の男子トイレから出ると、未来が目に入った。


 トイレの建物の男子トイレ側の壁の陰。入る時は気づかなかったが、そこにいたようだ。確かにここは目立たなすぎる。


 僕はしばらくそこでためらっていた。


 未来はうずくまっていた。しかし、ちらりと僕の靴でも見えたのか、


「……一回戦敗退した」


 未来がそう声を発した。


「未来……」


 未来は座り込んでうずくまったまま、僕に顔は向けなかった。


 さらさらしていて綺麗な、輝いている髪が僕を向いていた。


 ハンバーグの焦げた側を下にして置くときれいに焼けた側が上に向くように。


 未来はきっと泣いている。その未来の髪しか僕は見ることができなかった。


「未来……すごくうまかった。……かっこいいプレーばっかりだった」


「でも私負けたし、しかも相手卓球始めたばっかりなのに……。私ほんとに今まで卓球やってなのかな」


 未来は鼻声のまま比較的勢いよくそう言った。


「……やってたよ。……僕と朝、一緒に走ってた頃から……」


「それ今言われると辛い……」


「ごめん……」


 未来は頭をぐりぐりと脚の間にさらに押し込んだ。未来の頭は下がり続けた。


 だから僕は言った。


「でも負けたかもしれないけど……僕は未来は頑張ってたと思うし……」


「凛太優しいね。でもいい……」


「ずっと見ていたくなるくらい……魅力的だった。夢中だった。未来の卓球に心を動かされた」


「……」


「それと、また一緒に、走りたくなった」


「……凛太、珍しくそんなにはきはきと喋って……私を励ましてくれて……」


「……」


「ありがと」


 僕は勢いよく言ってしまったことが恥ずかしくなって、目をそらして男子トイレのマークを見つめていた。だから未来が顔を上げたのに気づいたのは少し遅かったと思う。


「ねえ、凛太。私もっと卓球して、色々新しい戦術練習して、もっと沢山走って、成長する。だから……」


「うん……次も見に行く……今日は負けたかもしれないけど……僕は今日の未来の卓球も好きだったし、見れてよかった。ありがとう」


「……なんか私がお礼言われちゃった……もう凛太が優しすぎるから……」


 未来はカバーに入った卓球のラケットを丁寧に胸に抱えた。そして片方だけその腕を外し、


「私、これからも卓球全力でやっていこうって思えた。凛太のおかげ」


「うん……」


「それともう一つ前からそうかもって思ってて今そうだって思えたことがあるよ」


「もう一つ、思えた……」


「うん。私ね……」


 未来が「もう一つ」と言った時に伸ばした人差し指をそのまま僕の……頬に当てた。


 未来の目を見た。泣いた後のまだ水分多めの目。


 しかし、僕の頭の中には、焦げたハンバーグを切ったらとろけるチーズが出てくるイメージが浮かんだ。


 未来の目は……卓球を後から始めた人に負けた悔しさと、今まで積み重ね、そして今日僕を魅了した卓球への情熱と、前を向く気持ちと。



 そしてあと一つ、感情を含んでいた。



 僕の視線は未来の目から唇へと動く。


 そして未来は告げた。



「私ね、凛太が好き」

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