卓球の試合


 試合は、未来のサーブから始まった。


「お兄ちゃん、卓球って一ゲーム何点勝負だっけ」


「十一点のはず……」


 未来がトスを綺麗に真上に上げ、サーブを打った。回転がかかっていて低いサーブ、責められにくい完璧なサーブだな、というのが卓球に詳しくない僕の精一杯の第一感想。


 しかし、


 相手はかなり大きいスイングで打ち返した。


 大き飛ぶ球。


 がしかし、ぐゆんと落ちて未来側の台の角に落ちる。


「あっ」


 それを打ち返した未来の球は山なりになり、左側にそれでアウト。


「すごい変化球だな……」


「どんまいどんまい!」


未来の友達がそう声を張り上げたのを聞いて僕、みかん、花凛は真似をした。


「やはり……上達の速度がすざまじいわね……」


 未来の友達が悔しそうに、僕の座っているパイプ椅子の背もたれを握った。


「相手の話、ですわよね?」


「うん。相手のあの子はね、バレーボールから転向して卓球を始めてから一年も経っていないのよ。球感というかそういうのがあるのか、センスがあるのか、もうシードレベルね」


 コートに目を向ければラリーが始まったところだった。


 また同じだ。


 台をオーバーしないギリギリこところで落ちる球。


 横から見るとすごい跳ね方をしている。


 それを未来は大きく下がって打ち返した。


「横回転……?」


未来は確かに横向きに回転をかけて打ち返した。そしてその球はさっきのようにふわふわとアウトにはならずに……


 こちらも深く相手のコートに入った。


 そしてそこからラリーが続く。


 未来が仕掛けて相手を左右に大きく振った。


 でも全部返ってくる。


 相手は高身長ゆえ手足も長いから、守備範囲が広いようだ。


 しかし、ミスしたのは相手が先だった。相手の球がネットを超えなかった。


「よし! ナイスラリー!」


「すごい打ち合いだな……未来すごいな……」


「ええ、未来がかけた回転に相手は苦労していたようね」


 そしてそのままおおよそ互角で試合が進んでいたのだが……。


 相手がサーブの番の時。相手が台から大きく後ろに下がった。


「なんだ……?」


そしてそこから、回転のかかった球を繰り出し……ワンバウンド、ツーバウンド……そして未来はそれを……


 さわることすらできなかった。


 バウンドが大きく変化したのだ。


「お兄ちゃん……今更なんだけど、サーブって……」


 花凛が聞きにくそうにそう言うと、僕ではなく、未来の友達が答えた。


「サーブは、自陣で一度、相手側で一度弾ませるのよ。今のサーブはその二回のバウンドで、大きく左に曲がり、しかも球速が遅くなっているの。タイミングを合わせてしっかり返すのは難しいわ」



 相手はもう一度同じサーブを打った。


 未来はその球を、自分側のコートで二回めに弾む直前に打った。


そしてその球は低い弾道を維持して、コートの端に沿ってストレートに入った。


 今度は相手がさわれない番だ。


「今のは未来はギリギリとれたからああなったわけじゃななくて敢えて打ちやすくなるまで待ったのね」


 未来の友達は息を弾ませながら説明してから、


「ナイスショット! 流れ来てるよ!」


「「「ナイスショット!」」」


 相手が戦術を変えて来ても対応してポイントをとっている。そしてなにより、コートを懸命に動き回って多彩な球を放つ未来のプレーから、そして未来から、僕は目が離せなかった。


 食べ始めるのも忘れ、綺麗に盛り付けられたお子様ランチを見つめてしまうのと同じことなのだろうか。


 太ももを見るなというみかんの言いつけなんて忘れて、軽やかに動く未来を僕はひたすら目で追っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る