戦場からの投票

新座遊

戦場からの投票

4年前、この戦争は始まった。前回の選挙のタイミングと同期を合わせるように。

当時の臣民は、大多数が戦争を望んでいたのである。

そして今、戦時内閣をサポートする大政翼賛会が多数派を占める議会が任期を全うして、そろそろ選挙が始まろうとしている。

衆議院は、戦争推進派である大政翼賛会とその衛星政党を合わせると、全議席を占めていることになる。

良識の府である貴族院に至っては旗幟鮮明という言葉を辞書から削り取ったような態度を示している。これでは終わるものも終わらない。


100年前の20世紀、昭和16年の危機では、大政翼賛会が陛下のお気持ちを忖度し、東條内閣の開戦意思を挫いたことは歴史的快挙として知られている。


しかし、21世紀の現在、大政翼賛会の反骨精神が形骸化し政権の思惑通りに戦争準備を推進した。いや逆に、西條政権のケツを叩いて戦争を推進していったと言えなくもない。西條首相は、早く戦争を終わらせたいと側近に漏らしているとの噂を聞く。衆愚に押されてブレーキが利かなくなったのだろうか。


俺はその流れが極めて気持ち悪かったので、大政翼賛会と対立する政党に入った。法律上は、大政翼賛会以外の政党であっても選挙に立候補することは可能だ。だからこそ、我が大政予算会は、日本全土に細胞組織を構築し、あれよあれよという間に大政翼賛会と戦えるだけの政治集団になったのである。


いざ、立候補しようと選挙管理局に出向いたその日、管理局の入り口で、市役所の役人が俺を待っていた。

「おめでとうございます。召集令状をお渡しする栄誉を預かりまして光栄でございます」

「ちょっと待て。これは選挙妨害ではないか」

実は予想した通りの事態ではあるが、文句くらいは口にしても良いだろう。

「妨害するも何も、まだ選挙は始まっておりません。あなたには選挙権もあり被選挙権もある。つまりは兵役の義務もあるということです」

勝ち誇ったような役人のセリフ。

「わかった。とにかく立候補の手続きを終わらせてから兵営に出向こう」

とりあえず、奴らのやり口はよくわかった。こちらはこちらでやるだけのことだ。

「お手数をおかけします。まあ、軍人には参政権が認められませんから、軍に所属した時点で立候補は無効になりますがね」

明治時代から軍人は政治に関わるな、という原則がある。昭和初期はその原則を踏みにじるような事件が多発したせいで、現在では、その原則は勅令による縛りが強化され、墨守すべき経典のような重みがある。

「そう来ると思ったよ。まあ、せいぜい大政予算会を弾圧することだな」

「ふん、く抜きの負けですよ」

役人は、あざ笑うような言葉を俺の背中に投げかけてくる。

「く抜き」とは、大政翼賛会から「く」を抜くと大政予算会になることから来る罵倒の言葉であり、概ね大政翼賛会の連中が酒を飲みながら口にするものだ。

この役人の立ち位置が理解できよう。


俺は立候補の手続きを終えてから、予算会の事務所に立ち寄った。

「やっぱりやられたよ。赤紙が待ち受けていた」

「各地の候補者も次々とやられている模様です。いやあ徹底してますなあ、連中は」

事務員が苦笑いをして、赤紙の受領状況を集計した表をタブレットに映してくれる。

見事に候補者だけを選んで招集した様子がうかがえる。自分たちに自信がなければ、ここまであからさまなことはしないだろう。いや自信がないからこその振る舞いかもしれない。だとすると手強い。

しかし我が国の国体をなんと心得ているのか、連中は。

権力に溺れて、事の本質を見誤ったとしか思えない。我々には、衆愚を掣肘する制度があるのだ。


俺は戦場に向かった。激戦地である。相手の兵も心なしか戦争に疲れているように見える。

彼らも大統領選の真っただ中のはずであり、彼らの法律では、兵士にも参政権があるようなので、もしかすると彼らも政権交代するかもしれないな、と思いながら、吉報を待つ。

しばらくして、陛下のお言葉とともに、期待通りの勅令が下った。


軍人にも参政権を与える。戦地で選挙を行うべし、と。


俺の立候補は取り消されず、選挙ポスターも剥がされることはなく、銃後の世界では、敵対する大政翼賛会の現役議員や戦争推進派の泡沫候補とみつどもえの戦いになった。


その矢先、衆議院では、新たな法律が制定された。

衆議院の任期は8年とする、というものである。

とすると、この選挙は中止となってしまう。

昔から、憲法で衆議院の任期を規定すべきだ、という話もあったのだが、うやむやにされていたのは、この事態を想定してのことだったか。

法律で4年と決めていたものであれば、法律で8年と変更しても、なんら違法ではない。

陛下も議会で可決されたものを拒むような専制的なことはなさらないことを見越してのことだろう。何たる不敬な。


次なる一手はすぐに発せられた。またも勅令である。

衆議院議員は、その重責を全うすべく、戦地に徴兵されるべし、とのお言葉があった。大政翼賛会の大多数は即時に辞任した。任期を全うせず議会は解散となり、国政選挙は継続することとなった。


国政選挙の立候補者は、激戦地から引き返すようにと軍司令部からの命令があり、俺は悠然と、本土行きの輸送船に搭乗した。


さて、選挙に勝ったとして、議員になったら勅令に従って戦地に赴くことになる。それまでに、どうやって戦争終結の道筋をつけるかな。

大波に揺れる輸送船の中で、俺は考え続けるのであった。


追記。選挙は大政予算会の敗北に終わった。民衆は戦争継続を選んだのである。






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