15(エピローグ)

「お疲れ様、今帰り?」

 校門を出たところで、死角から声をかけると、高山さんは目を見開いて驚きを表現した。

「びっくりしました、何をしているんですか、そんなところで」

「いや、何、高山さんに少し聞きたいことがあってね」

 そう言って、一歩寄ると、僕の動きに合わせて高山さんも一歩下がる。

「……何もそんなに警戒しなくても……」

「と言われましても、『鬼の雪月花三姉妹』の片鱗を見せつけられた後ですから、体が勝手に……」

「な! それをどこで……! そうか晴一か……同じ学校に通っているって、さっき言ってたっけ……苗字が同じだからもしかしたらとは思っていたけれど……」

 これは今後のあいつとの付き合い方について一考の余地がありそうだ。

「あの剣幕、正直気圧されました、橘先輩たちが止めていなかったらどうなっていたかと思うと……」

 そういえば、昔から『花音を抑えたかったら橘を呼べ』と言われるくらい、泉には世話になってるっけ。あいつが女の子じゃなかったら、彼氏にしたいところだ。

「……泉たちとは付き合いが長いからな」

 改めて、無実の教師を殴るのを止めてくれた泉たちに心の中で礼を言いつつ、それだけ告げた。

「……まあいいや、それは置いといて……高山さんはどうしてそんなに頭が切れるのに隠していたの?」

「……見てたんですか? 先輩も」

 途端、彼女の顔が随分と渋くなる。

「まあね、碧さんの命に別状がないってところあたりまでだけど」

 男の涙を見るのは柄じゃないと思った時点で撤退した、という事実は伏せておく。

「ほとんど全部じゃないですか」

「そうとも言うけれど。まあ何にせよ、はっきり言って、すごいと思った。正直、住む世界が違うなと思ったくらいだし。それだけに残念でならないよ。それを普段から見せていれば、また皆の態度も違ったものになるんじゃ……」

「先輩と同じですよ」

 不意を突かれてドキリとする。

「ええと、僕と同じってのは一体……」

「私ははっきり言って、この能力、ひいては才能が好きではないんです。事件を解決に導くしか能のないこの力が。先輩も、あまり好きじゃないんでしょう? ケンカが強いことなんて」

「そ、そりゃあ好きじゃないけれど、それとこれとは……」

「同じですよ、自分がしたいことに使えないという点においては、ね」

 そこまで言われると反論の余地は無い。素直に両手を挙げて降参の意を示す。

「分かった、僕の負け。ただ一つだけいい?」

「なんでしょう?」

「推理をしていたときのあなたの目、すごく輝いていたよ、今の言葉とは裏腹に、ね」

「な、そんなこと……」

 一気に彼女の顔が真っ赤になる。そんな姿を見ていると、女の僕でも、素直に可愛いと思えてしまう。

 ……よし。

「うん、決めた。僕はこれから高山さんのこと、未羽って呼ぶことにするから、未羽は僕のことを、花音って呼んで!」

「ええ! そんな、先輩を呼び捨てだなんて……!」

 未羽はぶんぶんと両手を振って否定するが、そうは問屋が卸さない。

「だーめ、先輩命令です、ほら、試しに呼んでみて、カ・ノ・ン」

「……かのん……先輩」

 先輩をつけているところに不満を覚えずにはいられないけれど、まあ初めてだしこれくらいで勘弁しといてやるか。

「よし、合格。そのうち先輩をつけないのにも挑戦してみようか」

 笑いながら背中を叩く。未羽はそれに苦笑で返してから、呟く。

「それにしても、カノンですか……」

「ん? 僕の名前がどうかした?」

「いえ……ただ単に、今回の事件はまるでカノンのようだなって思っただけです」

「カノンみたい?」

 未羽の言わんとするところが分からず、首を傾げる。

「おさ……花音先輩は、音楽用語でカノンの意味ってご存知ですか?」

 睨み付けた甲斐あって、途中から下の名前で言い直してくれた。碧さんの気持ちがよく分かる。それはさておき、今はカノンについてだ。

「甘く見てもらっちゃ困るよ。自分の名前なんだから、基本的なところはおさえてるよ。ようは同じフレーズが繰り返す楽曲形式のことでしょ」

「まあそんな感じです。で、今回の事件、花音先輩と大佛君の行動を比べてみれば、見事に一致する部分が結構あったように思うんですよね。ご丁寧に名前まで一緒ですし」

 確かに碧さんが訪れてから部屋を出た点、爆発の後、すぐに碧さんの下に駆けつけた点など、あの少年とは共通項が多いように思える。

「有り得ない話ですけれど、もし万が一、私たちの行動を客観的に観察することができたなら……そう、例えば、視点を交互に切り替えながら二人の行動を追ったなら、カノンという人物が一人であるかのように錯覚させることもできるかもしれませんね」

 なんとなく面白い発想だな、とは思う。でもまあ世の中そんなに甘くはないのではないか?

「そんなにうまくいくものかなあ。まず僕はカードゲーム部で、彼は一年二組だったんだよ。文化祭の準備をしてたのは確かに共通しているけれど、作業場所が全然違うじゃない」

「それこそ背景を気にしなければなんとかなりますって。幸いにも大佛君には泉が苗字のクラスメイトがいて、花音先輩には橘先輩がいます。二人して友人を泉って呼んでいれば、そう簡単にはばれませんよ」

「へえ、じゃあ1年2組にも泉がいたわけだ」

 そこまで偶然が重なっているとは知らなかった。

「まあ問題は、カードゲーム部のある礼法室は、扉が横開きだって点ですよね。扉を開ける音が普通のドアとは違っちゃうんですけれど……」

「うーん、まあそんな些細なことなら気付かないかもしれないけれど……でもそうだ、未羽の推理の時の配置はどうなるの? 僕は物置にいたわけだけど、彼は現像室にいたんでしょう? 見える風景が一八〇度違うじゃない」

「それもそうですね。多分花音先輩の位置からなら秋捨警部の表情はうかがえても、私の表情は見えなかったでしょうし、大佛君からすると、その逆ってことになりますか……」

 それに碧さんとの付き合いの長さでは、大佛君とやらに負ける気はしない。せいぜい学校に入ってから一年にも満たない程度の付き合いしかない彼とは違い、僕はもうかれこれ十年以上の付き合いだ。その点をとってみても……なんてことを言おうとして、ハタと気づく。

 ちょっと未羽の表情が暗い。揚げ足をとりすぎただろうか。僕としても、未羽を凹ますことは本意ではない。そんなわけで未羽を励ますべく、

「でも発想自体はいいんじゃないかな。まあもしそんなことができるなら、だけどね」

 僕はそれだけ言うと、未羽の背中を押しながら、一緒に校門前から続く坂道を登り始める。

「わ、押さないでくださいよ。自分で歩けますから」

「いいのいいの、僕がただこうしたいだけだから」

 柔らかに吹いてくる冷たい風を体に受けながら、ふと、さっきの詩の続きを思い出す。だが今は風の音なんてしていない。だから自分の好きに詩を変えて呟いてみる。

「推理力にぞ驚かれぬる」

「え? 今、何か言いました?」

「ううん、別に」

 首を振って、僕は笑ってごまかす。だって、そんなの柄じゃないから。

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カノン 相応恣意 @aioushii

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