第45話

「大納言様、道光帝が崩御なされました」


「暗殺か、それとも病死か」


「確たる証拠はございませんが、暗殺かと思われます」


 一八五〇年、清国八代皇帝道光帝が死んだ。

 証拠はないが、徳川慶恕は暗殺されたのだと思っていた。

 英国商人と結託している広東商人から、清国の皇族や高級官僚に莫大な賄賂が贈られているのは、密偵の調査で分かっていた。

 林則徐を通じて警告してはいたが、直接護っていないので、やれることには限りがあったのだ。


 だが、これは痛恨の出来事だった。

 道光帝が反英の政策を行い、英国の手先である太平天国討伐のために、林則徐を欽差大臣に任命して全権を任せていたからこそ、大陸派遣軍も自由に動けていたのだ。

 次の皇帝が引き続き林則徐に全権を預ければいいが、他の無能な者の言いなりになってしまったら、戦況が一変してしまう。


「次の皇帝が誰になるか分かるか」


「恐らくは四男の奕詝皇子かと思われます。

 即位が決まれば次の連絡が届くと思われます」


「こちらから林則徐に連絡を入れてくれ。

 奕詝皇子も暗殺される恐れあり。

 確かな者を側近に加えるか、林則徐自身が奕詝皇子の側にいるようにな」


「承りました」


 徳川慶恕は次々と新たな手を打った。

 倭人とさげすまれている自分達が、直接清国皇帝に会えない事は理解していた。

 次善の策として、満人や漢人の高級官僚を通じて皇帝に策を伝えようとした。

 だがそれもなかなか上手くいかないので、清国から撤退するべき時期を見極めようとしていた。


 最低限の目標である、幕府軍と尾張派軍に実戦経験を積ませる事は成功していた。

 惰弱な幕臣と尾張派家臣を排除する事ができそうだった。

 後は倭軍八旗の支配地として認められた土地をどうするかだった。

 寒冷で稲作には向かない土地ではあるが、蝦夷や樺太のように、酒類に加工できる麦や蕎麦を耕作する事はできるし、戦に必要な軍馬を育てる事もできる。

 何よりも露国を蝦夷や樺太よりも遠くで迎え討てるのだ。


 徳川慶恕は少々の無理をすることにした。

 交易利益の半分を投入してでも、大陸の民を雇って兵士とすることにした。

 幕臣や諸藩の家臣の中にも、惰弱な者もいれば勇士もいた。

 それどころか、博徒と言われる者の中には、戦場でこそ働ける者がいた。

 清国の臣民の中にも、同じように勇士の資質を持つ者がいるはずだ。


 だからこそ、太平天国や回教徒が清国軍に戦いを挑めるのだ。

 ならば、彼らの中から、民族や宗教に関係なく、単に利得だけで戦う者を選び召し抱えれば、幕府や尾張派の武士を死傷させずに戦うことができる。

 実戦経験を積み重ねさせた後は、戦力を温存すべきだと徳川慶恕は考えていた。

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