第21話

「左中将。

 度重なる無心は悪いと思うが、本丸再建費用を出してもらえんか?」


「承りました。

 全額負担させていただきます。

 ただ秀之助と鎮三郎の事、よしなにお願い申し上げます」


 諸大名や旗本御家人が、尾張公に大きく遅れをとり、丸潰れになった面目を取り戻すために、家臣や中間小者を総動員して、焼失した本丸御殿の片づけを十日ほどで終えたことで、将軍家慶公は二之丸三之丸に居を移そうとしていた。

 

 徳川慶恕がつけた家臣のお陰で、世子家祥は逸早く吹上にいる父家慶に火事見舞いの使者を送り、面目を保っていた。

 だが同じ江戸城内にいる御三卿の清水家と田安家は全く何もできないでいた。

 平川御門外にあるとはいえ、一橋家も何もしていなかった。

 御三卿は役立たずだという評判が、どこからともなく江戸中に広まったいた。


 それに危機感を持った清水家と田安家は、江戸城内のある屋敷の提供を将軍家慶公に申し出たが、全く相手にされなかった。

 江戸城の外にある一橋家では、屋敷の提供すら口にする事もできなかった。

 他の諸大名と同じように、火事見舞いの使者と品物を送る事しかできない。

 将軍家慶公の御座所となっている尾張家中屋敷は、幕臣ではなく尾張家とその縁戚諸藩の兵が護っていた。


 諸藩と幕臣は、将軍家慶公の尾張公への信頼と権勢をひしひしと感じていた。

 そんな時に、豊かになった幕府の財源を使うのではなく、尾張公に本丸御殿再建の全費用を負担してもらうという話が出て、尾張公は快諾したという。

 しかもその見返りが、自分の位階や尾張家の事を望むのではなく、弟達が養子に入った家を事を頼んだという。

 これほど頼りになる寄り親はいないと、諸大名や幕臣内で広まるのは一瞬だった。


「兄上、ありがたき幸せでございます」

「尾張の兄上、ありがたき幸せでございます」


「そう改まるな。

 兄弟仲良く力を合わせて行かなければ、幕府を支え、徳川家を繁栄させる事などできないのだ。

 二人にも力を発揮してもらわなければならぬ。

 そのためには幕閣に喰い込んでもらわねばならぬ。

 寧四郎と整三郎には、いずれ大老格になってもらうぞ」


「「は!」」


「秀之助には老中筆頭になってもらい、鎮三郎にも老中になってもらって、秀之助と共に上様を支えてもらう。

 その心算で文武に励んでもらう」


「「は!」」

 

 徳川慶恕は着実に足場を固めていた。

 本丸御殿再建を尾張家だけで成し遂げるには、莫大な費用が必要になるが、すでにそれに必要な利益は確保していた。

 今回の件を上手く利用して、やり遂げなければいけない事もあった。

 徳川家を、いや、日本を守るためには早急に成し遂げなければいけない事だった。



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