~leap day again~

維 黎

うるう日は二度

 目が覚めたことを自覚すると腹筋の要領でゆっくり体を起こす。

 寝起きでぼぅっとしていたのは、ほんの数秒ほどだっただろうか。

 外気にさらされ、体が冷え始めて意識が鮮明になってくると、いつも目覚める部屋ふうけいと違うことに戸惑う。

 知らない部屋ばしょ

 首を左右に振って部屋の様子を見まわしてみる。

 否。

 知らないのではなく、とっさに思い出せなかっただけで、起きた脳が急速に覚醒し始めてみれば、よく知る部屋だということを思い出す。


(――!?)


 状況を理解すると同時に現状を確認するためにある物を探す。

 下半身はまだふとんに入ったまま、体を左手で支えつつ上半身を左側に捻ると、視線の先には部屋の壁に画びょうで止められたカレンダー。

 1月から12月までが並んだ年間カレンダーの為、とっさに今日の日付と曜日がわからなかった。

 しかし、今日の日付もさる事ながらそれ以上に大事なのが――


『2020』


 目に飛び込んできた赤く印刷されたその数字を見て、トクン! と心臓が一つ跳ねる。


「――にせん……にじゅう、ねん」


 知らず呟いていた。

 他でも確認すべく、布団のすぐそばに無造作に放り置かれていたリモコンでテレビを点ける。


(――スマホは……)


 パソコンデスクの椅子の上に置いてあった。

 基本操作はどのスマホも大差ない。

 スリープ状態から立ち上げると、カレンダーのアプリを開いて、今この時が2020年2月29日であることを確認する。

 テレビ番組は情報番組のお天気コーナーだったらしく、むさいおっさんではなく、美人の気象予報士が令和二年うるう日の本日、今日一日いっぱいは傘が必要です、と告げていた。



※※※



 最初に違和感を覚えたのは7歳の時。いや11歳の時と言った方が正確だろうか。

 今となっては自分の身に何が起こっているのか理解していたが、11歳当時はちゃんと状況がわかっていなかった。ある日、目が覚めてみると11歳だったはずの自分が7歳として朝を迎えたことを。

 朝登校して5年生の教室に行くと担任の先生とクラスメイト全員が知らない顔だった。

 戸惑っていたら1年生の教室に連れていかれ、なぜだかわからなくて自分は1年生じゃないと何度言っても理解してもらえなかった。

 漠然としか思い出せないが、確か混乱しすぎて学校で泣き出してしまって、最終的には母親に迎えに来てもらい早退したように思う。


 はっきりと状況を自覚したのは15歳のうるう日。

 朝、目が覚めると中学卒業を間近にしたはずの自分が、11歳の小学5年生として目覚めたことに気づいた。

 中学校指定のかばんが無く、ランドセルがあったことで四年前の経験がよみがえり、不安と恐怖でいっぱいになったが、15歳までの記憶と経験をもって11歳小学5年生としてその日を過ごした。

 結論を言うと四年に一度のうるう日の前日に、四年前のうるう日――2月29日に意識だけがタイムリープしていた。

 四年前のうるう日にタイムリープし、その日を過ごすと現在のうるう日を迎える。つまり、うるう日を毎回二度経験していることになる。

 7歳の時に迎えたうるう日と、7歳の体に11歳の意識がタイムリープして迎えたうるう日――といった風に。

 四年に一度の一日だけのタイムリープ。



※※※



 とりあえず冷静になって今の状況を考える。

 2020年時点で31歳の体に2024年の35歳の意識がタイムリープしている状態だった。

 今日は土曜日だ。出社しなくても大丈夫。これは四年前の曜日を覚えていたのではなく、カレンダーで改めて確認した。

 父が大病をわずらい通院の送り迎えなどの看病の為、しばらく実家暮らしをしていたが、二年ほど前に職場の近くで部屋を借りた。その為、部屋の様子が違って一瞬戸惑ったが問題ない。思った通りの展開だった。もっとも自分で意図しての行動ではないが。

 何をどうしたところで、防ぐことは出来ず勝手にリープしてしまうので、今までは割り切って一日を過ごすことにしていた。

 しかし今回は違う。

 この訳のわからないタイムリープを待ち望んでいた。


 過去を。

 未来を変える為に。


 そう訊くと何か大変なことが起こって、その運命を変える為の行動――と思われるかもしれないが、特に自分や身内、親しい人たちに不幸が訪れたということはない。

 自分の愛する人を事故で亡くして、それをやり直すためにタイムリープを利用する――といったようなラノベやドラマのような展開はまったく無く、タイムリープで変えたかったことは。


 2020年3月に正式サービスが開始されたオンラインゲームのプレオープンに参加する――というもの凄く俗物的なことだった。



※※※

  


 過去へのタイムトラベル物の常として『バタフライ効果』という物がある。小さな変化が巡り巡って、とてつもなく大きな変化を及ぼす。転じて、過去を改変してはならない――というくだりだ。

 もし体ごと過去へとリープしたのならその時点でアウトだ。

 一人分の人口が増えるのだから、少なくとも呼吸による酸素と二酸化炭素の総量が違ってしまう。

 では意識だけのリープはどうか?

 経験則からすると、改変はならない。もしくは出来ないと推測する。

 一度、23歳(意識が27歳)の時、リープ前にロト7の当選番号を調べて購入したことがある。

 結果として億万長者にはなっていない。

 当選番号は変わっていなかったので、何らかの力が働いてロト7を買っていなかったことになったのか、あるいは単純に番号を塗り間違えたのか。

 たった一度きりの自由の利かないリープなので確認のしようがなかった。


 一度目のうるう日とリープしてきたうるう日との行動が違えば過去改変になってしまうのでは――と疑問視したこともあったが、2024年現在で自覚するような大きな変化が感じられるようなことは無かった。

 何かよほど特別な体験をしない限り、平凡に過ごした四年前のうるう日の行動など覚えていない。覚えていないのだから、過去と違う行動など取りようがない。

 意識は四年後の自分であっても性格や行動理念が変わるはずも無い。

 ロト7がうまくいかなかったこともあり、やはり過去改変は怖かったので、大きな変化を起こさないように普通に登校したり、仕事をこなしたりして無難に過ごすように心がけた。

 多少、業務上のミスが多かったかもしれないが。



※※※



 33歳にしてがっつりとMMORPGにハマってしまった。そのオンラインゲームの正式サービスは2020年3月だったが、始めたのは二年後の2022年からだったので後発組だった。だからとあるアイテムを持っていない。

 

『マジカルラジカル素敵ステッキ』


 いろいろと思うところがあるアイテム名だが、効果はリアル時間で3時間の間、魔女っ娘になれるという効果。いわゆる性別変更可能アイテムだ。ちなみに女性キャラプレイヤーには騎士っ娘――男の娘になれる『貫かれる聖剣』という意味深な名前のアイテムがもらえる。

 この二つのアイテムは正式オープン前のプレオープン時――2020年2月27日から29日までの三日間――のみ配布された期間限定アイテムだった。


 性別変更は3000円の課金アイテムで可能だがアイテム課金はしない主義。しかしながら女性キャラの装備に少し――かなりエロい装備が出てきてそれがどうしても欲しくなった。

 サブキャラも男性キャラで、3キャラ目を作って遊ぶほど時間的余裕はない。そこで思い立ったのが

 過去改変は出来ないという思いはあったが、絶対に出来ないと確証があるわけではない。

 一度失敗しているが、今度は過去に絶対にしなかったことをするという明らかな過去改変だ。数字の塗り間違えといったケアレスミスが起こりようのない行為。

 35歳まで何事もなかったことで過去改変への禁忌の思いは薄れていたのかもしれない。



※※※



(――まさか、異世界!?)


 とっさに浮かんだのはそれだった。


 目の前に広がるのは草原。

 遠く視線の先には青々と茂った森が広がっている。

 とても現代日本――自分が住む街の光景とは思えなかった。まして目の前に異形の怪物モンスターが立ふさがっているのだから。

 その怪物が鋭い爪を頭上まで振り上げたかと思うと、こちらに向かって一気に振り下ろして攻撃してきた。


「――ッ!?」


 突然のことに声なき悲鳴とともに反射的に体がのけ反る。と、同時にズゴッという音が顔の近くでしたかと思うと目の前の景色が怪物ごと消えていた。

 VRヘルメットに接続されていたケーブルが抜けてブラックアウトしたのだ。

 慌ててヘルメットを脱ぐ。

 ドクドクと心臓が激しく鼓動していた。


 タイムリープした四年前の2020年2月29日、日付が変わるのを待った。

 ゲームプレイの場所が最初の町中だったことと、過去改変をしてしまったという強い思いがVR画面の光景を現実と勘違いし、過去改変により今までの世界が激変してしまったのかと勘違いをしたらしい。


「――そ、そうだよな。ンなこと起こるはずないよな。あー、びっくりした……」


 ワンルームの部屋で一人暮らし。誰もいるはずがないのに、つい独り言を呟いてしまった。


「あっ! そうだ、アイテム!!」


 VRヘルメットではなくモニター画面でプレイをして、先ほどの怪物をあっさり倒すとアイテム欄のプレゼントBOXを確認する。


「うぉぉぉぉ!! ある! あるぞぉぉ! マジかよ、すっげぇぇぇぇ!!」


 アイテムを手に入れた喜びよりもアイテムがあったことに対する興奮で叫んでいた。


 


 その時、一人暮らしの部屋のドアを誰かがガチャリと開けた。


「――えっ?」


 あり得ないことに高揚にも似た興奮が一気に冷める。

 ドアを開けた入り口には女性が一人。

 彼女いない歴二年半。

 知らない女性が鈍く光る包丁を手にして叫ぶ。


「――よくも裏切ったわね。殺してやる!!!」


 



                          ――了――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

~leap day again~ 維 黎 @yuirei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説