四年に一度のチョコバナナ

彩森いろは

後夜祭とチョコバナナ

 4年に1度。オリンピックのことでも、ワールドカップでもない。

 今日は俺達にとって4年に1度の特別な日。

 

 俺の通う高校では毎年2月の最後の日に3年生を送り出す会が行われる。

 2年生と3年生が校庭に集まり、バーベキューなどをするのが伝統だ。

 

 昨年は2月28日に先輩を送り出した俺達だが、今年は送り出される側だ。

 そして昨年と少し違うのは今日が2月の29日であるという事。

 

 昨年、部活の先輩からとある言い伝えを聞いた俺は、今日の日を心待ちにしていた。

 

 昼過ぎに校庭に集合してからクラス毎に集合し、担任からバーベキューについての説明が始まる。

 昨年も参加しているので大体は把握しているが、2年生はバーベキューの世話をし、3年生はひたすら食べる。

 2年生は他にも、デザートの模擬店を出すことになっていて、2年生全員が何らかの役目を与えられている。ちなみに去年の俺はパフェの模擬店担当だった。

 

 補足すると、毎年模擬店を考えるのは大変なので、4年を1周として模擬店のメニューは固定になっていて、屋台は昨年と変わらず看板もメニュー毎に使い回している。ちなみに順番としては、今年はチョコバナナなので来年以降は、フルーツバー→アイスクリーム→パフェ→チョコバナナとなる。

 その後、日が暮れると、花火やキャンプファイヤーなどの後夜祭が行われる事になっている。

 

「いいかお前ら!肉にはタンパク質が豊富だ。タンパク質は健康の素!進路が決まっている者、これからの者も今日はしっかり食え!タンパク質は最強だ!」

 体育教師が担任の隣のクラスからこんな声が聞こえてくる。

 運動部の生徒からは歓声が上がっていた。

 

 うちのクラスの担任は国語の女性教師だったので、「全員ケガの無いように、楽しい思い出を作って下さい」とありふれた文言で、隣のクラスとの温度差に少し笑ってしまった。

 

「注目!」

 生徒会役員が拡声器を持ち生徒を注目させる。

「各クラスで説明が終わったと思いますので、生徒会長から挨拶があります」

 生徒会役員がそう言うと、隣にいた生徒会長に拡声器を渡した。

「えー。今年も近所の肉屋さんや八百屋さんが多くの食材を用意してくれました。まずは肉屋さんと八百屋さんに感謝を述べたいと思います。ありがとうございます」

 生徒会長がそう言うと、生徒全員が招待されていた肉屋さんと八百屋さんにお礼を言った。


「特に今日は4年に一度の29(肉)の日だからということで、肉屋さんはいつもより少しいいお肉をご用意いただきました」

 運動部の生徒から歓声が上がる。

「そしてなんと、八百屋さんも今日、2月29日はニンニクの日ということで、ニンニクをいつもより多めにいただきました」

 生徒から笑い声が上がる。

「残り少ない学生生活となりましたが、今日は思い出を沢山作って下さい。それでは、3年生を送り出す会を開始します」


 生徒会長が開始を宣言すると、一斉にバーベキューが始まる。

 3年生はどの場所で食べても良く、皆一斉に仲の良い友人たちの元へ向かう。

 

「たかや~一緒に食おうぜ~」

 隣のクラスの隆二がこっちに向かってきた。

「ああ、いいよ」 

 その後も数人が合流し、あっという間にグループが出来上がる。

 

 美味しい肉に舌鼓を打っていると、隆二が俺の隣に来てとある噂について聞いてきた。

「そういや孝也、後夜祭にまつわる有名な噂知ってるか?」

「噂ってあれか?チョコバナナの?」

「まぁあれだけ有名ならお前も知ってるか」

「多分、知らない奴は居ないと思うぞ」

 実際、去年の3年生を送り出す会の後、2年生の間でかなり噂になっていた。

「で、どうなんだよ。桜子ちゃん」

「ぐふっ」

 桜子とは小中高と一緒の幼馴染だ。

 ちなみに隆二も同じく小中高と一緒の幼馴染である。

「どうなんだって?何が」

 いきなりの質問にむせそうになりながら、かろうじで返答をする。

「今更隠すなよ~。桜子ちゃんの事好きなんだろ?今日は最高のチャンスじゃないか」

 

 チョコバナナの噂とはこうだ。

 後夜祭のキャンプファイヤーの時、意中の人を校庭端っこの部室棟裏に呼び出す。こんなシチュエーションで呼び出されるのは100パーセント告白なので、呼び出された側がOKなら手にチョコバナナを持って行くというモノだ。それで告白に成功したら2人は幸せになれるらしい。

 不思議な事に、去年のパフェや、チョコバナナ以外の時にはそういった噂が無いらしく、先輩たちは来年の俺達がチョコバナナであることを羨ましがっていた。

 一説によれば以前の生徒会長が、開催の挨拶の際、意中の生徒に公開告白したらしく、その際に、OKなら部室棟裏で待ってるのでチョコバナナを持ってきて欲しいと言ったとか言わないとか……。

 文化祭の校舎裏だとか、体育祭の体育館裏だとか高校生はこの手の告白イベントが大好物なのできっとこれもそうだろう。

 

 確かに桜子の事は好きだ。

「幼馴染でずっとそばにいたから、この気持ちが「LOVE」なのか「LIKE」なのか自分でもわからないんだよな」

 俺は正直に隆二に話す。

 すると隆二は真剣な顔になって、

「孝也は、桜子ちゃんが他の男子に部室棟裏に誘われたらどう思う?」


 そう聞かれた瞬間胸の奥がキュッと締めつけられて、少し気が遠くなる感覚がした。

 

「イヤ……だな。」

 俺は胸の内を口にした。

「つまり、そういう事なんだよ」

 隆二は真剣な顔でこっちを見てニカっと笑った。

 

 楽しい時間はあっという間で、日暮れを迎えた。

 キャンプファイヤーに火が灯され、校庭を優しい火の明かりが包む。

 

「孝也、いよいよだな!」

 そういうと隆二は俺の背中をポンと叩いた。

「うぅ……いざとなると緊張する」

「じゃ、俺は彼女の所行ってくるから~」

「あっ薄情者!一緒に居てくれよ!」

「嫌だよ!俺は彼女と花火をするんだ」

 そういうと隆二は、彼女の元へ走っていってしまった。

 

「さてと……桜子はどこだ?」

 そう呟いて桜子を探す。

 不思議なもので大勢の中からすぐに桜子を見つけた。

 数人のグループで手持ち花火を持っていた。

 

 桜子へと向かうと、こっちに気付いた桜子は笑顔で手を振ってきた。

「おーい!たかやー!一緒に花火するー?」

 俺の心臓は物凄い勢いで脈を打っていた。

「あの……桜子。あとで時間ある?」

 そう言うと、何かを察したのか、周りにいた桜子の友達は示し合せたように少し離れてくれた。


「えっ!?あのー、えっと、うん。多分時間ある!」

 桜子もかなり驚いた様で、よくわからない返事になっていた。

 

「わかった。じゃあ、部室棟の裏で待ってるから、10分後そこで!」

 そう伝えるのが精いっぱいだった。

 呆気に取られた桜子を残してそそくさと歩き出してしまった。

 

 誰とも顔を合わしたくないから、そのまま部室棟の裏に向かう。

 横目に見たチョコバナナの模擬店はデザートを求める生徒か、噂のためのアイテムゲットのためか、大繁盛していた。

 

 部室棟の裏は、キャンプファイヤーの光はほとんど届かず、かろうじで顔が見えるかどうかの明るさだった。

 

 さすが噂のスポットとあって、既に数人生徒がいて、中には女子生徒も居た。

 

 10分はさすがに長かったかな……

 ここで待っている間に、待ち人がチョコバナナを持って来る幸せ者、残念ながら手ぶらの者を数人見送った。

 どこかの川でなぜかカップルが等間隔に座るという話を聞いたことがあるが、不思議なもので、今もそうやって待っている生徒は等間隔になっている。

 

 人生の中で最も長く感じた10分に迫った時、横から来た生徒に「お待たせ」と声を掛けられた。

 間違いなく桜子の声。

 顔を向けると好きな人の顔。

 

 手にチョコバナナは……!?

 目線を落とすがてを後ろに組んでいるのか見えない。

 

「それで、話って何かな?」

 100パーセント何の話をするかはわかっているが、社交辞令の様なものだろう。

 

「桜子。ずっと好きでした。付き合って下さい」

 今自分ができる精一杯の告白。ギュッと目を閉じで頭を下げる。

 

 数秒の沈黙。

 この数秒が永遠にも感じる。

「ねぇ。孝也……?」

 イエス、ノーではなく予想してなかった返答。

 

 戸惑いながら頭を上げる。

 そこには、満面の笑みの桜子。そしてこっちに伸ばされる手。

「チョコバナナ、好き?」

 手元にはチョコバナナ。つまりOKの合図。


「あぁ、大好き!」

 その瞬間叫びたくなったが、周りの事も考えて心の中で叫ぶことにした。

 

「あっでも、やっぱイヤかも……」

「えっ!?」

 唐突の拒絶。イヤ……?何が……?

 一瞬思考がフリーズした。


「だって、今日付き合ったら記念日が次は4年後になっちゃうじゃん」

「えってことは今日はダメってこと!?」

 

「ウソウソ。これからもよろしくお願いします!」


 その後、2人で食べたチョコバナナの味は、忘れることはないだろう。

 

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