変わらないものと変わったこと

司波和人

変わらないものと変わったこと

 山の斜面に沿っているみかんの段々畑から漂う柑橘のにおいを頼りに、目的地に向かって、農道をただひたすら登っていく。4年前の自分であれば、悠々と走ることができた登り坂も、今では、走ると直ぐに息切れしてしまう。

 「とりあえず、運動不足を解消しないといけないな。」

そんなことを思いながら、目的地に向かっていく。



 初めてその場所を訪れたのは、中学2年生のときだった。元々、この農道を通ることは初めてではなかった。毎年、1月の下旬に行われていた校内マラソン大会でこの農道がコースになっていた。1年生から2年生が部活内で、チームを組み、部活対抗で競い合った。あの頃は、走ることに一生懸命だったこともあり、農道から目的地に行く階段に気づくことがなかった。そして、マラソン大会が終わった後日に、気分転換で走っていた最中に、その場所を見つけた。

 時は過ぎ、高校3年生の冬となる。なんとなく、受験勉強に飽きて、部屋の外から空を見上げていた時に、ふと、4年前に訪れた場所のことを思い出した。

 「走ってみるか。気分転換も兼ねて。」

そう思うと即、行動に移した。高校で無理やり買わされた青のジャージを着て、家を飛び出した。走っていく中で、みかんの段々畑の美しさ、風で揺れる木々の様子、農道に止められている軽トラの年季など、多くのことに気が付いた。



 風景を楽しみながら歩いていくと、目的地に行くための小さな階段を見つける。最後に来た高校3年の冬、さらに言えば、最初に来た頃と変わっていない。変わったのは、自分だけという状況に、ある意味ほっとした。社会の変化が著しい世界の中で、変わらないものがあるということを感じるだけで、心の依り代が、1つ増えたような気がした。



 自分の体力は、高校の部活を引退したとはいえ、中学生の頃よりあったものの、この後を考えて、中学校の頃より、幾分ペースを落としながら農道を走っていた。そこで、視界に、何か映った。小さな階段である。下っていくと、「龍王神社」という札がかけられた鳥居を見つけた。そして、山の奥深くで、木々が生い茂っているためか、暗い雰囲気を醸し出していた。普段なら、このような展開になれば、不安が勝ち、引き返すところだ。しかし、今日は、好奇心が勝ったらしく、ゆっくり、ゆっくりと先に進んだ。



 「本当に暗いな。4年前と変わらない……。」

 そう思いながら、龍王神社の鳥居をくぐり、しっかりとした足取りで歩いていくとお社と可愛らしい小さな滝とそこから流れる川があり、その近くに、観音様がいらっしゃった。やはり、何も変わっていない。お社と観音様には4年間参拝できなかったことへの謝罪と平穏無事な生活を営むことができたことの感謝と家族の健康を祈願した後、滝から響く可愛らしい音と、風の音の重なり合いを聞きながら、4年間の思い出を、そこにいらっしゃるかもしれない神様と観音様に、心の中で話した。



 余りにも幻想的だった。暗い雰囲気であるはずなのに、木々の葉の隙間から差し込む光が小さな滝を照らし、水面が光り輝いていた。こんな経験は初めてだったこともあり、しばらくこの光景を見続けていた。すると、強い風が吹いた。思わず、目を覆いたくなるほどの風だった。

 「そうだ、参拝しなくちゃ。」

そう思い、お社に志望校合格と家内安全を祈願し、滝の方へと向かう。滝は小さく、その近くに観音様がいらっしゃった。観音様に祈願した後、滝から響く音をずっと聞き続けていた。勉強の成績が上がらない事、人間関係の事、その他うまくいかないことが織りなす不協和音が、この音を聞くことで調和されていく感じがした。そして改めて、それらを思い浮かべると、自分の事しか考えず、周りの人たちのことを考えていないことに気が付いた。   

「そういえば、うまくいかないことを他人のせいにしていたかも。」

そう思った瞬間、滝の水流が、少し強くなり、響く音が強くなった気がした。まるで、

 「ようやく気が付いたか。」

と神様や観音様がおっしゃったような気がした。まさにその通りであった。



4年分の思い出を、この場所にいらっしゃるかもしれない神様と観音様に伝えることができたものの、時間を忘れていた。もう帰った方が良い時間になっていた。名残惜しい気がしたが、暗くなると、冬の山は、何が起きるかわからない。早く帰るために引き返した。



 今までの反省と、今後のことを胸に抱いた。しかし、ふと気が付く。もう帰った方が良い時間になっていた。名残惜しい気がしたが、暗くなると、冬の山は、何が起きるかわからない。早く帰るために引き返した。



 そして、鳥居の前で立ち止まり、



 一礼をした後に、一言、呟いた。



「「また、来ます。今後ともよろしくお願い致します。」」



 実家に帰る足取りは、とても軽く、「「あの頃」」を思い出すように走った。疲れや息切れなど些細なことだった。自分の前に広がる無数の未来があるという事に心が躍ると同時に、次の4年後には、良い報告ができるように、と思うばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

変わらないものと変わったこと 司波和人 @shiba1110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ