探偵部・乃亜の活動記録

堀北 薫

探偵部・乃亜の活動記録

 2020年八月某日。

 小南乃亜と生徒会長の真凛は今日も今日とて事件の解決に奔走する。鍵は残されたメッセージ──。


   *   *   *

 

「で、犯人は分かりそうなのか?」

 会長に訊かれ、乃亜は現場を再び見る。状況を整理しよう。

「新聞部の部室にて事件が発生。部長の玉置君が何者かに殴られ気絶、その際カメラを取られたということ。ここまでOK?」

その場の乃亜以外の4人が頷く。

「被害者はとりあえず病院へ送られた。そこで容疑者としてあがったのが現場付近にいた3人であると。でも、玉置君は犯人を見ているのだろう?起きた後にゆっくり訊くのはダメなのか?」

「それはダメだ」

 問いに答えたのは生徒会長の真凛だ。

「犯人が奪っていったものが新聞部の使用するデジカメなんだ。おそらく記事にしようとしたネタで揉めた末の犯行だな」

「待って。……その情報はどこから?」

「こちらの佐山さんからだ」

 会長は横に立つ女子生徒を紹介する。

「かるた部の佐山奈菜さん、一年生だ」

 佐山はペコリと軽く頭を下げる。まだ幼さの残る顔立ちは小動物を連想させる。会長はついでとばかりに残りの2人も紹介する。

「真ん中の生徒が筒井宗也、最後に川崎雄二。どちらも2年生」

 乃亜の目配せに会長は気づき、説明を続ける。

「一応、3人とも動機はある。三者三様ではあるがな。念のため身体検査もしたが、誰もデジカメを持ってなかった」

 なるほど、それで私の出番てワケね。

「どこかに隠しておいて、あとでデータを消す算段を立てている。だからこの場で犯人を特定しておきたいと」

乃亜は腕組みをして現場に立ち返る。会長が現場を保存してくれていたらしい。ありがたい限りだ。

彼の手元にはスケジュール手帳の9月のページが開かれた状態であったらしい。赤いペンを辛うじて掴んで、力の限り残したのだ。数字は床に書かれていた。

 2020.9.21.0:21

 それに加え、スケジュール手帳の27日から28日までに大きく横線が引いてある。

これが示すところは一体…。

「予定を見たところ…全体的にだいぶ詰まってるな」

「部長は校内でも有名な情報屋。いつもメモ帳・赤ペン・レコーダーを持って駆け回っている奴だ」

 会長がやれやれといった感じで補足する。生徒会も相当手を焼いていたらしいな。

 予定が無い週は3ヵ月先まで見当たらない。高校生にしては異様な詰め方だ。肝心な9月21日はというと。

「佐山さんと予定が入ってる。部長が書いた日付と同じだね」

「その日は、この間の大会で準優勝した件で取材をさせてもらいたいって……。でも、こんな時間に約束してません!確か取材の時間は午前9時からだったはずです」

「これも佐山さんの言う通り。予定帳の方は午前9時と書いてある」

 じゃあ、この数字の羅列は一体?

「絶対コイツが犯人だって」

 ぶっきらぼうに言ったのは筒井だ。

「佐山じゃないってんならこの数字はなんなんです。明らかにスケジュールがらみじゃん」

「でも時間が違うじゃないですか!」

 佐山と筒井がバチバチと火花を散らすと会長が間に割って入る。川崎はそれを見てるだけだ。

いや、切り離して考えるのはまだ早い。何かあるはずだ。取っ掛かりが。

 この横線はなんだ?27から先を消そうとした?どうして?

 その時、一つの可能性に乃亜は気づいた。脳内で検証を始める。ものの十秒も掛かるまい。

「なるほどね」

 さて、解決といこうか。今回は早めに帰れそうだ。


   *   *   *


「待たせた。会長」

「やっとか!早くして!」

 会長は今にも殴り合いそうな2人を必死に宥めてる。そうだな早く始めるか。

「引っかかるのは一つ。佐山さんが犯人だった場合、何故間違った時間を書いたのか」

「単純に勘違いだろ」と噛み付いたのは筒井。

「わざわざ9月のページを開いてるのに、確認しなかったの?犯人を示すならそこは確実に書くんじゃない?」

「勿体ぶらず言って下さい」

 筒井のイライラが伝播したのか、川崎も突っかかる。

「部長が書いているのを見た真犯人は、犯人を勘違いしていると思い込んだんだ。しかし実際はそれを狙ったメッセージというわけ」

「なぜそんな紛らわしいことを……」

「では、会長。もしあなたが犯人だとして、目の前で被害者がワケの分からない数字の羅列を書いていたらどうする?」

「すぐに消す」

 ハッと3人は目を皿のように丸くする、

「そう、だから部長はメッセージを暗号化して書いた。犯人がそれを見ても消すことの無いようにね」

しかし捻った見方はしないはず。取り逃せばデータが消されるのを部長も分かっていたのだから。第三者が考えたらわかるように、かつ動揺しているであろう犯人には即座に分からないようにしたはずだ。

 さて、本題だ。

「そうだね、解決の糸口は日付を消すように書かれた横線。これは27から31はいらないって意味だと思うの」

 誰もが黙って聞いている。乃亜は続ける。

「大事な意味をもつのは1から26。これを前提に据えて、どのようにメッセージを残すか」

「ポリュビオス暗号表?」と会長。

「そこまで複雑にはしない。純粋に26個の数字を文字に置き換える。ましてや学生なら超身近」

「アルファベットですか?」

「ご名答」と乃亜が佐山に拍手を贈る。

20/20/9/21/0/21

「これをアルファベットに置き換える。0はカウントしない」

T/T/I/U/無/U

「さすがに順番までは完璧に出来なかったけど、この程度のアナグラムなら中学生でも解ける」

 TUTUI

「犯人は筒井君、あなたよ」

 乃亜の指差しに、筒井は一瞬で顔が歪む。

「こんなのでたらめだ!証拠を見せてみろ証拠を!」

「この期に及んで、お前…」と呆れる会長。

「あんまりこういうのは好まないのよね。相手を追い詰めるようで、反省は二の次になってしまいそうだから」

 乃亜は残念な表情を見せる。

「会長さん、部長かこの3人の所持品にこれはあったかしら?」

 乃亜は会長に耳打ちすると即座に答えた。

「いや、どちらにも無かったよ」

「やっぱりね」と乃亜は呟いた後、床に顔をつけ何かを探し始めた。

 ビンゴ。思った通りだ。

 机の下。埃が溜まっている中、滑り込んだ跡がある。乃亜は見つけた物を拾い上げる。

「テープレコーダー!」

 乃亜はレコーダーのボタンを押した。

『クソッ、どこに隠したんだ玉置のヤツ!絶対差し替えんならこのファイルに入ってるはずなんだが…』

 そこで乃亜はスイッチを切った。その場の誰もが声の主に覚えがある。

「今のレコーダーってここまで音質がいいのか。誰が喋っているのか丸分かりだね」

 「ねぇ、筒井君。これでもまだとぼけるつもり?」

 筒井は糸が切られた操り人形の様に膝から崩れ落ちた。


   *   *   *


 数日後、昼休みの午後。

 乃亜がいるのは校内の中庭。そのベンチの一つに座っていた。

「申し訳ない、待たせた」と真凛が合流。

「いや、私も今来たとこ」

 そう言ってスマホをしまうと乃亜から切り出した。

「今回の件、まさか事件ごと記事にしちゃうなんて、玉置君には恐れいるよ」

「ホントにな。ところでテープレコーダーがどこかにあるとなんで分かった?」

「気になった点が1つ。何故スケジュール帳を開いたままにしたのか」

「それは犯人を伝えるためだろ」

「もし、この現場で部長の書いたメッセージが無かったらどこを見る?」

 真凛は少し考える。

「なるほど、事件当日の日付か。それは見てなかった」

 盲点どころか当たり前のことを見逃していた。反省点だな。

「その日はいつも通り取材が入っていた。だったら赤ペンとテープレコーダーを持っていてもおかしくない」

 赤ペンを使っていた時点でレコーダーの存在も考慮するべきだったのか。本当に細かいとこまで見てるな。

「あくまでおかしくないの範囲だろ。決め手にはならない」

「確かに決め手には欠けるね。でも赤ペンとテープレコーダーは一番最初に真凛ちゃんが言いだしたんだよ?親友の言葉は信じなきゃ。全部を疑ってたらキリが無い」

 “親友”、“信じる”、それを言われちゃったらこっちは反論できないじゃないか。真凛は自分の頬が熱くなってるのに気付き、顔を逸らす。

「それでテープレコーダーね、合点がいった」

 頭を冷やし向き直ると、そこでやっと真凛はソワソワと何かを待ちわびる乃亜に気付いた。

「悪い、忘れてた。今回のお礼だ」

 真凛は持ってきた紙袋から注文の品を取り出す。

「購買の限定オリジナルカスクート。これでいいか?」

 「ヤッホイ、待ってました!」とすかさず受け取り、封を開ける。食べる前にキチンと手を合わせいただきますも忘れない。

「ついでに聞いてもいいか?」

 乃亜は頷く。了解を得たので聞こうか。

「メッセージの2020の部分なんだが、なんで2/0/2/0 じゃなくて20/20の切り方なのかなって」

「数字をアルファベットに変換した時点で、日付も英語読みで区切るのかもって思ったの」

乃亜の即答に「あぁ、そうか」と真凛は思わず頭を掻く。

「twenty twentyだから20/20区切り。それなら筋が通るか」

「優等生の真凛ちゃんがこの程度も分からないとは、もっとグローバルに生きようよ人生さ」

 勝ち誇ったように鼻を伸ばす乃亜。

「今、日本は世界から良くも悪くも注目の的になっているのだよ。外国語の一つや二つ使いこなせなくちゃ」

「良くも悪くも………か」

 乃亜はカスクートを飲み込むと牛乳をいっきに飲み干した。

 良くも悪くも自分次第。玉置が自らが襲われた事件をネタに変えたのも、このピンチをチャンスに変えられると思ったからであろう。

 だが事件なんてそうそう出会うもんじゃないし、自分が被害者ならむしろ出会いたくもない。

 ふと見上げると青々とした空に飛行機が白線を引いていく。まるで右肩上がりのグラフである。

 どこまで描かれるか分からないその白線を目で追いながら願った。

 この何気ない日常が続くことを。

 ただただ願った。






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