第五十二話:迫りくる恐怖の食卓


「作戦はこうだ」


 白色電灯の下に五人が円陣を組んで座っている。イミカは肩が血まみれのタールを見ても驚かなかった。どうやらそういったファッションだと思っているらしい。俺らの事情を聞いてもさほど驚いていない様で彼女の気の強さを感じる。

 皆が俺に注目していた。俺は咳払いをして先を続ける。


「イミカには特別警察の服装を作ってもらう」

「一夜にしてそんなもの作れるのか? しかも、三人分も」


 疑念にあふれるタールの袖をアンニュイな顔のリーナが引いた。


「えっと、四人分かしら?」


 その様子を見てイミカはすかさず口を挟む。しかし、リーナを連れていくことは出来ない。


「リーナはここに置いていく」

「なんで、私も行く」

「危ないからだ。俺達は何が起こるか完全に分からないのに今まで君を巻き込んできた。これからは少なくとも疑いが晴れるまではイミカと一緒に居たほうが安全だ」

「嫌」

「嫌ぁ……?」


 思わず素っ頓狂な声が出てきてしまう。彼女が「嫌」と言って、俺の腕にいきなり抱きついてきたからだ。髪が白色の照明の光を反射して独特の金属反射を見せている。銀髪の頭が目の前に迫ってきた。彼女の息遣いが直に感じられる。リーナは頬を俺の腕に擦り寄せた。


「アレン、今まで傷ついても私を助けてくれた。でも、それは返すのことが出来てない。だから、アレンが傷つくかもしれないと私も一緒に行く」

「リーナ、だがな……」

「止めても、行くから」


 彼女は顔を上げてこちらを見た。水色の瞳が強い意思をこちらに伝えてくる。


「これくらいはさせてほしい」

「分かった。だがリーナ、付いてくるのは良いが俺の指示には従うこと。良いね?」

「分かった」


 俺はリーナが腕にひっついたままなのが気になりながらも話を本題に戻すためにもう一度咳払いをした。気づくと他の三人から温かい目線を送られていた。なんだか、気恥ずかしい。


「四人分の特別警察の服装だ。作れるだろ?」

「まあ、小物は作れないけど服くらいだったら」

「マジかよ、出来上がりが気になるぜ」

「あなた達がここに居ない間に色々届いて、材料が揃ったのよね」

「それじゃあ、それは頼んだ」


 俺は顎を擦りながら話を進める。もう二日も髭を剃っていない。無精髭が手に刺さるようで少し不快だ。


「行政庁まで行って、受付を通ってレーシュネ長官に会う。証拠を見せて無実を証明した後、彼を説得して軍なり警察に爆弾を回収させるという算段だ」

「レシェール大臣が居たらどうするんです?」

「居ないと思う。本土政府の閣僚がこんなところにいつまでも顔を出してるわけがない」

「道中で俺達だってバレたらどうすんだ?」

「逃げる必要はない。俺達には無実だって証拠があるからな」


 タールは微妙な顔をする。確かに捕まっても問題はないと言われても逮捕されるのは不安なものだ。捕まってしまえば居留区の爆破を止められないかもしれないが、そればかりはどうしようもない。

 と、そんなことを考えているとくぅ……とひもじそうな音が聞こえた。俺の腹の虫が鳴いたようだ。シアはそれを聞いて自分のお腹に手を当てて、少し物寂しそうな顔をする。


「そういえば、二日間もまともな食事にありつけてませんでした」

「ヨケルは美味しかったけどな」

「あれを除けば他に何も食べてないじゃないですか」

「確かに」


 俺が短く答えるとまたくぅ……とひもじそうな音が聞こえる。音の位置は違いが、今度は俺ではない。リーナだ。彼女は顔を真っ赤にして俺の背中に逃げ込むように隠れた。


「イミカ、何か一品でも作ってくれないか?」

「いきなり押しかけて夕飯までせびるわけ?」

「すまん」

「冗談よ、しょうがないわねぇ……」


 イミカはそんなことを言いながら部屋の奥の方へと消えてゆく。しゅるるっと何かを巻いた音が聞こえる。布と布の合間からエプロンを付けたイミカが見えた。

 四人は布だらけの汚部屋の一角に残された。一応安全とも思える場所に逃げ込めたことで気が抜けたのか、タールはぼんやりと呆けた顔で天井を見上げていた。俺も似たようなもので中空を見つめている。

 明日は緊張が最高潮になるであろう。今のうちに皆に英気を養ってもらわねばならない。イミカの出す食事をゆっくりと待とうと思っていたが彼女はすぐにこちらにやってきた。手元に幾らかの皿を持って布と布の間をすり抜けてやってくる。

 違和感を感じた瞬間、その異臭に気づいた。少なくとも食べ物の臭いではない。危険を感じて口元を手で隠してしまった。満面の笑みと自信に胸を張ってイミカはその皿の上に出来た存在を食卓に並べてゆく。皿の上で素材が見るも無残な姿で横たわっている。ある皿は黒と紫と青の地獄であり、またある皿の中では原色がうねうねと這い回っている。

 どうしたらこんな物ができるのか。少なくとも食べ物とは思えない。


「お、おい、イミカ? それはなんだ?」

「え~? 残り物が丁度良くって久しぶりに料理しちゃったのよ~! いい匂いでしょ?」

「毒物っぽい臭いがする。食べたら三時間くらい気絶するんじゃないか」

「そんな馬鹿な話無いわよ」


 タールは皿の上の地獄を見て顔面蒼白になっていた。そりゃ、あんなものを見れば誰だって正気度が下がる。

 俺は努めて平常な風にイミカに話しかける。


「分かった。フリーズドライのバート風茸汁ペーターラージタン・スーイバイモーベーンでも無いのか? スープが欲しかったところなんだ」

「え? ああ、そうねえ」

「あと、それなら炊いた雑穀もあるとよく合うんじゃないか?」

「確かにそうね。持ってくるわ」

「いや、イミカにばっかり動いてもらうのは申し訳ない。俺がやるさ」

「あらそう? なら、お言葉に甘えさせてもらうけど」


 俺はため息をつく。かくして、四人は得体のしれないイミカの料理を口にすることなくこの日を終えることが出来たのであった。

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