第三十九話:馬はやっぱりダメだな
俺達はラッビヤ人らしき男たちの馬に乗せてもらって移動を続けた。リーナの話によれば村に戻る途中だったらしく、タイミング的には丁度良かったのだろう。初めての乗馬だったが、乗っている馬の体温が思ったより高いように感じられた。そして、結果をいえば少女に密着することは回避された。
暫く湿原を旅していると村落が見えてきた。背の低い建造物がまばらにあって、その一部からは煙が上がっている。
「やっとまともに休めそうだな」
「そうだと良いがなあ」
ある程度村に近づいてくると、馬の足を止めた。先頭の若そうな男だけが馬から降りて、隊列から少し離れてがに股の独特なポーズを取る。周りの男達は当然のことのようにその男を見守っていた。涼やかな風が吹く湿原の中、男が騎馬の隊列の前でがに股で手をゆっくりと上に伸ばし、そして叫んだ。
「ホッホッホーッオ、ホッホーッオ!! ホルティンギニルタスュフチアジョシュムユニツィルム! ギュルトニルニンジョヒェルムイゴシュマグ!」
先頭に居た青年はこれを二度、三度繰り返す。馬上から他の男達は彼を静かに見ていたが、ラッビヤの文化を何も知らないに等しい俺達にはただ単に奇妙なポーズでいきなり叫び始めたようにしか見えなかった。村に入るときには若者が一発ネタをする慣習でもあるのだろうか? にわかに信じがたい。
丁度隣の馬に乗っていたリーナに訊こうと体の向きを変える。バランスを崩すと落馬しそうで怖いが、好奇心には勝てなかった。
「リーナ、あれは何なんだ?」
「呼び出してる」
「呼び出し……誰を?」
「村の人達」
リーナがそういうと背の低い建造物の中から人が現れた。何人もの村民が騎馬の隊列を迎え入れるように外に出てくる。それを確認すると馬の歩みを進め始めた。リーナの方に体が向いていたこともあり、振り落とされかけるが目の間の騎者にしがみついて難を逃れた。背後からくすくすと笑う声が聞こえる。なんだ、上手に馬に乗れないのがそんなに可笑しいのか?
キレそうになっていたところで騎者は馬から降りた。支えがなくなったところで宙に投げ出された。完全に終わったと思ったが、騎者に受け止められ無事に降りることができた。馬に乗り降りするのだけでも一苦労である。
「馬はだめだな」
「確かに」
同じ苦労をしたのか馬から降りたタールが渋い顔をしながらやってきた。声は疲れが混じって聞こえた。
「少女に抱きつくのはまだ良いとして、降りる時に受け止めきれず怪我でもしたら大事だしな」
「こんなところで大怪我だなんて、冗談じゃねえぜ」
彼に頷き返す。ただでさえ医療の環境が整っていないこんな場所で怪我などすれば大事だ。
ともかく俺達一行は騎馬の隊列と共に村へと入っていった。村の建造物は基本的に石や泥、草木を使った原始的なものだ。ある程度の雨風は凌げそうだ。しかし、爆撃でも食らったが最後、村は跡形もなく灰燼に帰すことだろう。
俺はリーナとシア、そしてタールを手招きして近くに寄せる。
「滞在したとして二日か、長くて三日でここを出ることにするぞ」
「なんでだ? せっかく落ち着けるところが見つかったってのに」
「“連邦”、というより総務相が血眼で俺達のことを追ってる。あいつは国のためなら自国の人間でさえ殺す。血も涙もない奴だ」
「ああ、その話は何回も聞いたさ。でもここまで来たんだぜ、お偉方も場所は分かるまい?」
「総務相は怪しければ容赦なく手当り次第爆撃したり、部隊を差し向けるような奴だ。俺達はこの村でお世話になる。だが、俺達がここに長居し続ければ、村が跡形もなく消し飛ばされ、良くしてくれた人々が路上で血を流して死んでる姿を目にすることになる」
「あぁ……悲惨なのは見たくねえぜ。そういうのは趣味じゃないんだ」
「んで、防げる弊害は防がなきゃいけない。だから、二日三日でここを出ようと言ってるんだ」
タールは納得した様子で頷いた。しかし、シアの方は俺の話を訊きながら神妙な顔をしている。俯いていた彼女は一本指を立ててこちらの顔を見てきた。
「二日三日と言わず一朝一夕で出ていくのが最適というわけですね」
「そうだな」
「では、三日という話が出てきたのは何故ですか?」
「俺達の目的は居留区に戻ることだ。ここに滞在する目的はライフラインの確保の意味もあるけど、前任調査官や強盗殺人事件の協力者に関する情報を収集する意味もある。状況によっては数日滞在する必要があるかもしれないが、そこは賢く見極めよう」
「なるほど」
シアも頷く。長い黒髪が太陽の光に当てられて艶やかに煌めく。
「
怪訝そうにこちらを見るのは男連中のうちの一人だ。何をいっているのかははっきり分からないが、無用な不信感を与える前に俺達も彼らの後を追った。彼らは四人で話し合いをしているうちに村の方へと遠ざかっていたらしい。
「落ち着き次第、手分けして情報を集めるぞ。俺とタール、シアとリーナで分かれて、動く」
俺は後の三人に顔だけ向けて言った。
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