第97話

 「これが将棋の駒で、これが的当て用の投網。そしてこれが、文字を勉強する為の、文字盤だ」

 俺はリミアの部屋で、朝の準備を終えたコグモに、今日使う道具について説明していた。

 コグモは「ふむふむ」と、言いながら、道具を興味深そうに見ている。

 

 「……んじゃ、行くか。……これ、宜しくな」

 ひとしきり説明を終えた俺は、袋に道具を詰めると、重くて持てないので、コグモに渡す。

 

 「はい。分かりました。……では、行ってまいります。お嬢様」

 コグモは渡された袋を、スカートの下から出した、頭付きのムカデの胴体で作られた尻尾の様な物で巻き取ると、俺を人間の腕に抱えた。

 ワザとなのかは分からないが、大ムカデはこれを見て、どう思うのだろうか……。

 

 「今日の訓練。私も付いて行く」

 コグモと、コグモに抱きかかえられた俺が部屋を出て行こうとした時、椅子に座っていたリミアが突然立ち上がり、言った。

 

 「な、何だ急に。お前は、巣の拡張工事があるんだろ?」

 地下の崩落と浸水を防ぐため、新しい穴や、広げた穴には、リミアの丈夫で、撥水性のある糸をコーティングしないといけないのだ。

 勿論、その仕事はリミアでなければできない。


 「私も行きたい……」

 俺に注意され、シュンとなるリミア。

 ただ、駄々をこねない分、大人になった。

 

 「んじゃ、流石に、今日って言うのは皆の都合もあるだろうから、諦めて、明日をお休みって事にして、皆に話をすれば良いんじゃないか?準備して、皆で出かけるのも悪くないだろ。……ほら、ピクニックって奴だ」


 まさか、この食う食われるの世界で使うとは、想像もしなかった言葉だが、仲間が集まった今なら、それも可能だろう。

 

 「ピクニックとは何ですか?」

 ピクニックを知らないのか、質問してくるコグモ。


 「ピクニックと言うのはだな、皆で家の外で遊んで、家の外でご飯を食べて、親睦しんぼくを深める行事だ」

 俺は得意げに話す。

 

 「……まぁ、お嬢様の決定次第だがな」

 俺はリミアの顔を見る。

 

 「分かった。明日まで、我慢する」

 少し不満そうではあるが、納得してくれたようだ。

 

 「えらいぞ、リミア……」

 俺が糸を伸ばしてその頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。

 

 「じゃあ、改めて行って来るな!」

 俺はリミアに声を掛けると、部屋を出た。

 

 「……昨日、お嬢様と何かありましたか?」

 廊下を歩いている最中に、耳打ちをしてくるコグモ。

 どうやら、はたから見ても、リミアの雰囲気は変わって見えたらしい。

 

 「あぁ、ちょっとな。……まぁ、ちゃんと家族になったってだけだよ」

 そう言う俺に、コグモは何か思う事があったのか「家族ですか」と、呟き、遠くを見た。

 

 そう言えば、コグモは何故リミアの仲間になったのだろうか。

 コグモに色々と世話になっている俺だが、考えてみれば彼女の事をあまり知らない。

 

 聞いても大丈夫なのだろうか?

 本人が言わないなら、このままで良いのだろうか?

 

 ……まぁ、俺が今のコグモを理解していれば、それで良いか……。

 俺は今の関係が心地よかった。あまり、かき乱すような真似はしたくない。

 

 俺は結局、何も聞かずに、心地よい彼女の腕の中で、抱かれ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る