第89話

 「暗いな……」

 コグモにかかえられ、地下に潜った俺は、体を発光させる。

 

 「……便利ですね。それ」

 コグモは足を進めながらつぶやく。

 

 「コグモは見えるのか?俺は何とか、糸を拡散すれば、触れた部分だけの地形は分かるが……」

 神経を集中するのが疲れるし、風になびくし、絡まった時が一番面倒なので、常時展開はしてないが。

 

 「私の体は他の生き物のパーツで出来ているので、今の状況なら……。音や空気の流れ、匂いに湿度、赤外線、辺りを使っていますかね」

 体に色々な生物の感覚器官が付いているのは知っていたが……。


 「ウへぇ……。凄いな。俺は生きている他人から、情報処理済みの感覚を共有する事で精一杯だぞ……。自分で動かしたり、処理したりなんて……。しかも複数とか、考えられない……」

 色々な感覚を自身の分かる様に頭で処理しながら、喋って、歩く。

 考えただけで頭がパンクしそうだ。

 

 「慣れですよ、な、れ」

 人差し指を上に向け、くるくると回し、得意げに語るコグモ。

 進化の影響だろうが、現に俺ができていない事を出来る様になるほど、努力はしているのだ。素直に感心する。

 

 「すごいなぁ……。俺も練習すれば出来る様になるかなぁ……」

 今まで俺も、進化を意識して、努力したことはなかった。

 方向性を意識して、訓練すれば、良い結果が得られるのかもしれない。

 

 「きっとできますよ!お嬢様の親族なわけですし!」

 嫌味なく、元気な声で応援してくれるコグモ。

 家の娘と交換してもらえないだろうか?

 

 「そう言われると、頑張ってみたくなるな!」

 そう言う俺にコグモは「はい、頑張ってください!」と、励ますような笑顔で答える。


 しかし、どう頑張ったものか……。

 正直、どうして行きたいと言うビジョンがない。

 強いて言うなら、糸の数を増やしたいとか、糸の射出速度や、操作性を上げたいとか、基本的に糸に関する事ではあるのだが……。

 

 「目標をまとめるのは難しいな……」


 「そうですか?やりたいと思った事を繰り返せば良いだけじゃないですか?」

 不思議そうに、幼い顔を傾けるコグモ。

 沢山の事に目移りして、動けなくなってしまう、駄目な大人とは違うらしい。

 

 「お前の姿は、おじさんにはまぶしすぎるよ……」

 若さとか、若さとか。


 俺なんか、生まれてこの方、心が若かった時期なんて、一度も無かったし、若い奴はいつまでも若いからな……。


 ……このまま栄養を吸っていたら、若さ成分を分けて貰えないだろうか……。


 その発想自体に、年を感じる俺。

 自分自身の、ジジイ臭さに、げんなりする。


 コグモはそんな俺を見て「何言ってるんですか?ルリ様の方が眩しいですよ?私、光る器官、持ってないですし」と、素でボケをかましてくる。


 多分、若いうちは、自分の輝きに気が付かないんだよ……。


 俺は有能で、心の広い若者を拝みながら、さらに地下深くへ潜って行った。

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