第75話

 宿主の威嚇を無視し、優雅に歩いてくる、小人の様な彼女。

 その黒い髪は良いとして、あいつの着ているメイド服は、昔、リミアが縫っていた物にそっくりだった。


 「貴方が、ルリ様ですね?」

 久々に聞く、声と言う物に驚く俺。

 人型をしているからと言って、共通の言語が喋れるとは思わなかった。

 しかし、逆に、俺と同じ言葉を使えると言う事は……。

 

 「お前、リミアの関係者か?」

 その言語を扱えるのは、俺か、リミアしか、いないはず。

 

 「そのお答えは、ルリ様と言う事で、宜しいのですか?」

 質問に答えない俺に、質問で返してくる彼女。

 幼い顔立ちに、張り付いたような笑顔。まるで、そう言った仮面を付けている様だった。

 

 ゆっくりと近づいて来る彼女を警戒し、俺は宿主の上へ飛び乗る。

 

 「あぁ!俺がルリだ!お前はリミアのなんだ?!敵か?!」

 宿主の上から、吠える俺。

 

 「そうですね……。貴方の味方、と言うのはどうでしょう?」

 そう言って、宿主に向かい、目で見える量の糸を飛ばしてくる。

 彼女も俺と同じように、多量の糸は手首の辺りから出すようだった。

 

 「避けろ!」

 宿主に指示を出し、ステップを踏ませると、距離を開けた。

 

 「あらあら、連れないですね……」

 彼女は大げさに、悲しそうな態度を示すと、何事も無かったかのような笑顔で、こちらに向きかえった。

 表情はあると言うのに、そこから一切の感情を感じられない。……不気味だ。

 

 「では、どうでしょう?そこから降りて、情報交換など、致しませんか?」

 ……確かに、相手の情報は欲しい……。

 

 「情報交換はこの場所からでもできるだろ!」

 相手の情報は欲しいが、その誘いに乗るのは、迂闊うかつすぎる。

 

 「そうですか……。では、力ずくで降りて頂きます!」

 彼女がそう言った途端、俺に糸が巻き付く。

 

 彼女は何もしていないのに、何処から?!

 上を見上げると、風に乗って、幾匹ものコグモが宙を舞っていた。

 彼女の、無駄なおしゃべりは、俺に気付かれず、この時間を稼ぐための物だったらしい。

 

 宿主の背の上、動けなくなった俺の周りに、に多くの蜘蛛が、上空から、俺を囲むように降りて来た。

 あの女も近づいてきている。

 

 「逃げろ!」

 動けない俺は、宿主に向かって叫んだ。

 

 「そうはさせません!」

 宿主が走り出す直前、十分に距離を詰めて来ていた彼女が、糸を飛ばし、宿主に張り付いて来ていた。

 

 「糸で張り付いてきている!振り払え!」

 俺が宿主に指示を送ると、宿主は加速と遠心力を使って、何とか、彼女を振り払おうとする。

 

 「な、舐めないでください!」

 彼女は必死に糸にしがみ付きながらも、加速が緩んだ一瞬の隙に、俺に掌を向ける。

 

 やばい!そう思った瞬間には、彼女から放たれた糸が、動けない俺の体に、張り付いていた。

 

 「チャックメイトです」

 彼女は宿主に張り付いていた糸を切ると、俺を宿主の上から引き釣り降ろした。

 

 宿主は俺が落ちたとこに気付かず、走り去ってしまう。

 その速さがあだとなってか、宿主とのリンクの糸も切れてしまった。

 これでは呼び戻す事も出来ない。 

 

 「ククククククッ……!捕まえた!捕まえましたよ!お嬢様!!」

 一緒に飛び降りて来た、コグモ達に囲まれながら、一人笑う彼女。


 俺はどうなってしまうのだろうか?

 彼女の目的は何なのだろうか?

 リミアとはどのような関係なのだろうか?

 

 しかし、まぁ、とりあえずは……。

 あの優しい宿主から、無理矢理にでも切り離されて、少し安心した、俺がいた。

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