第9話

 オークは、豚人間だった……

 コボルトやゴブリンは、人型の二本足歩行だったけれど、動物のような毛が全身を覆っていたり、毒々しい緑色の肌だってりしたので、人間とは思えなかった。

 だけどオークは、肌の色は人間とそんなに違わないし、顔を見なければ少し毛深い鍛え上げた筋肉質の人間にしか見えない。


 でも顔は豚そのものだ。

 養豚場の豚は人間を襲わないように牙を切っているが、異世界のオークは猪と同じように鋭い牙がある。

 触れただけで粉々にされそうな剛力の一撃も怖いが、あの牙で噛みつかれたら百婆ちゃんが貸してくれた板金鎧すら貫通するのではないかと、恐怖を感じてしまう。


 オークはその剛力を生かせる武器として、長大な金砕棒を振り回す。

 だが、幼い頃から鍛え上げられた俺には通用しない。

 速度も破壊力も油断できないが、油断しなければ見切ることができた。

 最初は見切って躱して、オークが装備している板金鎧の隙間を的確に槍で突いていたが、槍が易々と鎖帷子を突き破るので、試しに板金鎧の上から急所を突いたら、軽々と貫通してくれた。


「ふぇふぇふぇ。

 槍太はデリケートじゃのう」


「やかましい!

 顔以外人間そのもののオークなんか喰えるか!」


「ふぇふぇふぇ。

 小さい頃から鍛えてやったのに、役に立たんかったか」


「やかましいわ!

 これでも友達の間じゃ十分野蛮人で通っているよ!

 今の日本で、自分で鶏をしめて首を斬り、逆さに吊るして血抜きした事のある中学生なんて、うちの一族以内存在しないよ!」


「ふぇふぇふぇ。

 日本の非常識は世界の常識じゃ。

 命を奪って食べていると理解していないのは、先進国と自慢している愚かな国の人間くらいよ」


 百婆ちゃんの言う事にも一理あることは理解している。

 理解しているが、そんな事を口にしたら、日本では生きずらいのだ。

 まして、保健所に届けてして、家の中に屠畜場を開設するのはやりすぎだ!

 それが俺達子供に、狩猟で狩った鹿・猪・熊や、飼っている豚・牛・山羊・羊を解体体験させるためだとは、友達に話せることじゃない。


 子供は、俺のような玄孫だけではない。

 百婆ちゃんからみれば玄孫・曾孫・孫が混在していて、どれだけ子沢山の一族なんだと、話すのが恥ずかしい。

 年下の叔父さんどころか大叔父さんまでいるのだから。

 

 豚も猪も自分で解体したことはある。

 自分が解体した豚や猪を食べたこともある。

 だが、オークは食えない。

 絶対に食べたくない。


「百婆ちゃん。

 狩ったオークを売った金があるんだから、俺の喰いたいものを喰わせてくれよ。

 それくらいの自由は与えてくれないと、もう百婆ちゃんに付き合わないからな!」


「ミト、食は大切だ。

 同じ一族とはいえ、信じる宗教や結婚相手によったら、食を制限することもある。

 我らエルフ族も菜食主義だ。

 ここはソウタの好きなものを食べさせてやれ」


「ふぇふぇふぇ。

 しかたないのう。

 好きなものを頼め、槍太」


「おぉぉぉい。

 鯉の唐揚げをくれ」


 今は肉は食べたくない。

 一生食べないとは言わないが、今日は豚だけじゃなく牛も鹿も食べたくない!

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