第17話 ペリー、浦賀に襲来す
嘉永六(一八五三)年六月三日、長州を、日本の歴史を大きく変えることになる大事件が起こった。
アメリカ東インド艦隊司令長官のペリーが、フィルモア大統領の国書を日本の将軍に渡すべく、四隻の軍艦を率いて江戸湾入口の浦賀に来航したのだ。
ペリーが率いていた四隻の軍艦の名はそれぞれ「サスケハナ」「ミシシッピ」「プリマス」「サラトガ」といい、そのうち「サスケハナ」と「ミシシッピ」は蒸気船でその重さは一〇〇〇トンをゆうに超えていた。
また軍艦に備え付けられていた大砲は合計で約一〇〇門であり、そのうち大きなものは一〇インチ砲が二門、八インチ砲が一九門、三二ポンド砲が四二門の計六三門であった。
それに対してこの当時の日本の船は重さ約一五〇トンの千石船が最大であり、また浦賀含む江戸湾沿いに備え付けられた約一〇〇門の大砲のうち、ペリーの軍艦の大砲に匹敵する大きさの大砲はわずか二〇門足らずしかなかった。
未の上刻、鮑漁をしていた浦賀の漁師たちから通報を受けた浦賀奉行所は四隻の軍艦に対して番船を差し向けるも、蒸気で走る軍艦の速度に追いつかず置き去りにされてしまう有様であった。
申の下刻になってようやく軍艦が投錨、破泊したので、浦賀奉行所与力の中島三郎助、香山栄左衛門、近藤良次等と、オランダ語通詞の堀達之助・立石得十郎が番船で軍艦へと向かった。
「何とか軍艦の近くまで来ることができたが一体どの軍艦に乗り込めば良いのじゃ?」
番船の数十倍の大きさはある軍艦を目の当りにして、困惑しながら三郎助が言った。
「あの丸い水車みたいなものがついている船に乗り込めば良いのではないのか?」
栄左衛門も三郎助同様困惑しながらミシシッピ号を指でさして言った。
「いや、中心の帆柱に旗をかかげているあの軍艦に乗り込むべきです!」
通詞の達之助が自信ありげな様子でサスケハナ号を指でさして言った。
「あの旗は異国の法でしかるべき高官が乗っていることを示す標章みたいですので、談判するならあの軍艦に乗り込みましょう!」
こうして一行は達之助の案に従い、サスケハナ号の舷側まで乗り付け舷梯を下すよう手真似をするも拒絶され、船の中から出てきた中国語通訳のウィリアムスとオランダ語通訳のポートマンにペリー提督は最高の役人以外の者には会わない旨を告げられてしまった。
「貴公らはどこの国の者なのか? 一体何しに日本を参ったのか?」
達之助はオランダ語で声を張り上げながら船の上にいるポートマンに尋ねた。
「我々はアメリカの者でこの度は日本国皇帝に大統領書簡を渡しに来た! この船には書簡を所持した司令長官が乗っている!」
ポートマンも負けじとオランダ語で声を張り上げ、船の下にいる達之助の質問に答えた。
「それならば私たちをぜひ乗船させて頂きたい!」
先程舷梯を下すことを拒絶されたにも関わらず達之助はなおも粘り強く交渉した。
「それはならぬ! 長官は浦賀の最高位の役人にしか会われない!」
ポートマンは頑として達之助の要求を拒否した。
「ならばこの者はこの町に於ける高官で、身分は浦賀副奉行である!」
達之助は咄嗟に機転を利かし三郎助を指差しながらそう言った。当の三郎助は突然浦賀副奉行であることにされて驚きながらも、副奉行らしく振舞おうと威厳たっぷりに咳払いをしてみせた。
「なのでそちらも副奉行に相当する士官を任命して、ぜひ商議したいと思うのだが如何であろうか?」
達之助が畳みかけるようにして言うと、ポートマン達は長官室にいるペリー提督に相談すべく船の中へと戻っていった。
その後、ポートマン達は再び船の中から出てきて、浦賀副奉行と通詞の達之助のみに乗船許可がおりた旨を三郎助達に伝え、三郎助と達之助を艦長室へと案内した。
艦長室にはペリーの副官であるコンティ大尉が控えており、今回彼がペリーの代理人として商議にあたることとなった。
「貴殿等は一体何が目的でこの国に参られた?」
三郎助は副奉行を演出すべく威厳たっぷりに尋ねた。
「我々は本国からの日本国皇帝宛の国書を渡すためにここに来た!」
三郎助の質問に対しコンティは威圧的な態度で答えた。
「この地は外国人を応接する地ではないので長崎に参られよ!」
コンティに負けじと三郎助もより威厳たっぷりに言った。
「それはできぬ! 提督がそもそも浦賀に来られたのは江戸に近いからであり、長崎に行くことは断じてできぬ!」
コンティもあくまで威圧的な態度を崩さなかった。
「外国人と応接するのは長崎のみと国法で決まっているため、何としてでも長崎に回って頂きたい!」
三郎助は何とかしてコンティを説得しようと試みた。
「それはならぬ! この浦賀の地に高官を寄越すか、直接江戸に国書を持参するかのどちらかである!」
コンティは三郎助の要望をにべもなく一蹴した。
その翌日、今度は与力の香山栄左衛門が浦賀奉行を詐称してサスケハナ号に乗り込み、コンティと商議したが三郎助同様一蹴されてしまった。
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