転生した骸骨兵士~猟犬と人面鳥しか仲間はおりませぬがご主人を守ってみせましょう

石田宏暁

骸骨兵士

 森のなか、落ち葉を踏み鳴らして敷地の巡回をしていると、いっぴきのヘビが走っていくのが見えました。


 ひさしぶりの肉に、手前は目を疑いました。まあ、目玉がないので疑りようもありませんが。


 はい、こんにちは。手前は、骸骨兵士スケルトンでございます。名前なんてものは、ございません。


 それどころか、顔や内臓もありませんので臓器移植のご相談にはのれません。あしからず。


 勇者と魔王の長きにわたる戦争のおかげで、このような田舎の古城まで食料不足に悩まされる毎日でございますれば。


 いえ、もちろん手前が食べるためではございません。相棒の猟犬ガルム人面鳥ハーピーの餌くらいなら、なんとかなります。


 事実、彼らはほとんど食べなくても生きていけますし、木の皮でも齧っていればそれなりに満足します。

 

 問題は手前どもを指揮している中隊長、獣人アンナ様でございます。彼女は勇者軍におされ、敗北寸前の魔王軍を救うため、最後の手段にうってでたのでございます。


 死霊術師ネクロマンサーを集めて骸骨兵団と猟犬軍団、人面鳥の大群を作り出した……はずでした。


 ですが、実際に出来たのは一匹づつの出来損ない。もう、魔力なんてものは弱まっていて、いかに優れた術師であろうが、数をつくるなんてことは不可能だったのでございます。


 魔力なくして戦士など作れませぬ。戦力外になった死霊術師たちはさっさと逃げて行きました。


 ひとり城砦に取り残された、哀れなご主人のために、食料を調達する日々。


 かくいう手前も、ほとほと疲れました。肉体は無いので精神的にという意味でございます。


 足元のヘビを追い回していると、木の枝に長靴ブーツを引っ掛けてしまいました。どうも調子が悪いとおもったら肩甲骨の位置がずれておりました。


 休まずに炊事や掃除、食料の調達に城砦の設備の修理、修復。過酷な労働には骨がおれます。


 もう、こんな生活はやめてしまいたい。本来、こんな雑務は転生した骸骨兵士の仕事ではございません。手前は、勇者軍と戦って一度死んだ身なれば。


 芋や山菜、キノコのスープ以外に、ヘビの肉が手に入りました。今晩は、ひさしぶりにアンナ様にごちそうをふるまって差し上げられます。


 このままでは駄目で御座います……貴方の喜ぶ顔が唯一の楽しみになってしまっていまする。 


 はて、ひとの声が聞こえるような。


 手前は地面に穴を掘って集めた食料を埋めました。その地面に突っ伏すように身体で覆い隠しました。

 

 今日は標準装備の死神の鎧や愛用のショートソードは持っておらず、切れ味の悪い錆びたナイフとアンナ様が縫っくれた緑色のチュニック姿ですので、死体にしか見えませぬ。ギリギリセーフにてございます。


「おい、ここに死骸があるぞ。人間の骨かな?」


 背が高く胸毛のもじゃもじゃした戦士タイプの人間と、背の低い剣士タイプ。後ろからくるのは、露出度の高い恰好をした女魔法使いのようでした。


「ぼろぼろで、分からないな」


「きったない服を着ているわね。縫いあとが、そろってないし何年も放置されていたのかもしれないわね」


 アンナ様が一生懸命、縫ってくれた服をバカにするとは何たる不愉快。ですが、魔法使いに戦いを挑むほど拙骨は、愚かではございませぬ。聖水を使った槍を放たれれば、手前など一瞬のうちに天国に召されます。


 もう、死んでいる手前が死んだらどうなるのでしょう。今度、地獄の門番に聞いてくるとしましょう。


「むこうに城砦があるみたいだけど、魔王軍の気配はないわね。こんな田舎にはもう、モンスターはいないのかも」


「ちぃ、やってられねぇな」


「初任務がこんな探索ではやる気も失せますな」


 困ったことに、人間たちはアンナ様のいる城砦に向かっているようです。リーダーは背の高い胸毛。一番、腕があるのは背の低いだだっ広い鼻の剣士。それにエロい女魔法使い。


 なんとか、この三人を城砦から遠ざけねばなりませぬ。


 三人が木々の中へ消えて行くとすぐに、手前は森の反対から城砦へ向かって走りました。それは風を食ったように木々を抜け、沼の橋を渡り大急ぎで走りました。


 死んでもアンナ様を救わねばなりません。一度は死んでおりますが。


 日が落ちて、あたりが暗くなる前に手前は用意していた道具を取りそろえ、人間どもが来るのを待ちました。


 アンナ様に言ったところで、貴方は逃げないでしょうから、手前の勝手な判断で行動させていただきます。


         ※



『呪いの城』


 城砦の門には、ヘビの血で文字が書いてあります。これを見た人間は腰を抜かして逃げ去るという作戦でございますば。さっそく、やって来たようにございます。


「なんだこれ、血か」


「文字じゃないかしら……祝いの政? 何かの祝宴でも開かれているのかしら」


「なんだか、楽しそうな砦だな」


 なんと知性のない連中でしょう。よく読んでくれませぬか。ヘビの血が少なすぎたのが不味かったのでしょうか。そんなこともあろうかと、もう一つのほうは、カタカナで表記しておきました。


『チニソマレ(血に染まれ)』


「……チンコマン。どういう意味だろう」 


「下品なパーティーだったらお断りよ」


 気骨が折れそうになりました。血は滲んでしまって文字には向かないようです。三人は真っすぐ落とし柵の門をくぐり抜け、厩舎を通り抜けようとしています。


 城の中に入る前には馬の厩舎がございます。ぼろい小屋でございますが、暗闇から猟犬の声が響けば、どうで御座いましょうか。


 グルルルルル……。


「!!」


「何かいるぞ!」


 バサッ……バササササッ。


「上にも?」


「キエーーーッ!」


 コツココココココココ……。


「な、何かが近づいてくる音だ。いったん引くぞ」


「おお、木の柵が落ちている! 閉じ込められたのか!?」


 猟犬、人面鳥、そして手前の骨の音。追い詰められれば人は逃げたくなるものでございます。この恐怖、とっくりと味わっていただこうではございませんか。


「なんだ、死体が吊るされているっ!!」


『に、逃げるのです……これは罠です。厩舎の横に逃げ道があります』


「しゃ、しゃべったわ!?」


 人面鳥に吊るされた人骨がふわふわと浮いて御座いますれば。ついでに、あちこちでコツコツ集めた動物の骨もございます。


 暗闇に吊るしておけば、まるで骸骨兵士に囲まれていると思うでしょう。


「ひ、ひいいいいぃ!!」


「ライナス、大丈夫か? どこかやられたのか」


 なんという事でしょう。リーダーであるはずの胸毛もじゃもじゃが腰を抜かしてジタバタとしております。


 さっさと出て行ってくれればよかったのに。手の込んだ仕掛けが骨折り損でございます。


「か、囲まれてるのか」


「聖水錬成、魔法のホーリーランス!!」


 おおおっ、せっかく集めた骨たちが粉々になって消し飛んでいく――。


 なんて乱暴な攻撃をするのでしょう。MPの配分とか考えなのでしょうか。そんな高度な魔法をしょっぱなから放つなんて、老骨に鞭打つ所業にございます。


 バササササササッ……バササッ。


「きゃ、きゃああああああああああああああっ!!」


 人面鳥がボトボトと、女魔法使いめがけて毒蜘蛛を落とします。


 女性には、昆虫やクモを使うのが効くというのは知っています。アンナ様が毛嫌いするので、城の敷地内の蜘蛛や虫はすべて集めてあるのでございます。もっとも小さい虫は人面鳥が食べてしまいますが。


 だだっ広い鼻の剣士はリーダーを担ぎ上げ、女魔法使いの手を引き、厩舎の脇から、飛び出していきました。手前はやっと、肋骨を撫でおろすことができましょうかと安心いたしました。


「お前たちは、逃げろっ。振り向くんじゃないぞ、ここは俺がっ!!」

「た、たのんだぞ、グラウン」


 そういうの、いらないんですけど。


 こんな所でいいカッコせず、一緒に逃げてくれれば追いかけたりしませんのに。


 だだっ広い鼻男は、煌びやかに宝石で装飾の付いた新品のロングソードを構えて、ひとり残ってしまいました。そう言えば初任務だとか。


 たいする手前のショートソードは短くお粗末な代物で御座います。柄は酷使してきたために変色し、あちこち刃こぼれしております。


 幾度となく怒りと苦しみを持って振り降ろしてきた愛用の剣でございますれば……。


 キイィン――。


 負けるはずがあろうかと。


 あっけなく剣を落とした男は、手前の顔を見て真っ青な顔をしていました。無駄な殺生はしたくありませんでした。


『逃げて下され。手前は貴方を殺したくない』


「あ、あわわわ、ひ、ひいいいいぃ!」


        ※

             


『さて、スープが出来ましたよ。温かいうちにお召し上がりください』

 

 薄暗い静かなテーブルに座っているのは、まだ幼さの残る美少女でございます。


 獣人アンナ様は魔力を使い果たし、ただの子供になってしまいました。ついでに記憶も失っておられる様子なのです。


「さっき、わたしのこと守ってくれたのね。わたし知ってるんだから」


『お気付きでございましたか。ほんの三人、人間が城にはいってきました』


「でも、あなたが危険な目にあう必要はないのよ。わたしを置いて逃げたって、恨んだり責めたりしないわ」


『手前が好きでやっていることで御座いますれば』


「死んでほしくないのよ」


『もう、死んでおりまする』


「バカね、わたしなんかの為に傷ついて欲しくないってことよ」


『アンナ様。手前が……かつて死んだとき、手前はひとりぼっちでした。仲間はすべて駆逐されてしまいました』


 記憶は薄くなっていきますが、あの時の悲しい気持ち、寂しさだけは忘れることが出来ませぬ。たった一人で絶望のなか逝くのは、二度とごめんでございます。


 耐えられません、貴方をひとりぼっちにすることも。知らなければ良かったものを、あんな感情を知ってしまえば、どうにもこうにも。


『手前は……味方の姿はどこにもなく、敵に追われ、囲まれ、なぶり殺しにされたのです。でも、あなたは違います……あなたを、ひとりぼっちには、させたくない』


「うん。ありがと、ガイ!」


『ああ、何と。今生でまた新しい名を名乗れるとは、最高の名誉にてございまする』


「ふふっ……大げさなんだから。ガイはわたしのお父さんなんだからね。ずっと一緒にいてもらわなきゃ」


『お、おとう――。なんという喜びでしょう生きててよかった』


 あ、死んでましたね、手前。

     

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