恋ってさ、

boly

第1話 秋の入り口




 最近、耳にした噂。

 おれの目の前に座っているコイツが、同じこのクラスのアイツと付き合っている……らしい。

 ちなみにココ、男子校。

 アイツはたしか去年までバスケ部にいて、一年の頃は茶色っぽいフワッとした髪がチャラそうに見えて内心ケッと思ってたけど、話してみたら見た目ほどいい加減なヤツじゃないってことがわかった。なんとかって名前のアイドルに顔が似ているらしくて、ヒサシの妹だかねーさんだったか忘れたけど、クラス写真を見て騒いでいたらしい。


 もう一人のコイツ。おれの目の前にいるガリ勉。もう、頭のてっぺんからつま先まで、まごうことなき勉強の虫。普通科もスポーツ科もそれなりにお利口だけど、そいつらがもれなくひれ伏す……までは言わないけど、まぁそれぐらいお勉強のできる少数精鋭、特進科の中でもたぶんトップクラス。常におれらの上空にいるヤツ。コイツの背中がだらぁっと椅子にもたれかかっているところを見たことがない。いつもまっすぐ背筋を伸ばしていて、ブレザーには糸くずもついちゃいないしシワのひとつもない。後ろ髪も短くビシッとそろっていて、その髪の下、首の後ろの何とかっていう骨のところに二つほくろが並んでいる。


 そんなコイツと、アイツが付き合っている。というか恋愛関係にあるなんて、そんな噂を誰が信じる? 半信半疑どころか、ありえねーだろ。


 だって男同士で、しかもあのアイドル顔とこのクソ真面目なガリ勉って、どんだけ妙な組み合わせ。チョコバナナクレープと頑固親父が握った寿司を一緒に食わされてるみたいな、まるで罰ゲームかよって食い合わせ。


 下級生の中には社会人と交際しているヤツがいるって聞いたこともある。社会人、それも男。マジで? なんで? 駅前に系列の女子校だってあるし、そこらへんの道に女の子達、フツーに歩いてるじゃん。なんで男? 高校生のクソガキが、社会人なんてオトナとどこで知り合うわけ?


 それはさておき、コイツとアイツに関する噂はちょっとタチが悪い。

 容姿とか性的指向を周りの関係ない人間がどうのこうの言うのって、聞いていてイヤな気しかしない。試験の点数がどうってことなんかと違って、言われた本人が反論しづらいことをわかって揶揄しているのが見て取れて、噂しているヤツのゲスさしか伝わってこない。

 前にそういう噂を立てられた俳優が、否定でも肯定でもないステートメントを出していて、さすがハリウッドのスターは格が違うなって。同性愛者も異性愛者も、無性愛者も傷つかない。彼を揶揄するようなことを言ったり書いたりした人だけが、自分のした行為がいかに恥ずかしく情けないことか思い知らされる。そんなコメントだった。

 だから結局、要するに、そんな悪口みたいな噂は立てるもんじゃないし、よもやあいつらがそんな関係になっていたとしても知ったことじゃない。それ以前に本当にありえない。そう思い込んでいた。


 けど、見てしまった。

 あの日、昼休みの教室で。


 その日は五時限目が音楽で、独唱のテストがあるから、昼食後の休み時間を練習に充てるよう音楽室へ集合がかかっていた。うっかり忘れものをしたおれは、ガラ空きだった教室の後方の戸から顔をつっ込んだ。その次の瞬間、舌を噛む勢いで全力で口を押さえ、廊下に引き返した。誰も居ないはずの教室にアイツらがいた。こっちに背を向けて机に並んで座り、ぼそぼそと話している声が聞こえて思わず息を呑んだ。


「……行こうよ。今日の帰り、待っててよ」

「いいけど……」

「それよりおまえ、最近やせた? 首のあたりとか」

「毎日見てるだろ。変わんないよ」

「見てないよ。もうずっと……おまえの家、行ってないし」

「来週、……予備校の模試が終わったら、……」


 なんかもうそこから先は、絶対に聞いちゃいけない気がした。ガリ勉の首の後ろに二つ並んだほくろに、アイドル顔の長い指が伸びていくのを想像して、思わず頭をブルブル振った。なんで戸がガラ空きなんだよ!


 しかも「おまえ」って。

 おい、元バスケ部のアイドル顔。お前、ガリ勉をそんなふうに呼ぶのか。あんな、ふだんみんなが教室にいる時には絶対に出さないような声で。

 ガリ勉もガリ勉だ。生まれてからこれまで一度も笑ったことないような、まっ平らな頬っぺたしてるくせに。いつもだいたいツンとした顔で本ばっかり読んでるくせに。デレデレしてんじゃねーよ。


 窓のほうを向いて座っている二人にはおれの姿は見えていない。物音も立てていないからバレてはいない。

 へたり込んだままの体勢でゆっくりと徐々に隣の教室のあたりまで移動し、わざと大きな音を立てて制服の汚れを払ったり、咳き込んだりしながら「わっすれっものー」と妙な調子で声を張り上げ、何事もなかったようにもう一度教室へ向かった。アイドル顔はおれに気づくと、「あ。次、テストか!」と飛び跳ねるように立ち上がった。




 アイツら、本当にそうだったんだ。

 いや、アイツらも。と言うべきなのか。


 なぁ。

 なぁ、恋ってさ。

 恋って、そんなに必要なもの?

 誰かを好きになるとか、付き合うとか。

 だっておれら、ほぼ全員進学するんだろ? 来年になったら、卒業したら、みんな離ればなれじゃん。遠距離恋愛とかすんの? 今だけ一緒に居られれば、それでいいの?

 それとも、そんな先のことばっかり考えているおれが変なの?


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