自称神に拉致監禁された俺に告げられた運命の相手が五歳の幼女だった件

クロバンズ

第1話

 ふと気づくと、俺は白い部屋にいた。

 なにもない部屋だ。どこを見渡しても白色が支配している。そこで俺はいつのまにか椅子に座っているのだ。

 どういうことだ。俺は確か昨日帰宅した後ダラダラ過ごしてベッドで眠りについたはずだ。もう二十歳になるが彼女もおらず、ちょっと寂しいななんてことを考えながら。


 それがどうしてこんな状況に?

 そんなことを考えていると——目の前に扉が現れた。


「え?」


 俺は呆気に取られた声を出した。今、目の前にいきなり扉が現れたのだ。まるで某国民的ネコ型ロボットの秘密道具のように。


 そしてその中から一人の人物が現れた。

 頭がハゲていて、真っ白な長いヒゲを生やした老人だ。腰が曲がっており、右手には杖を持っている。


「よくきたな、若者よ。ワシがこの世界、ゴホッ、の神、ゴホッ、じゃ、ゴホッ、ゴホッゴホッゴホッ」


「え? なんだって?」


「じゃからワシが世、ゴホッ、の神じゃ」


 老人が咳き込み過ぎて何を言っているのかわからない。ゴホの神? ゴボウの神? 

 何を言っているんだこの人は。


「……大丈夫ですか? なんかすごい咳き込んでますけど」


「今、神々の間で流行している新型ウイルスにかかってしまってな、ついてないわい」


 ぜぇぜぇと荒い息をしながらそんなことを言ってくる自称神。


「えっと自称神さま。ここは一体どこなんですか? 俺、たしかいつもどおり寝たはずなんですけど」


「ここはワシの力で生み出した空間じゃ。ここにおぬしを召喚したのはこのワシじゃ。おぬしの身体は今も現実世界で眠っておる。ん? おぬし今、自称とか言わなかったか?」


「俺をここに召喚した? ……ひょっとして——拉致監禁……?」


 な、なんてやつだ。人の許可なく、いきなり自分の部屋に他人を勝手に召喚するだなんて……。


「ま、待て! ワシにそんな趣味はない! おぬしをここに呼んだのは、ただのサービスじゃ!」


「サービス? ……なにかの隠語か?」


「お、落ち着くのじゃ。おぬしはワシをなんだと思ってるんじゃ、ワシは神はこの世界の神じゃぞ? 神様なんじゃぞ?」


 ただの拉致監禁犯じゃないのか。夢の中なら証拠も残らないからな。便利な力を持ってるもんだ。


「お、おぬしの思考はさっきからワシに筒抜けじゃからな。人の思考を読むくらい簡単にできるんじゃからな! もういいさっさと要件を言ってやる」


 要件? 俺をこの場に無許可で勝手に召喚した理由か。まずいな、この部屋には出入口がない。さっき自称神という名の拉致監禁犯が出てきた扉もいつのまにか無くなっている。いざとなったらこのジジイを——。


「や、やめろ落ち着けえっ! なんなんじゃおぬしは、ワシに不信感を抱き過ぎじゃろ。ちょっと人を信用せんか」


「ふん、友達ゼロ、彼女ゼロ、一人暮らしの俺に信じるものなんてないですねぇっ!」


「…………」


 急にこちらを憐むような視線で見る自称神。やめろ、そんな目で俺を見るな。妙に涙ぐむんじゃない。


「安心せい。そんなおぬしに朗報じゃ。ワシがおぬしを招いた要件。それはおぬしに、【運命の相手】を教えてやるためじゃ」


「……運命の相手?」


「そうじゃ、おぬしは運がいい。なんせ膨大な数のくじ引きの中で選ばれた人間なのじゃからな」


 そうじゃおぬしは運がいい。なんせ膨大な数のくじ引きの中で選ばれた人間なのじゃからな」


 自称神は説明を始めた。

 自称神の話によれば、俺は日本の人間の中からくじ引きで選ばれた唯一の人間らしい。

 これは神々によるサービスで選ばれた人間と結ばれる相手を告げるというものだった。だが、相手の名前は言わず、その人物の情報を与えるというものだった。

 俺の中にワクワクがこみ上げていた。

 生まれてこの方彼女なんてできたことがない。俺と結ばれる人のことがわかるというのだからやはり少しは期待するだろう。


「それでは告げよう。君の運命の相手は——」


 俺の心臓がドクンドクンと脈打つ。



「今年で五回目の誕生日を迎える女じゃな」



 え?

 コトシデゴカイメノタンジョウビ?

 つまり……五歳の幼女?

 俺の一瞬フリーズした後すぐに再起動した。


「ジジィィ〜〜〜〜〜ッ!」


 俺は自称神の胸ぐらにつかみかかった。


「なんじゃ、離せっワシのお告げが信じられんというのか!」


「おま、年が十歳以上離れてるじゃねぇか! もう犯罪だよ! 俺がロリコンだとでも言いたいのかァ⁉︎」


「くっ! こ、この男、神に向かって……! も、もう要件は終わったからの! おぬしを現実に返す! じゃあのっ!」


 ジジイがそういうと、俺の体は光に包まれる。

 次の瞬間、俺の意識はプッツリと切れた。



 *



「ハッ!」


 俺は自室のベッドの上で目を覚ました。いつもの見慣れた光景だ。視界には変わらぬ天井が映っている。


「夢……?」


 ボソッと呟く。

 そうだ、夢だ。よくできた夢だった。神だの運命の相手だのばかばかしい。

 そんなものは存在しないし、わかるわけもない。自分でもおかしな夢を見たものだと思う。


「さて、今日も一日頑張りますかね」


 そう言って俺はベッドから起き上がった。




 家から出て俺は夢のことを思い出しながら近所で飼い犬の散歩をしていた。

 まったく、何が五歳の幼女だ。仮に今、道端で幼女に『あなたが運命の相手です、結婚してください』だなんて言ってみろ。速攻で警察行きだ。

 夢の中の架空の存在。拉致監禁ジジイのことを考えていると、ふと、犬のリードを離してしまった。


「あっ!」


 犬が走り出す。慌てて追いかけると犬の前に一人の女性が現れた。綺麗な人だった。年は二十歳くらいだろうか。長い黒髪が印象的な、小柄な女性だった。

 犬は女性の前で立ち止まり、女性の周りをぐるぐると回り始めた。

 俺は息を切らせながらなんとか追いつき犬を捕まえるため彼女の前で立ち止まる。


 すると女性はその場にしゃがみ込み、犬を両腕で抱きしめた。


「この子、あなたのわんちゃんですか?」


 彼女と俺の目があった。


 ——この時の俺は、まだ知らなかった。


 俺の運命の相手は四年に一度のうるう年の生まれだったということに。

 だから。


「犬、お好きなんですか?」


 ——彼女が俺の運命の相手だなんて、この時はまだ、知らなかった。

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自称神に拉致監禁された俺に告げられた運命の相手が五歳の幼女だった件 クロバンズ @Kutama

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