第9話

「では、賊の特徴を頼む」


「は。逃げた賊は背丈、体格共に男とも女ともとれる上大きめのローブを纏い、フードを目深に被っていたらしく、特徴らしい特徴が無かったそうです。それと、先程も報告した通りAランク冒険者一行から1人で逃げ切れる実力があるため、捜索は危険だと思われるのでやめておいた方がよろしいかと」


「ふむ、そのようだな。グレン、捜索の手配は中止だ。また同じような事があった場合はお前が動け」


「あいよ」


 国王からの指示にこんな軽い返事ができるのは間違いなくこの人だけだろう。

 だが、国王には申し訳ないがこの判断はダメだ。


「待ってください。団長が動くのはダメです。団長が動くということはそれだけ国王様の守りが薄くなるという事。それに、賊が1人とは限りません。国王様が危険に晒される可能性が高くなります」


「ユーゼンの言うことも最もだ。どうする?国王」


「ではユーゼンに、と言うわけにもいかんよな」


 いやそれで良いんですが。あ、やっぱダメだ。昨日仕事を一つ頼まれたばかりだった。

 国王と団長がプチ会議を始めてしまった。

 あの、俺どうすりゃいい?

 見兼ねたサラさんが2人を止めてくれて、その話を後にするよう提案した。

 2人はその提案を採用してこちらに向き直った。



「この件に関しては保留だな。決まったらお前にも知らせる」


「は」


「ユーゼン、ご苦労であった。アリシアの護衛に戻ってくれ」


「は。失礼します」


 はぁー、ようやく解放された。最後まで副団長からの無言の圧が鬱陶しかったな。

 王室を抜け、階段まで一直線に向かって階段の警備に当たっていた同僚に軽く挨拶をしてアリシアの部屋の前まで少し足早に歩いた。


コンコン


「ユーゼンだけど」


「入っていいよ」


 部屋に入ったら王子もいた。


「王子、絶対に今ここに居る場合じゃないですよね?」


「うん、ないね」


 おい。ってああ、そういう事か。


「・・・アリシアの護衛、ありがとうございました。ですが、王子も狙われる側なの自覚して下さい」


「僕がそう簡単にやられると?」


「思いません。けど、そういう問題じゃないので」


「まあ、そうだね。さて、僕は戻るよ。アリシアの事、頼むよ」


「はい」


 言うだけ言って後ろ手にヒラヒラ手を振りながら去っていった。

 何というか、カッコいいなほんと。こりゃシルヴィア第一王女も落ちるかもな。


「ユーゼン」


「ん、なに?」


「遅かったね。無茶したの?」


「遅かったのは後処理とか報告とかでバタバタしてたからだよ。無茶は・・・ちょっとだけ」


「じゃあケガは?」


「したけどサラさんが治してくれた」


「そっか。あまり無茶しないでね。3年も経ってるけど、まだ身体が万全なわけじゃないんでしょ?」


「・・・日常生活に支障はないよ」


「今日みたいな日があるじゃない」


「そうだな。まだ当分は何とかやり過ごすしかないだろうな」


 という訳だ。3年前死にかけるまでは、一応Aランク上位の冒険者として生きていた。つまりはSランクより少し劣る強さがあったという事だ。

 そんな奴が今日は使い慣れない剣術だったとはいえ、Cランクに苦戦していたなんて笑い話にもならないだろう。

 気持ちの問題か、別の原因か。俺の身体は前ほどの力が出せなくなっている。まあやられた相手が相手だったから気持ちの問題ではないだろうが。

 実際、目に見える形で身体に痣が残っている。傷跡が残るのとは明らかに違う様相でだ。

 サラさん曰く、呪いの類じゃないかって話だから、完全に治そうと思ったらアレに会わなきゃならない。


「治しに行かないの?」


「場所が遠いからな。長めの休暇でも貰えたら、な。まあ、それも当分叶いそうにないけどさ」


「そっか、そうだね」


 重苦しい空気になってしまった。それもこれもあの賊のせいだ。迷惑にも程があるぞクソが。

 重苦しい沈黙を破ったのは、部屋をノックする音だった。

 そしてノックしたのは、うちの副団長だった。


「王宮騎士団副団長ニース、ただ今護衛に戻りました」


 要らないけど?


「必要ありません。帰りなさい」


 ・・・これは。


「私は貴女専属の護衛です。必要ないなんて事が・・・ユーゼン、貴様なぜここに居る」


 気付くのおっそ!


「本日はアリシア王女の護衛を命じられておりますので」


「誰がそんな命令をした!?」


「(あなたが苦手な)グレン団長です。恐らく、(絶対に有り得ないが)副団長殿を気遣っての命令かと」


「私を気遣う?」


「お疲れでしょうから休まれては、という事です」


「・・・団長の命令であれば仕方あるまい。貴様、何かあれば許さぬぞ」


「は」


 何もねーよバカが。

 団長、すんません。名前使わせて貰いました。後でほんとに謝っとこう。

 さて、それよりだ。


「アリシア、何があった?」


「今ので気付いちゃうんだね」


「誰でも分かるよ。で、どうしたんだ?」


「あの人、ユーゼンの事バカにするから」


「それだけ?」


 もしそうならそこまで怒ることじゃないだろうに。


「流石に違うよ。なんかね、最近前よりも距離が近いというか、こう、なんて言ったら良いのかな・・・」


「アリシアを自分のものだと思ってる節がある?」


「あー、うん。認めるのは嫌だけど、そんな感じ」


 なるほど、それはダメだな。一線を超えかけてる。

 ああ、だからさっきのあの言い方か。妙にしっくりくるぞ。

 つーかあいつどうやって三階に上がったんだ?今日は許可が出てないだろ?


「なあ、副団長ってここまでくる許可は常に出てるのか?」


「え?いや、出てない筈だけど・・・あれ、じゃあさっきのは・・・?」


「っ!まさか」


 奴が立っていた扉付近に近寄ると、いつもと違う変な感覚を感じた。

 やってくれるな。


「この感じ、魔法の類だね」


「アリシア、近寄るな。離れてろ」


「あ、うん」


 久しぶりに"開くか"。

 ・・・ってあれ?開かない。錆び付いてる?心の中とはいえめちゃくちゃカッコつけたのに!?


「ごめん、ちょっと俺に魔力流してくれ」


「え、なんで?」


「錆び付いてる魔力回路を強引に開く」


「分かった」


 ほんの少しだけ流れてきた魔力を辿って、順番に錆び付いた回路に油を差していく。

 よし、完全には流石に無理だったけど、ある程度は開いた。

 開いた途端久しぶりに感じる魔力に少し酔いそうになったが、気合で耐えた。

 この身体のこの魔力回路の状態で出来るか分からないけど


「ふっ!」


バキン!


「ふぅー」


 何とか使えた。設置型で隠蔽工作無し。おまけにあの魔力の量だ。予想通りかなり弱かった。

 魔法消去。難しい技術じゃないが、久しぶりでちょっと怪しかった。

 あの魔法は催眠系統だったな。仕掛けたのは例の賊か。

 変装魔法と併用とは中々やるな。

 よし、さっきので完全に開いたな。

 冒険者でなければこの王宮内で使えるのはサラさんと魔導師団副団長くらいの索敵を全力で行った。

 範囲はざっと半径10キロ。王宮外の街の中ほどまで探知できる範囲だ。


「いた。まだ王宮にいる。っ!逃すか」


 索敵のために広げた魔力を不規則に振動させて、魔力の妨害を始めた。

 ちなみに賊の位置は分かっているので範囲は王宮内に絞り込んでいる。


「アリシア、今回の騒ぎの賊が王宮内に居る。さっきの副団長がそれだ。変装してたらしい。また王室まで行くぞ」


「分かった」


「ごめん、急ぐから」


 アリシアを横抱きにして部屋から出て王室までの道を突っ走った。

 ノックする手間を惜しんで王室のドアを開き、ようやく立ち止まる。


「国王、グレンさん。賊が王宮内にいる。王宮内を魔力で妨害してるから魔法は使えない筈だ。ちょっと捕まえてくる。サラさんが来たら魔導師団は手を出さないように伝えて欲しい」


「お、おう」「うむ、分かった」


「あざす。アリシア、2人の側で待ってろ」


「うん。いってらっしゃい」


「いってきます」


 アリシアを下ろして王室を飛び出した。

 索敵で捉えたままの賊に向かって真っ直ぐ進みながら、対処法を模索していく。

 魔法で捕らえるのは無理。妨害で魔法が使えないし、そもそもブランクありすぎてそんな繊細な魔法使えない。なら体術か。魔法はともかく、そっちはどうだろう、強いのか、弱いのか。


「っと、居た。」

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