第6話
緊迫。
この国に来てから初めて感じた感覚。普段のゆったりした空気とは雲泥の差だ。
ザッと見渡した限り、慌てふためいているのは上役と各団の副団長と一部の団長。
うちの団長は飄々としてるように見えるが、焦りが滲み出ている。
とはいえ団長がその姿勢を保っているからこそ、混乱がこの程度で収まっているとも言える。
王宮騎士ではなく一般騎士が出入りしてる事から王都外からの襲撃だろう。
となれば先頭に立つのはうちの団と魔道師団だ。ただ、魔導師団は周囲に影響を及ぼす恐れのある戦い方のため迂闊に手を出せない。
つまり、現状最高戦力のうちの団のトップが慌てていたら、全員を不安にさせてしまう。
団長があの姿勢を崩さないのはその為だろう。
止まりかけた足を進めて団長の元まで歩く。
途中で王子とアリシアが俺を追い越して国王の元まで行ってしまったが、もう過度な警戒は必要ないだろう。
「グレン団長、王子とア、王女をお連れしました」
一瞬アリシアと言いかけたが、状況を考えて荒波を立てるべきではないと無難な選択を取った。
「おう、ご苦労さん。よく「ユーゼン!貴様ァ!何故お二人をここへお連れした!?」
おぉ、ここまで表情を崩さなかった団長が苦虫を噛み潰したような表情に・・・。
割り込んできたのは副団長のニース・キューザス。貴族としての爵位は公爵に当たる。
騎士引退後は次期当主の予定だが、本人や現当主はアリシアに取り入って婿養子にしてもらい王族になりたがっていると聞いている。
ちなみにその可能性は絶対にあり得ない。
無駄に位が高いため、常に上から目線なのが非常にカンに触る人物だ。
「何故、とは?」
「ええい!そんな事も分からんのか!?これだから平民上がりは・・・!いいか!お二人の安全を確保するためには、自室に避難して頂くのが一番良いのだ!だから貴様のやったことは王宮騎士としてはあり得ない事だ!この恥さらしめ!」
盛大なため息を我慢した俺を、誰か褒めてくれ。
全く、この人は何を言っているのだろうか。
「失礼ながらニース副団長、それは違います」
「な!?貴様!私に逆らうのか!?」
いや意味わからん。何故そうなった。てか逆らうってなんだよ?
「ニース、少し黙れ」
あ、久しぶりに団長が副団長にキレてる。
「ユーゼン、続けてくれ。このバカにも分かるように説明してやってくれ」
その余計な一言が無ければな〜。
「は。まず、現状1番安全な場所はこの王室です。何故なら、各団の団長及び副団長が集まっているからです。さらには元王宮騎士団長であるユースハイト様もおられます」
元団長は引退したとはいえまだまだ強い。少なくとも副団長を圧倒できるだけの実力は健在のはずだ。
まあ最も、副団長の実力はそこまで大したものでは無いのだが。
「次に、襲撃が空からだった場合、お二人の自室には窓があるため決して安全とは言い切れないからです。私が信号煙を見たのは王女の自室だったため、その危険性は十分にありました。しかしこの王室は城の中心に位置しており通路に囲まれているため窓がありません。以上2つの理由から、お二人をお連れしました」
緊急事態なのに何故長々とこんな説明をしているのか。
バタバタしている中、この空間だけ切り取れたかのように違う空気が流れている。
グレン団長もその空間にいるため、報告でどんどん増えて流れてくる情報はサラさんが代わりに処理をして大事なことのみグレン団長の耳に入るようにしている。
事前にそれらを任せる相談をしてなかった辺り、まさに阿吽の呼吸だ。
「ぐっ・・・ぬ・・・!」
「納得していただけましたか?」
「聞くまでもないだろう。ユーゼン、よくやった。良い判断だ」
「ありがとうございます。それで、どういう状況か教えていただいてもよろしいですか?」
「余裕ないから簡単に説明するぞ・・・」
現状をものの30秒ほどで説明してのけた団長は、やはり頭の回転が速い。
しかも途轍もなく分かりやすいので文句のつけようもない。文句なんて元からないけど。
さて、一言で言ってしまえば魔物の大群の襲撃。その中でも最も厄介な複数種類の魔物を巻き込んだスタンピードだそうだ。
通常のスタンピードが1種類の魔物から行われるのに比べると、数も戦いにくさも桁違いだ。
想像の倍ほどマズイ状況に、思わず舌打ちをしてしまいながらどう対応するのか尋ねた。
「そのことで意見が割れててな。お前の意見を聞きたい。ニースと上役達は王宮騎士を出すまでも無いと言っているが、俺は最低小隊1つは出すべきだと思ってる。お前はどう思う?」
「私は団長の意見に賛成です。騎士連中もやわでは無いので大丈夫だとは思いますが、想定外の事態も起こりかねないので。それに冒険者もどれだけ事態の鎮圧に動いてくれるか・・・。ですが、今それを言っても平行線ですよね」
「そうだな。どうするか」
「私が1人で出ます。どうですか?」
「はっ!平民上がりごときに何が出来ると言うのだ!バカバカしい!」
「ここで兵を投入しなければ、信用問題に関わりますよ?」
脅しを入れてみる。と言っても嘘では無い。
「ちっ!好きにしろ!」
その言葉に怒りを覚えてつい
「決めるのはあなたではなく団長です」
と反抗的に言ってしまった。
おかげさまでと言うべきか、団長の機嫌は若干良くなったし国王も口を挟むのをやめたみたいだ。
つか国王口挟む気だったのかよ。
「そういうことだ。ニース、もう一度言う。黙ってろ。さてユーゼン、大丈夫なのか?」
「無理なことは提案しません」
「よし、任せる。行ってこい!」
ニヤッと笑って提案に乗ってくれた。
もちろん断るわけもなく、
「は!」
すぐさま王室を後にして武器庫に向かった。
道中で王室から出る前に聞いた情報を整理、反芻しながら現地到着後の立ち回りをシミュレートする。
大まかな方針が決まったところで武器庫に着いたので、胸当てとガントレット、グリーヴを素早く身につけ、王宮騎士専用のコートを羽織った。
装備を確認しながら、やはりこの国の装備は普通じゃ無いと実感する。
通常、どこの国でも騎士と名のつく者達は全身を鎧で覆うのだが、この国はそれぞれの戦闘スタイルや好みによって今俺が身につけているような軽装か、一般的な重装備かを選ぶことができる。
また、外套やコートなど金属装備以外も好きに装備して良いとしている。
武器も例外では無いが、1つだけ制限があり、騎士になった時に国から贈呈される騎士剣と呼ばれる片手剣だけは、いつ何時も腰に携えなければならない。
俺たちが普段、完全武装していない時でも携えているのがそれだ。
もっとも、俺の場合その騎士剣の形状のものをメインで使うため、武器庫から剣を持ち出す必要はない。
必要は無いのだが、国から剣を貰った時にこれは彼女を守る時だけに抜くと決めているので、騎士になってからの3年間で使ったことはない。
冒険者をやっていた頃とほとんど変わらない装備を身に纏っていることに苦笑を浮かべながら武器庫を後にする。
報告帰りの騎士を捕まえて案内と情報提供を頼み、城下町を走り抜ける。
状況が変わっていない事を確認して方針は変えないつもりで外壁の上にいる騎士長に声を掛けた。
「よう、騎士長。どれくらいの騎士が戦ってる?」
「む?ユーゼン殿!貴方が来てくれたか!小隊5つが戦闘に、疲労を考え各小隊の後ろに交代の為の小隊を配置しており、計10小隊が出ています!」
「待機中の騎士は?」
「同じく10小隊です!」
1小隊5人それが5つ。基本的にたったそれだけの人数で戦線を維持しているのか。
いや、それも冒険者の尽力があってこそか。彼らが比較的強い魔物を相手にしてくれるお陰で、こちらも必要以上に体力を消費しないのだろう。
にしても、冒険者が意外と多いな。しかも強いし。
「よし、騎士団は戦線の維持だけを考えて戦ってくれ。このまま戦闘を継続する形で十分だ。指示も引き続き騎士長に任せる」
「了解しました!」
「堅苦しいのはよしてくれ。いつも通りでいい。そうだ、士気を上げてくる」
外壁の淵に立ち、待機中の騎士達の注目を集めた。
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