元旅人の王宮騎士

矢崎 未峻

第1話

『あの・・・っ!だ、大丈夫ですか!?・・・よし、これで血は止まるはずです。すみません、まだ未熟で回復魔法が使えないのです。すみません!どなたかこの方を馬車まで!』


 また、あの時の夢か。

 3年前、あの人に命を救われたあの日の。

 そろそろ起床時間だな。このまま起きよう。


「今日は、何が起こるのかな」


 これが良いことか悪いことかは、起きてみなければ分からない。だけど何かが起こることだけは確実だ。

 なぜなら、これまであの時の夢を見て何かが起こらなかった試しがないのだから。

 付け足すのなら良いことか悪いことかの確率は五分五分。この謎の感覚とは3年の付き合いになるが、俺の中での良し悪しは完全にランダムで予測不可能だ。

 軽めの朝食を食べ終え、歯を磨いてから着替えを始める。

 いつもの朝の流れだが、やはり慣れないのは着替え後のこの格好である。


「一般兵ならまだしも、この俺が王宮騎士なんて・・・」


 似合うはずがない。という一言は口にしないよう気をつける。

 万一あの人に聞かれたら何て言われるか。

 全く、人生って分からないものだな。旅をしながら旅の資金稼ぎに始めた冒険者の依頼で死にかけて、あの人に助けて貰った恩を返そうと思ったらこれだ。

 どう転べばこんなエリート街道に俺みたいな旅人崩れの平民が上がってこれるのやら。

 ほんと、こんな貴族やら有名人だらけの場所に俺なんか放り出すとか、俺の立場がどうなるか考えてくれよ。

 はぁ。

 思わず出たため息と共に王宮騎士の宿舎から王宮に向けて出発する。

 今日は、訓練がある日だっけ。あーでもその前に雑務か。確か、数日後に隣国の王子が来るんだとか。その王子の経歴書の確認と、来国経路の確認と、目的の確認。

 朝から憂鬱な仕事が待っているらしい。


「よ!今日もしけた顔してんな!」


「おはよ。そう言うお前は元気そうだな」


 貴族どもに難癖つけられ嫌われる立場の俺と今もなお一緒に居てくれる数少ない同僚のオリバーと軽口を叩き合いながら事務室に向かう。


「オリバー、お前の今日の予定は?」


「朝から雑務だよ!ほんと嫌になるぜ。だがしかし!その後は訓練だ!そこを目指せば頑張れる!」


「訓練で生き生き出来るのはお前くらいだよ。脳筋バカ」


「なんだとぅ!そういうお前はどうなんだよ?」


「大まかな流れはお前と一緒だ。気の持ちようは違うけど」


「ちなみに雑務の内容は?」


「数日後の隣国の王子の来国に関すること。お前は?」


「城の警備について。何回やれば気がすむんだよ」


「週一回の定期業務じゃないか。すぐ終わるんだから良いだろ?」


「まあな!早く終われば早く訓練に行ける!今週は運が良い方だ」


「幸せそうだな、お前。ほら、着いたから仕事するぞ」


「お、じゃあまた後でな!」


 オリバーと別れて自分の事務机に座る。

 机には既に書類の束が3つ置いてあるので上から順に目を通していく。

 一度目を通して大まかな内容を確認した後、今度はじっくり不備や危険項目がないか読み進めていく。

 1束目は来国経路の書類。特に問題なし。

 2束目は来国目的の書類。これも書類上は問題なし。本人たちがどう考えてるかはさておき。

 最後は王子の経歴書。これは、うーん。問題と言うほどではないがいくらか怪しげなものがあるので一応チェック。


「ふぅ。こんなもんかな。団長、確認お願いします」


「おう。悪いが持ってきてくれ」


 他の騎士が処理した書類の確認を忙しなく行なっている団長に声を掛けて指示通り書類の束を持っていく。

 軽く山のように積み重なっている書類たちの1番下に潜り込ませて自分の机に戻る。

 するとそこには当然のように書類が数枚。

 エリート様方からの地味な嫌がらせだ。

 実際は、貴族が事務仕事なんてするもんじゃない!平民の仕事だ!とかいうしょうもない理由から押し付けられているだけだ。

 とはいえ下手に反抗すると余計に面倒な事になるため大人しく取り掛かる。

 書類の確認。団長の元へ。戻ってきてまた増えた書類の確認。

 このサイクルを繰り返すのが事務仕事がある日の日常だ。

 こんな事やってられないとは思うが、メリットはある。


「すまないな。いつもお前ばかりに」


「いえ、もう慣れましたので。それに、あのペースで書類が増えた方が団長も楽なのでは?」


「ま、そうなんだよな。お前が処理した書類の方が丁寧で助かるし」


「お褒めに預かり光栄です。ところで隣国の王子の経歴書の方は?」


「確認した。国王には俺から言っておく」


「あの様子だと目的は書類の物とは異なるかと」


「だろうな〜それも言っといた方がいいと思うか?」


「お任せします。と言いたいところですが、事が事ですので報告して下さい」


「だよな〜!めんどくせえ。はぁ、しゃーねーか。じゃ、行ってくるわ。お前は先に訓練場行ってろ」


「は!」


 これがメリットだ。団長と話せる上に細かい報告ができる。そして、訓練時間が短くなる。

 団長と別れた後、のんびり訓練場に向かいオリバーに声をかける。


「今日は一段と遅かったな。よし!早速一本頼むわ!」


「ちょっと待て。俺に準備運動の時間を」


「そんなの待てん!いくぞ!」


 そんな無茶苦茶な!というツッコミは残念ながら言葉に出来なかった。

 代わりに口から出たのはオリバーの重い一撃を受け止めて漏れた呻き声だ。

 木剣を使っているので当たっても打撲程度だが、オリバーのそれはまともに食らえばシャレにならない。

 まともに木剣で受けてもそれは同じだ。

 というわけで小細工を使いまくってまともな打ち合いに持っていく。

 とはいえこちらから攻めたりはしない。しばらくは身体を温めることに専念するためだ。

 身体がそれなりに温まった頃にオリバーの動きにキレがなくなってきたのでこちらも徐々に攻撃していく。

 さらに時間が経つと立場が完全に入れ替わりこちらが攻めに徹する形になる。

 これを続ければオリバーの二の舞になるので速度と手数を増やすスタイルに変更し一気にケリをつける。


「オリバー。毎回言うが、ワンパターンだ。もうちょっと考えろ。せめて、体力を考えて攻撃しろ」


「オレにそんな頭はない!体力が切れるなら走り込んで体力をつけるだけだ!」


 筋金入りの脳筋だな。これはもう諦めるしかなさそうだ。

 ん?騒がしくなってきた。あ、人が宙を舞ってる。団長が来たのか。

 来て早々人が飛んでるところを見るに機嫌が悪いらしい。

 ただの国王への報告で一体何があった。


「よし!全員俺の鬱憤晴らしに付き合ってくれ!二人一組で順番にかかって来い!」


 容赦なくコテンパンにされていく奴らを見て大人げないとは思う。

 けれどコテンパンにした後ちゃんとアドバイスしてる辺り優しい団長だろう。

 実際、団長の人望は厚い。おまけにイケメンと言うよりハンサムな感じで顔が整ってる上に大人の色気があるため、日常的に魔導師団の女性陣から熱視線を送られている。

 かくいう俺も団長の事を心の底から信頼してるし尊敬している1人なのでその気持ちも十分わかる。

 とうとう俺とオリバーペアの順番が回って来た。

 数分後、コテンパンにされ脱力した人間が2人追加された。

 訓練が終われば昼休憩だ。食堂で手早く済ませ、ボロボロにされた身体の回復に努める。

 その後、配置に着き警備やら見張りを行い1日の仕事が終わる。

 これが俺、ユーゼンの日常だ。

 仕事を終えて宿舎まで帰ろうと帰路につく。


「ユーゼン、この後ちょっとついて来い」


「は。目的地はどこでしょうか?」


「国王室」


「・・・・・なぜ国王室に?」


「あー、行けば分かる」


「・・・は」


 そうだった。今日はあの夢を見た日だ。このまま日常で終わるはずがないよな。

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