第2話 保険会社の男、霊治

 共和国評議会議事堂の大ホールは静まり返っていた。

 レオナルドは気絶しており、アークと呼ばれた転生者の男も息を呑み込むようにして止めており、その荒い鼻息の音もなかった。

 捺落迦ならか霊治れいじと名乗ったモダンスーツに身を包んだその男が、黒い刀身の、刃渡りおよそ30㎝になりそうなナイフを腰元から引き抜いて、


「――たいへん恐縮ではございますが、ここで死んでくださいますでしょうか?」


 そう言葉を発した瞬間にアークは我に返った。

 霊治が地面を蹴って、彼との間にあった距離をひと息に詰めようとしたのだ。


「――二重重魔法詠唱ダブルマジカルライツ風火結合オーバーリンクAF爆風バースト‼」


 アークが突き出した手から、木々をもたやすくなぎ倒してしまうような風が吹き荒れる。が、しかしアークの詠唱が始まった途端、霊治は転がるようにして横に飛びのいてその魔法の直撃をかわしていた。


「ふぅ、やはり『事前情報通り』正攻法は無理そうですね……。骨の折れることだ……」

「なんだ……? なんなんだお前は……‼」


 まるで自分が発動させようとしている魔法を知っていたかのような言動じゃないか、と冷や汗がアークの背中を伝った。

 混乱する思考の中で考える。この男はいったい? さっきは何と言っていた? 保険会社? 転生トラブル? そうだ、それにコイツは昔の俺の名前を口にしていた――ってことはつまり……!


「お前は……地球から来た人間かッ‼」

「ええ。キチンと名乗ったつもりでしたが、もしやご理解いただけておりませんでしたか?」

「今さら何をしに来たッ‼ 保険会社の人間とか言ったよな? お前らの仕事は俺を転生させたことで終わったろうが‼」

「そうですね、転生させるという仕事は完了しましたが……今回はあなたとの契約とは別件です」

「……は?」


 訳が分からないといった顔をするアークに対して、霊治はため息を吐くと話し始める。


「アーク様の仰っている弊社サービスは死亡保険に付帯するサービスの1つ、『異世界転生オプション』のことですね? それに関しての契約は正常に履行され、私共としてもそれで完了している認識です。今回私がここに来たのは『この世界そのものに掛けられた保険サービス』に対応するためです」

「こ、この世界そのものに掛けられた保険サービスだぁ……⁉」


 そんなものは聞いたことがない。顔をしかめるアークに対して、霊治は平然と先を続ける。


「ええ。この世界を管理する神が、特別な力を保有する転生者が暴虐を働くリスクに備えて加入している保険があるんですよ。そして私の所属する『転生トラブル解決課』はその保険適用申請があった場合に出動し、暴虐を働く転生者を適切に『処理』する役目を負っています」


 淡々と抑揚なく物騒な説明をこなす霊治に、アークは息を呑んだ。


「なんだよ、それ……? 聞いてねぇぞッ‼ 処理だと……⁉ 処理ってなんだよ……ッ⁉」

「大半のケースだと『殺害』という言葉が当てはまりますね。まあ話し合いで解決する場合もありますが、あなたは少々暴れ過ぎた。ちなみに今までの話は死亡保険の契約時にご説明させていただいているはずですが……」

「知るかよ‼ そんなもんお袋に全部任せてたんだから俺が知るはずねぇだろうが‼」

「そうですか……まぁどうでもいいことです。私はただ自らの仕事をするのみですので。それに、」


 霊治は言葉を区切り、


「契約の詳細に関係なく、自分の欲望のままに人々を殺すあなたの行いは見過ごせない。即刻、処理さつがいを実行させてもらいます」


 声を一段低くしてそう言った。そしてアークに黒光りするナイフを向ける。


「クソが……ッ‼ 保険屋ごときがしゃしゃり出やがって‼ ……だがよぉ、要は俺がお前に殺されなきゃそれでいい話だろ⁉ そんなナイフ1本で俺と戦えると思うなよ……⁉」


 アークは残酷な笑みを浮かべて両手を前に突き出した。


「お前は手加減なしにグチャグチャのミンチにしてやるよwww‼ 喰らえッ――九重魔法詠唱マキシマムマジカルライツ・」

「それには及びません」


 その詠唱の途中で、霊治がジャケットのポケットから取り出した何かを宙へと放り投げた。そしてすぐに顔全体を覆うようにしてアークへと背を向ける。

 その直後、議事堂の大ホールは真っ白な閃光と耳をつんざくような高音で満たされた。


「――~~~ッ⁉⁉⁉」


 アークは訳もわからず背を丸め、気づけば地面に膝をついていた。何が起こったのかわからない、ただ目を針で刺されたかのような痛みに涙がボロボロとこぼれていた。

 そんな混乱の極まる中でも、ひと際鋭さのある危機感がアークの背中を襲う。


「びゃッ、最上位防殻マキシマム・シールド‼」


 とっさに彼は自身の持つ中でもひときわ上位の防御魔法を展開して身を守る。彼の身体を中心として半径1メートルほどが円状の透明なシールドに囲われた。

 しかし、


「残念ながら、それもまた事前情報通りです」


 まるでバターか何かのように、シールドは霊治の持つナイフによって切り裂かれた。そして霊治はそのまま地面にへたり込むアークへと一直線に迫る。

 

「ぐっ、来るなぁッ! ――飛行フライッ‼」


 いまだボヤける視界の中でアークは飛行魔法を使って後ろへと退避する。

 ブオン。と何かが空を切った音が聞こえ、アークの前髪を風が揺らした。

 それは間違いなく霊治が自分の首元を目掛けて横ぎにしたナイフが起こしたものだった。魔法発動が少しでも遅れていたら今頃は、と考えがめぐってアークの全身から汗が噴き出す。

 1歩でも多く間合いを取るために勢いよく直線的に後ろへと飛ぶアークだったが、しかし次の瞬間。


 ――パンッパンッパンッ。と、乾いた破裂音が連続して何回も鳴り響く。


 同時に凄まじいいくつもの衝撃がアークの身体を貫き、激痛が襲った。その驚きに飛行魔法を持続できたなかったアークは飛んでいた勢いのままダルマのように地面を転がった。


「なんだ……⁉ い、痛ぇ……ッ 痛ぇよぉ……‼ ――ゴボォッ⁉」


 身体を起こすと同時に喉の奥からせりあがってきたものを床へと吐き出す。なんだコレは、とようやく回復しつつあったアークの視界がとらえたもの、それは鉄臭く真っ赤なモノだった。

 血だ。

 血? 血だと? なぜ俺が血を吐いている……?


「ふむ……しぶといですね」


 ガチャリ。ギミックの動作音を響かせながら霊治がいまだ混乱の中にあるアークに向かって歩いてくる。そしてその手に持った黒いものが自分へと向けられていることを悟り、


「――最上位防殻マキシマム・シールド‼」


 アークはとっさにもう一度、先ほどと同じ防御魔法を唱えた。すると再びの破裂音の後、響いたのは今度こそシールドが攻撃を弾く音だった。

 そして霊治の手元にあるモノを見て、アークの目は驚きに見開かれた。


「じゅ、銃……⁉ なんで、そんな……ッ‼」


 それは真っ黒なオートマチックの銃だった。

 つまり、俺は撃たれたのか⁉ といまさらながらアークを再びの激痛が襲い、その身体をクの字に曲げた。

 その瞬間を見逃す霊治ではなかった。地面を蹴ってアークの前まで迫ってくる。

 そして再びナイフをひと薙ぎしたかと思うと、またしてもたやすく彼が身にまとうそのシールドを切り裂いた。


「な、なんで……ッ‼」

「このナイフは『神器』でしてね。切った防御魔法の効果を無効にできるという能力を持っているんですよ。集めた事前情報の中に、あなたがその防殻シールド魔法を愛用しているという内容があったものですからわざわざ持ってきたんです」


 それだけ言うと霊治は詰みとでも言わんばかりにアークの頭へと狙いを定め、銃を連射する。

 しかし、そうして発射された弾丸のいずれもが突然、蛇のように曲がりくねった軌道を描き横に逸れて当たらなかった。


「――飛行フライッ‼ ――最上位防殻マキシマム・シールド‼」


 その隙をついてアークは2つの魔法詠唱を行って大ホールの天井近く、地上20メートルほどへと飛び上がり、再びシールドをその身にまとう。


「痛ぇよ、クソ……ッ‼ 痛ぇ……ッ‼」

「なるほど……」


 霊治は納得したかのように眼鏡のフレーム位置を指で直すと、アークを見上げる。


「光属性の高位魔法『即死回避』をあらかじめ使っていたんですね? だからヘッドショットは無効だったというわけだ。確かに事前情報に載っていましたが……。ふむ、これは私の失策のようだ」

「ハンッ! ザマァみやがれ‼ これで形勢は逆転だ‼ ここならテメェのナイフは届かねぇし、銃弾はこのシールドに弾かれる‼」


 アークは咳き込み、血を吐きながらも大口を開けて笑う。


「さぁ……ここからは一方的な復讐の時間だぜぇッwwwwwwwww‼ 楽には殺さねぇから覚悟しろよッwwwwwwwww‼」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る