[Playoff] プロ・ボウル-2066年2月7日(日)

 スーパー・ボウルまであと1週間となる2月7日。オーランドにやって来た。

 チームの練習は休み。ジャガーズだけでなく、対戦相手のカウボーイズもだ。これは実はNFLの規定であるらしい。リーグ事務局とPAプレイヤーズ・アソシエイションとの間の取り決めでは、週に必ず1日は休みを入れるとか、フィールドでの練習時間や室内でのミーティング時間の制限などが細々と決められていて、プロ・ボウルの開催日は練習を休みにし、各チームはプロ・ボウラー以外にもリーグが指名するプレイヤーを現地に派遣する、というのも定められているらしい。

 指名されたプレイヤーは、よほどの事情がない限り参加をキャンセルすることができない。ジャガーズからは俺とRBランニングバックリッキー・モス、LBラインバッカードニー・アンバーザトの3人が指名されてしまい、こうしてオーランドまで来たわけだ。

 ちなみにセンターボビー・レイマーとCBコーナーバックテディー・メッセンジャーはプロ・ボウラーに選ばれているので無条件で参加。

 そして嬉しいことに、マギー改めメグが付いて来てくれている。彼女は広報部門の“調停者アービター”という職だったのだが、部長と主任を含め3人が解雇された影響で職務が再編され、こういうが回ってくるようになってしまったのである。この火曜日から仕事に復帰したばかりで、いろいろとたまっているだろうに、ご苦労なことだ。

 ちなみに個人的に会うときには彼女を“メグ”と呼ぶのだが、公の場ではこれまでどおり“マギー”と呼ばねばならない。それが仕事の時の名前だから。まだ慣れていないので、間違えないように注意しないと。

 彼女以外にも、ジャガーズからはチア・リーダーが何人か参加している。もちろんプロ・ボウルのイヴェントのため。残念ながらベスたち“追加採用組”は来ていない。シーズン開始当初のメンバーから選ばれている。しかしそのおかげでプレイヤーの注意はそちらへ行ってしまっているため、俺はメグを独占できるという次第。まあ、元々彼女は“氷上の淑女レディー・オン・アイス”と呼ばれていて、ほとんどのプレイヤーからは敬遠されていたので、俺が独占しても誰も気にしないのである。

 プロ・ボウル・ゲームズの会場はオーランドの市街地にあるシトラス・ボウル。ここでフラッグ・フットボールやドッヂ・ボール(!)、水風船の遠投&キャッチ、重量物運び――本当はちゃんと競技名が付いているのだが、それでは俺も解らない――などのゲームで各自のスキルを競う。参加しないプレイヤーは場内を回ってファンにサインオートグラフをしたり一緒に写真を撮ったり、ということをするわけだ。

 レギュラー・シーズン終盤でも俺の顔を知らないファンは多かったはずだが、スーパー・ボウルに出るとなるとさすがに憶えられたらしく、そこそこ人気があった。ただ、対戦相手であるダラス・カウボーイズのプレイヤーの方が――特にQBクォーターバックのロジャー・カウフマンが――圧倒的に人気があったことは言うまでもない。

「ヘイ、アーティー、少し話がある」

 イヴェントが終わり、スタディアムのエントランスで帰って行く人々を見送っているときに、何とジョルジオが声をかけてきた。この“見送り”もプロ・ボウルのサーヴィスのうちで、つまり俺はまだ仕事中なんだが。

「あと15分もすれば終わるが、それからではダメか?」

「5分もあれば済む。後で続きをやればいい」

 だったらイヴェントの合間にでも声をかけりゃいいのに、どうして今頃。そもそも、プレイヤーやチアリーダー、そしてメグはジャクソンヴィルからチャーター・バスで来たのに――しかも近いから日帰りだ――、ジョルジオは前泊してたはず。前日にこっちで仕事があったはずがないし、今日だって何もしてないから、遊びに来ただけだ。

 ともかくその場を離れてスタディアムの中へ戻る。俺を目当てに来てるファンは少ないはずだから、問題ないだろう。出てくる人の列とすれ違うときに、ハイ・ファイヴしようとしても、俺に気付かない奴だっているくらいだし。

 人気ひとけのなくなったスタンドの上の方へ行って、ジョルジオが座る。俺は座らず、少し下の段に立って、奴と視線の高さを合わせる。奴は俺を睨みながら、不機嫌そうに言った。

「スーパー・ボウルに出られるからって、得意になってんじゃねえぞ」

 相変わらずの、典型的なWASP主義者の態度だ。俺のことを見下している。俺だけじゃない、チーム内のマイノリティー全てを、だった。マイアミ大時代からそうだ。傲慢を絵に描いたら奴の顔になるだろう。いまだにこんな奴がいるなんて、驚きでしかない。

「そのつもりはないな。自慢するのは勝ってからと思ってるんでね」

「お前には本来、出る資格もないんだよ。俺はずっとダニー・コリンズを推してるんだが、GMもHCヘッド・コーチも言うことを聞きやがらねえ」

「GMの意向をチーム外に知らしめるのが広報の役割だろう。どっちを向いて仕事をしてるんだ?」

「理想的なチームでスーパー・ボウルに出場して勝つのが目標に決まってるだろうが! なぜそんなことも解らないんだ?」

 だからその理想は誰の物なんだっての。オーナーになってから言えよ。

「俺はHCヘッド・コーチのジョーに出ろと言われたから出てるだけなんだよ。意見があるならGMを通じてジョーまで降ろしてくれ。俺に直接言われても困惑するだけなんでね」

「いいや、お前自身の意見なら、ジョーも聞き入れるだろう。お前、出場を辞退しろ。そしてチームから去れ」

「冗談ならきつすぎるな。なぜ俺がそんなことをしなきゃならない?」

「お前が俺の名誉をまた奪おうとしてるからだよ。汚い奴だ!」

 また? 2回目だってのか。1回目はいつだよ。まさかオレンジ・ボウルのことを言ってるんじゃないだろうな。

「5年前だ。お前はジョージア大の守備ディフェンシヴプレイヤーに指示して、俺に怪我をさせたな。証拠はないが、判ってるんだ。そして俺を診た医者に指示して、1ヶ月間安静にするよう言わせた。その間にお前は先発スターターを奪い、ミシガン戦とオレンジ・ボウルに出場した。あの2戦の勝利は、俺のものだったはずなんだ」

「意味が解らんな」

「俺が先発していれば圧勝していたんだよ! お前が出たから、あんな無様な戦い方になったんだ」

「最後に勝てばいいんだよ。お前だって勝ったチームの一員だ。何が不満なんだ?」

「あの勝利はチームのものじゃない、俺のものになったはずだって言ってるんだ!」

 ますます意味が解らない。俺が何か細工をしたと思っているところなど陰謀論者のようだし、チームの栄誉を自分一人のものにしたがるのは自己愛性パーソナリティー障害の典型症例だな。後者は大学時代から判っていたが、前者は今初めて知ったぞ。

「悪いが、お前の指示には従わんよ。俺がチームを去る理由がない。何の落ち度もないんだから」

「UCLAの件はどうやって証拠を隠滅した?」

 また陰謀論かよ。

「あれについては俺じゃなく、UCLAの公式発表が全てだ。俺が何をしようが、UCLAが真実を隠すはずがない」

「いいや、お前は隠している! フィリス・テイラーとは誰だ?」

「イリノイ州レイク・フォレストにいた頃の、隣人だな。もう亡くなった。UCLAとは関係ない」

「そんなはずはない! ボー・ウィリアムソンとの関係を言え!」

「知らんよ。知りたければ探偵でもスパイでも雇って勝手に調べな」

「お前が調査の邪魔をしたことは判ってるんだ!」

 そこだけは当たってるよ。でも当てずっぽうだろう? どうせなら「お前こそ探偵とスパイを雇ってるに違いない」ってくらい言わなきゃあ。ただ、それすら外れてるけどな。サイモンもベスも、俺が雇ったんじゃない。

「そのことなら私が存じていますわ」

 後ろの、下の方から声が聞こえてきた。聞き憶えがない。振り返ると、スタンドの下の方に女が立っていた。派手な美人だが、もちろん見憶えがある。それに少しばかり昔の面影もある。子供の頃のフィリスが大人になったら……いや、ちょっと違うな、という感じの。つまり彼女がクリスティン・テイラー。ジョルジオが連れて来ていたんだろう。なるほど、この場を選んだか。

「ティナ! どういうことだ?」

「答える前にそこの男性に挨拶するわ。ミスター・アーティー・ナイト、お久しぶりね。私のこと、憶えてくれているかしら」

 もちろん、憶えてるよ。ただそれはサイモンが見せてくれた写真でね。UCLAでは、顔は一瞬しか見えなかったんだ。それと今の君の顔はあまり重ならない。もっとも、それも君の策なんだろう。万が一、ボー・ウィリアムソンが君を見かけても、気付かないようにという。女の“変装”は巧妙すぎる。

「ああ、5年ぶりかな。ただ俺は君が“クリス”という名前であることしか知らなくてね。あの後、直接話したこともないし」

「そうね。ボーもUCLAの責任者も、私を隠しとおしてくれたから」

「何を……言ってるんだ、お前たちは……」

 ジョルジオが呆然としている。でも、解ってるはずだよな? あのUCLA戦の日、ゲーム中に俺がスタディアムのある場所に“迷い込んで”、ボー・ウィリアムソンとクリス・テイラーが“お楽しみ中”のところを見た。それをUCLAが率先して隠蔽しようとしたんだ。自校とボー・ウィリアムソンの名誉を守るために。俺は単に“口をつぐまされた”んだよ。

 もちろん、その事実は今でもボー・ウィリアムソンの弱みのはずだが、その相手であるクリス・テイラーと関係を持つことは、ジョルジオにとっても弱みになるってことだ。

「今言ったとおり、俺は彼女と話してないので、詳しいことを知らないんだ。ぜひ彼女に聞いてくれ」

「ええ、今からジョルジオにお話しするわ。でも、ジャクソンヴィルへ帰るんじゃなくて、LAに向かいながらの方がいいわね」

「じゃあ、俺はこれで」

 ジョルジオを置いて、スタンドの階段を下りる。クリスは俺が降りてくるのを待って――階段は狭いからな――すれ違いざま、悪女特有の魅惑的な微笑みを見せると、階段を登っていった。俺は一瞬だけそちらを見て、エントランスへ行く。ジョルジオは5分と言っていたが、10分以上経ってしまった。まだ残っている客はいるだろうか。

 少なくとも、メグだけはそこで待っているだろう。

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