#18:[JAX] 4人目の工作員

  ジャクソンヴィル-2066年1月9日(土)


 7時起床。昨夜は寒風吹きすさぶ屋上でサイモンと十数分間話をしたが、風邪を引かなかったようでよかった。引いたら明日の先発スターティング・QBクォーターバックがいなくなって、HCヘッド・コーチのジョーが大いに頭を悩ませることになったろう。

 着替えて部屋を出て、スタジアムのレストランへ。さて、昨日の新メニューの人気はどうなっているか。いや、俺が心配するようなことじゃないんだが。

 フライド・キャットフィッシュとサザン・スパイシー・フライド・チキンは……ふん、それほどはいないようだな。ナマズキャットフィッシュは普段食べ付けてない奴が多いだろうし、チキンは真っ赤な衣の第一印象がよくない。子供なら喜んで食べるんだろうけど。

 キャットフィッシュのプレーンとバジル入りを一つずつ、チキンも一つ取る。

 さて、大好評という噂のポーク・バーベキューは……これはまた、大量に用意したなあ。

おはようモーニン、アーティー! 今朝もたくさん食べてくださいよ」

 コックが嬉しそうな顔でやって来た。俺の皿にバーベキューを山盛りにしそうな勢いだ。

「朝はそんなに食べないよ。昼だな。ところで来週も新メニューを用意するのかい」

「ええ、もちろん、そのつもりですよ。ただ、対戦相手がまだ決まってないんで」

 今シーズンはAFC、NFCともかなりの激戦で、AFCはプレイオフのシード順1位と2位が決まっているが、3位以下はまだ確定していない。ただしジャガーズは、プレイオフに進めるとしたらワイルド・カード2位、つまりシード順6位ということだけは確定している。それも6チームくらいの勝敗が絡むので、単純計算では64分の1という確率だ。ただしそこにはアップセット――レギュラー・シーズン成績下位のチームが上位に勝つ――が4ゲームも含まれているので、実際の確率はもっと低いだろう。その4ゲームには当然ジャガーズのゲームも含まれているわけだが。

「今のところ可能性があるのは、カンザス・シティー、デンバー、マイアミ、ボルティモア、ニュー・ヨークってところだ」

「そうなんですか。プレイオフ展望ピクチャーのための順位表ってのはややこしくていけませんや」

「プレイオフに出られない場合はどうするんだ?」

「そんな場合は想定してませんよ?」

 64分の63の可能性を無視するのかよ。まあチーム関係者がプレイオフ進出を信じてるってのは健全だからいいけどさ。

 ゆっくりと食べ始める。マギーが来ない。自宅へ帰ったからだろう。ベスたちも来ない。プレイヤーへの接近禁止令が出ているからだろう。

 食べ終わりそうな頃になってジョーが来た。食べ物を取って俺の前に座るが、以前の炭水化物だけに戻ってしまった。

「ポークは食べないのか」

「昨日食べたからいいんだ」

「キャットフィッシュとチキンは」

「いらん。キャットフィッシュは泥臭くて食えない」

 そうかなあ。俺は何の味も感じなかったくらいなんだが。

「ところでスペシャル・プレイはどうなった」

 またその話か。

「ブレットのはやれそうだ。プレイ名は“フィッシャーマン”ってしておいたから憶えておいてくれ」

「俺が名前を出す機会なんてないよ。アントニオが知っていればそれでいい。他には?」

「ドロップ・キック」

「何だと?」

「知らないのか。パント隊型フォーメイションで、スナップされたボールを地面に落としてから蹴るんだ」

「そんなものを練習して何になる?」

「ブレットにスペシャルをやらせて、怪我させられたらFGフィールド・ゴールやエクストラ・ポイントが蹴れなくなるだろ。だからやってるんだよ」

「アントニオが指示したのか」

「もちろんだ」

 成功したら2006年1月1日のダグ・フルーティー以来だってよ。とはいえ、こんな特殊なテクニックより、普通にプレイス・キックの練習をした方がいいと思うんだけど。何しろ俺がフットボールを始めて最初のポジションはキッカーだったんだから。エクストラ・ポイントくらいの距離ならきっと決まるぜ。

「ところでダニーはまだやる気を出さないのか」

 いつも訊かれてばかりなので、俺の方からも訊いてやろう。

「難しいな」

「いっそ落としてブライアン・リーフを上げてくるとか」

「それも考えたがGMが許可してくれなかった」

「来シーズンの契約に関係でもあるのか?」

「知らんよ、そんなことは」

「それともGMが本当に辞めさせたいのは俺かも」

「シーズン終了までお前の契約をいじるつもりはないそうだ」

「プレイオフの契約も控えリザーヴが基本だったんだから、先発スターターになるなら更新して給料サラリーを上げて欲しいもんだ」

「それはお前の代理人に言え」

 もっともなのでこれ以上何も言いようがない。代理人のディーンに連絡しておこう。来週、その話ができるように。


 9時になったらマギーのオフィスへ行く。もちろんいつもどおり出勤しているが、昨日から自宅での一人住まいに戻ったわけで、どういう心境になっていることだろうか。

「ひとまず週末を過ごしてみて……週明けに、ご相談するかもしれません」

「どの辺りに住んでいるんだっけ」

「リヴァーサイドのアパートメントです」

「ダウンタウンの南西の?」

「はい」

 なぜ集合住宅アパートメントなんだ。いや、解った。彼女の夫は探偵だから、何かあったときにすぐ引き払えるようにしてるんだな。現に今は逃亡中でカリフォルニアにいるくらいだし。

「明日のゲームは見に来てくれるんだよな」

「はい、ホーム・ゲームですから」

「またジェシー・スティーヴンスが来たがると思うんだが、チケットを用意するのは難しいかな。一人のために優遇しすぎだろうか」

「はい、これ以上の割り当てはできません。キッズ・クラブの抽選にも外れています。ストリーム中継で観戦するしかないでしょう」

「オークションで高額のチケットに手を出さないよう、彼女の父親に言っておくよ」

 話の合間にマギーがメモを差し出してきた。ベスの筆蹟で「Waiting for you in front of THE ROOM at noon.(昼に部屋ザ・ルームの前で待つ)」。どうしてベスはあの部屋ザ・ルームがそんなに好きなんだろうか。俺をからかいたいと思っているだけではないのか。

「ところで昨日からスタジアムのレストランに新しいメニューができたのを知ってるかい。テネシー州の料理で、それを食べてタイタンズを負かしてくれってさ」

「そうですか。昼食は作って持ってきたのですが、後でレストランへ行って、レシピを聞いてきます」

 君、どうしてレシピを聞くのがそんなに好きなんだ。そして誰のために作ろうとしてるんだ。しかしチキンはともかく、ナマズキャットフィッシュなんてここらでは簡単に手に入らないだろうから、作りようがないと思うぞ。


 昼食後に女子更衣室へ。前回で最後にしたいと思いつつ、またここになってしまった。場所を変えようという提案を、ベスの話を聞く前にした方がよさそうだ。

 ドアの前に立つと、さっと開いてベスが出てきた。俺の足音だと判ったらしい。今日は冬用のウェアを着ている。いつもジムで見慣れていたものだ。目のやり場に困らなくて助かる。

「ハイ、ベス、早速で申し訳ないが、次からは違う場所で会うことにしないか?」

「あら、どうして?」

「人に見られない場所なら、他にもあるからさ」

「例えば?」

「空いている会議室とか」

「でも急に使われることだってあるのよ」

「なら、客席の下の通路のどこか」

「通路はどこも防犯カメラがあるのよ。映像に残ってしまうわ」

「ゲームがない日でも録画してるのか?」

「もちろん」

 本当かね。どうしてそんなこと知ってるんだよ。

「ここだって防犯カメラがどこかに設置されてるんじゃないのか」

「いいえ、ないわよ。設置して映像が流出したら大変なことになるじゃないの」

 それは確かにそうだが。

「しかし泥棒が入ったら困るんじゃないのかね」

「私物は一切置いていないから、盗られるものはないわよ」

「しかしとにかく別の場所にしたい」

「そう。じゃあ考えておくわ」

「ところで今日の話は」

「ジョニー・バーキンのこと」

「リリーがうまくやってくれているのかい」

「それがちょっと手違いがあって」

 それなのにどうしてそんな楽しそうな顔をしてるのかね。

「何が?」

「リリーが振られたのよ」

「贅沢な男だな」

「そう思う?」

「俺なら喜んで付き合うね」

「リリーがきっと喜ぶわ。でもあなたはノーラの方が好みなんでしょう?」

「外見的にはね。でも付き合っているうちにリリーのいいところもいっぱい見えてくるはずさ」

「ますますリリーが喜ぶわ。でもジョニーはそういう人じゃなかったのよ」

「外見優先か。まさかノーラに興味を示した?」

「いいえ」

「じゃあ君か」

「いいえ」

「チア・リーダーの他の誰か? レスリーとか」

「いいえ」

「全く失敗に終わったのか」

「一人忘れてるわよ?」

「? ……ヴィヴィ?」

 ベスがにこやかに微笑んだ。しかし、まさかまさかまさかキディン・キディン・キディン

「テディー・メッセンジャーに気に入られて、付き合ってたんじゃなかったのか?」

「テディーも、プレイオフに向けて練習とゲームに集中したいって。それに接触禁止令も出たし」

 あいつがそんなことを考えるとは思ってなかった。勝ってると変わるものなんだな。

「ヴィヴィはマネージャーだから禁止令の対象外では」

「そんなことはどうでもいいのよ。とにかく、ジョニーはヴィヴィがうまくやるから」

「弱みを握るために何かするのかね」

「あら、ヴィヴィそのものが弱みだと思うわ」

 まさかベタ惚れディープリーなのか? いや、他人の好みにとやかく言おうとは思わないんだけどさ。俺が付き合っても彼女のいいところが見えるとは、とても……

 まあいいか。

「とにかくジョニーを無力化できそうってことなのか。まさかヴィヴィをカリフォルニアに連れて帰ろうとしてるんじゃないだろうな」

「それはないわ。でもジャガーズのシーズンが終わるまで、彼があの記事のことを探らないようにするのよ」

「明日でシーズンが終わらないように頑張るよ。しかし探ろうとしてるのは他にもいるぜ」

「解ってるわ。チャーリーね。それはサイモンがカリフォルニアで工作中。でもチャーリーも近いうちに、密かにこちらに戻ってくると思うの。マギーとは会わないでしょうけど」

「ジョルジオに会いに来るのか。君はその辺りのことを探っている?」

「ええ、うまくやるわ。任せて」

 ベスは自信のありそうな笑顔を見せたが、ジョルジオの相手はかなり危険だと思う。マイアミ大の頃の悪行を言っておく方がいいのではないか。

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