ステージ#17:第3日

#17:[JAX] 映像記憶?

  ジャクソンヴィル-2066年1月4日(月)


 6時40分に起床。今朝は女たちが朝食を作りに来る。昨夜、インディアナポリスから帰ってきてからそういう連絡をもらった。準備ができるので予告はありがたいが、何となく「本来こういうものではないよな」という感じがする。贅沢だろうか。

 7時にチャイムが鳴った。インターフォンで「おはようモーニン」とだけ言い、ドアのロックを外す。「おはようモーニン、アーティー!」。ノーラのとびきり明るい声。その後ろからマギーが「おはようございますグッド・モーニング、ミスター・ナイト」。笑顔もなく落ち着いた声。

 しかし珍しい組み合わせ。ノーラはリリーと一緒に来ると思ってたよ。

「みんなでローテイションを考えたのよ。今朝の組み合わせに特に深い意味はないわ。気にしないで」

 ノーラがものすごく嬉しそうな顔で言う。彼女の笑顔はとても自然で、作ってないな、という気がする。ただ、スタジアムで観客に見せる笑顔は、それ用のものかもしれない。俺は見たことがない。顔を向ける方向が違うので。

 朝食作りのためにノーラが上着を脱ぐ。イエローのタンク・トップに膝上の黒いレギンス。いかんね、その姿は。露出が多すぎて、料理中に油が跳ねて危ないぜ。しかもそこにエプロンを着けると、上に何も着ていないのかと一瞬錯覚するよ。

 でもノーラが作るのはサラダだから、危なくないのか。それにしても二の腕の太さが絶妙にいいなあ。適度に肉が付いているけれども太すぎない。腕を動かすと肉が躍っているように錯覚する。

 スタジアムでチア・リーダーを見ているファンの中にも、彼女の二の腕を楽しんでいる奴が少なからずいるんじゃないだろうか。

 そのノーラの腕の躍動と、マギーの機械のように正確な動きを見比べている間に、料理ができあがった。ノーラはこの前と同じくスペシャル・サラダ。マギーはサンドウィッチ3種。BLTベーコン・レタス・トマトとハム・エッグ・チーズともう一つは?

「イタリアン・ビーフのヴァリエイションです」

「というと、シカゴの?」

「はい」

 ロースト・ビーフを煮込んで、・ロールに挟んだ、シカゴ発祥のサンドウィッチ。イタリアンと呼ばれるのは単にイタリア系イタリアン料理だから。ふむ、もしかして俺がイリノイ州出身だから馴染みがあると思ったのか。

「本来はフレンチ・ロールに縦に切り込みを入れてビーフを挟むのを、他と同じようにバゲット・スライスに挟んだわけか」

「そうです。ビーフの煮込みはあらかじめ作ってきました」

 昨日の夜に作って、持ってきて温めたのか。さっそくいただく。本来は煮込んだ時の肉汁ソースをかけるのだが、小さなボウルに入れたソースに漬けてから、かじれと。

 ふーん、これはうまいな。

「肉がとても柔らかくておいしいよ。ただ、実は俺はイタリアン・ビーフにはあまり馴染みがなくて」

「そうですか」

 母親がほとんど作ってくれなかったんだ。たぶん貧乏だったんだろう。初めて食べたのは友達の家でやった誕生日パーティーの時だったな。

 続いてノーラ・スペシャル・サラダをいただく。見かけはこの前と同じだが。

「ドレッシングをこの前から変えてあるな。これもうまいよ」

「良かった! 気に入ってもらえたのね」

 ノーラがこれ以上ないくらい嬉しそうな笑顔で言う。マギーとは対照的。そして俺が両方味見したのを見届けてから、女二人もそれぞれの料理を食べる。そして冷静に褒め合う。何か取り決めでもあるのだろうか。

「ところでマギーは今日は休みだと思ったが、わざわざ来てくれたんだな」

「はい。ミス・チェンバースら、チア・リーダーも今日は休みだそうです」

「昨日、スタジアムでPVパブリック・ヴューに出演したから」

「そうよ。昨日も第4Qフォース・クォーター逆転カムバックで、とっても盛り上がったわ!」

前半ファースト・ハーフは盛り上げるのが大変だったろう。申し訳ないな」

「あら、そんなことないわ。相手に点が入るたびに盛り上がってたわよ。チアの前の観客席スタンドからの声を聞いてると、『第3Qサード・クォーターで15点差じゃ、つまらない』って」

 ああ? 何だ、それは。確かに昨日は第3Qサード・クォーター終了時点で9-24で負けていたが、ジャクソンヴィルのファンは逆転カムバックで勝たないと気が済まなくなっているのか? しかも点差がもっと開いてないと面白くないと思ってるとか? 冗談じゃないぞドン・ビ・シリー

 昨日、第4Qフォース・クォーター開始時点で機嫌がよかったのはブレットだけだ。50ヤード超のFGフィールド・ゴールを3本決めて、「しかしこのままでは追い付かんから、次のFGフィールド・ゴールはスペシャル・プレイをやろう」なんて言って。

 JAXスペシャルではないプレイを成功させたが、ローンがパスを落としそうになって肝を冷やした。

「じゃあ、前半ファースト・ハーフは負けてても全く気にしてないのか」

「ええ、それにあなたがパントを蹴るとすごく盛り上がるのよ」

 確かに、第3Qサード・クォーターまで5回のパントを全て相手のインサイド10テンに蹴り込んで、タッチバックにならないようにしたが、点が入らないプレイを喜ばれてもねえ。現に、そのうちの4回で相手に点を取られたじゃないか。TDタッチダウン3本、FGフィールド・ゴール1本。

「不本意だな」

「あら、勝てばいいのよ。ゲームで大事なのは最終スコアだけだわ」

 ヘンリー・ラッセル・“レッド”・サンダーズみたいなことを言ってくれるね。「勝利は全てではないウィニング・イズ・ノット・エヴリシング唯一のものだイッツ・ザ・オンリー・シング」。しかもUCLAのコーチじゃないか。例の与太記事コック・アンド・ブル・ストーリーと微妙に関係している。

「内容を伴って勝ちたいものだ」

「最終戦では期待してるわ!」

 ノーラが裏心のない笑顔で言う。彼女にスパイの役は無理だな。心で考えてることが顔に出るだろう。

 後片付けを済ませ、二人を部屋から送り出してからスタジアムの食堂へ。ジョーにちょっと言いたいことがある。案の定、一人で食べているにもかかわらず、まだいた。考えごとをしてるから遅くなるんだろう。

 コックが厨房から俺を見ている。今日は食わんぞ。

「ヘイ、ジョー、ちょっと頼みがあるんだ」

「何だ、今日は家で食ってきたのか」

「2日に一度くらいはそうしてるんだ。最近はね」

 言いながら、ジョーの皿を見る。アスパラガスが何本か載っていた。例の鶏ささ身炒めから、アスパラガスだけ取ってきたかのように見える。

「頼みを聞いてやるから昨日の振り返りをしてくれ」

「なんで俺が。それはコーチの仕事だろう?」

「もちろんやるが、先にお前の考えを聞く。今日の午後までにまとめておけ」

前半ファースト・ハーフの低レヴェルなパフォーマンスが気に入らなかったのかね」

「そういうことだ」

「考えておくよ。俺の頼みは、チア・リーダーがトレイニング・ルームを使うのを、当分禁止して欲しいんだ。夜の、俺たちがいる時間帯にね」

 ジョーが目を細めながら聞いている。何を今さら、と思っているように見える。アスパラガスを一つ、フォークに刺して口に入れた。

「自分たちで言えばいいだろう。それとも公式オフィシャルに禁止してほしいのか」

公式オフィシャルというとチームからだな。それは違う。HCヘッド・コーチからの強い要望として、でいい」

「要望者が重要だとでも?」

「そう思ってるから頼んでる。チアは広報PRに関係している。広報PRに強い要望を出せるのは、ジョー、あんたより上はGMしかいないだろ」

「理由は? プレイヤーの素行不良が心配か」

「それでいい。もちろん次のゲームにはプレイオフ進出が懸かっているから、女にうつつを抜かす奴なんていないはずだけど、スタッフ側からも縛りをかけたい、という考えが透けて見えればいいんだ」

「了解したが、それはお前に関して流れている噂と関係してるのか」

「何?」

 俺について何の噂が流れてるというんだ。もちろん、噂というのは本人になかなか伝わらないものだが。

「リア・リーダーの一人と付き合っていたが、振られた、と」

根も葉もないなグラウンドレス。元々付き合ってなんかない」

「俺もそう思ってるんだが、誰が流しているんだろうな」

 それは知ってるよ。ベスだ。しかし流す内容を変えたらしい。どういう考えがあるのか、後で聞こう。

 9時になったらケイトのオフィスへ。ノックをして入ると「来てるわよ、また」とレターをひらひら振りながらケイトが言う。ジェシーからか。

「マギーから聞いたけど、その、昨日インディアナポリスまで行ったんですって?」

「そう。観客席スタンドにいたのを見たよ。ヴィジター・エンド・ゾーン側の隅の、一番見づらい席だった」

「そんなところにいるのが見えるなんて、あなた目がいいのねえ」

「そこから見てる客の方に、俺は感心するよ」

 パス・プレイはともかく、ラン・プレイではフェイクを入れたら誰がボールを持っているか見えないだろうに、それで本当に楽しいのかと思う。ファンブルがあったって判らないに違いない。

 それはともかく、ジェシーからのレターを読む。前回同様、俺がプレイした全スナップのプレイの評価――感想ではなく評価だ――が書き連ねられている。驚いたことに、これがかなり正確だ。フットボールを見始めて数週間の少女の考えとは思えない。

 ジョーからゲームの振り返りをしろと指示されたが、俺が自分で考えるより、ここに書いてあることをそのまま言った方がいいんじゃないのか。

 と、ここで携帯端末ガジェットにメッセージ。マギーからだ。「Waiting for you in front of THE ROOM at half past nine.(9時半に部屋ザ・ルームの前で待つ)」。部屋ザ・ルームとは?

 アパートメントの部屋ではないだろう。マギーのオフィスでもないに違いない。ということは……あそこか。

 9時半、スタジアム内の、人気ひとけのない場所へ。もちろんチア・リーダーの更衣室前。仕事が休みのマギーが俺と会うとしたら、ここしかないだろう。思ったとおり、マギーが寂しげに立っていた。

「ハイ、マギー、どうした。君から話しに来るとは思わなかったよ」

「申し訳ありません。手早く済ませますので」

「そんなに遠慮することはない。君にはできる限りのことをするつもりだから」

「お言葉に甘えてしまい、申し訳ありません……毎日この時間になると、あなたと話をしないと落ち着かないのです」

 マギーがしょぼんと俯きながら呟く。何だ、それは。俺はマギーを依存症にしているのか。

「とにかく話そう」

「はい。あなたのお部屋や私のオフィスでチームの話は避けてとミス・チャンドラーから言われてるので、ここでないと」

 盗聴されてるからか。

「それで?」

「まず昨日のことです。ミスター・トレッタとは何もありませんでした」

「……?」

 何、それ。俺が気にしてるように見えたから、報告してくれた?

「……何かあったとは思っていないが」

「いえ、それと少し関係していることがあって……ミスター・トレッタはミス・チャンドラーと親しくしたがっておられるようなのです。私は彼女のことを色々と聞かれました」

 あの女好きならやりそうなことだ。

「それで?」

「ミス・チャンドラーもそれは了解されているらしくて……もちろん了承アグリーではなく、了解アンダスタンドです」

「うん、当然だと思う」

 ベスがジョルジオなんて相手にするわけがない。

「つまり、彼女はミスター・トレッタと話す機会を多くするという方針に従って行動しておられるのです」

「それは以前からでは? 彼はスパイと関係していそうだし、ベスから報告を聞くというていで声をかけていたんじゃないのか」

「いえ、明らかに機会を多くしようとしておられます」

「解った。ベスに何か考えがあるのなら、それを信用するよ。それから?」

「それだけです。ミス・チャンドラーが、あなたに伝えておいて欲しいとのことで」

 何だ、それは。もしかして彼女本人が伝えないことに意味がある? そういうことにしておくか。

「じゃあ俺から一つ訊いていいかい」

「どうぞ」

「昨日のゲームで、君の近くにジェシーがいたんじゃないか」

「はい、おられました」

 昨日はゲーム中に二人の視線を感じたからな。数ヤードしか離れてないのに、どうして視線が二つと判るのか、俺自身も不思議だったよ。

「彼女はヴィデオを録ってた? 俺のプレイについて、レターでやけに詳しく書いてくるんだ」

 レターを出してマギーに見せる。マギーも少なからず驚いていたが、「彼女はヴィデオなど録っていませんでした。隣にいた彼女の両親も」と断言した。

「彼女は私と違って、あなたのプレイをひたすら見つめていました。私は、3rdサードダウン・ロングになると目を背けたりするのですが……」

「すると、これは……」

「もちろん、彼女は全てのプレイを記憶しているのではないでしょうか」

 映像記憶アイデティック・メモリー? マジかよシリアスリー。しかもこの分析能力。スタッフとして雇うべきじゃないか?

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