ステージ#16:第7日

#16:第7日 (1) 屋上の淑女

  第7日-2045年2月18日(土)


「私のことを、探してくれていたのかしら」

 まさしく美の化身。日曜日に会ったときと同じ、白いドレス姿。月明かりもないのに、なぜ彼女はうっすらと輝いて見えるのだろうか。まるでアヴァター・メグのようだ。この仮想世界において彼女は、特別な存在なのかもしれない。

「君がホテルへ帰っていないと聞いたものだからね。メッセージが届かなくて心配したんだが、ホテルの連中の方がもっと心配しているようだ」

「ごめんなさい、あなたに心配を掛けるつもりはなかったの。ただ、これ以上、私のことは気にしないでいてくれると嬉しいわ」

「君の行動を邪魔しようとしたんじゃないし、偵察しようとしたのでもないんだ。ただ、警察の監視システムがどこまで使えるのかという試みトライアルを兼ねてね」

「やはり、そういうものがあったのね」

「やはり、気付いていたのか」

「何となく、だけれど」

 敏感な人間は見られている気配を察知するものだが、カメラで撮られているというだけなのに察知するんだもんなあ。あるいは、カメラの配置に気付いて、そういうことができると思った、いや、感じたのか。スパイとしての習い性ってところ?

「それで、わざわざ無事を知らせに来てくれたのか」

「ヴァケイション中の競争者たちコンテスタンツの手も煩わせたようだから」

「アルセーヌとオーレリーか。もしかして、どちらかと会った? オーレリーは今夜も来ることになっていたんだが」

「ここにいるわよ」

 マルーシャから、少し離れたところで声がした。屋上ルーフトップバーの戸外オープンエア席に、エメラルド・グリーンのドレスを着た女が座っていた。オーレリー。いつの間にそんなところに。俺は屋上へ上がってきたとき、戸外オープンエア席も含めて誰もいないのを確認したんだって。

「こんばんは、オーレリー。いや、もう“おはよう”か。わざわざマルーシャを連れてきてくれたのか」

「だって、自分から直接話す方がいいって彼女が言うんだもの」

「アルセーヌはどうしてる?」

「あなたの部屋で待ってるわ、お酒を飲みながら。今夜も別の女性を連れ込んだみたいだけど、あなたって本当に女たらしクール・ド・ジュポンなのねえ」

 誰が女たらしスカート・チェイサーだよ。アルセーヌの方がもっとやり手だろうが。だいたい、どうして俺がそんなフランス語を知ってるんだ。仮想記憶に余計な知識を追加するんじゃない。

「俺の秘密を話さなくていいのか」

「いいえ、言ってもらうわよ。彼女とも打ち合わせ済み。あなたがそれを言わないうちは、彼女は何も話さないわ。ねえ、マドモワゼル?」

 待て、俺の弱点をマルーシャにも聞かせるのか。これ以上、彼女に弱みを握られてどうする。

大学カレッジの頃、フットボール部のチア・リーダーの更衣室に、仲間と一緒に隠しカメラを仕掛けたことがあって」

「そんなの、よくあることじゃないの。秘密とは言えないわ」

 よくあることなのか? とはいえ俺は、ドアの錠を開けただけで、中には入らなかったし、映像も見なかったんだ。俺の好みの女がいなかったんで。

「本当は無毛スムーズが好きなんだが、我が妻マイ・ワイフにはまだ言ってないんだ」

「あら、そうなの。きっと気持ちよく応じてくれるわよ。私から電話してあげましょうか?」

 そんな気安い相談なのか? 我が妻メグワックス脱毛ワキシングにアメリカン、フレンチ、ブラジリアンの3種類があることすら知らないかもしれないんだぞ。

大学カレッジを卒業した後、定職に就けなくて、付き合っていた女に振られたんだ。その後、すぐ海岸へ行って、悲しさを紛らすために泣きながら女への悪口を叫んでいたら、警官に捕まった」

「あら! 案外、激情家なのね。それ、あなたの奥様ヴォトレ・エプーズと別れたら今でもやりそう?」

「もちろんだ」

 絶対に我が妻メグに知らせるんじゃねえぞ。俺自身はともかく、彼女は俺のことを異常なまでに理想化してるんだから、イメージが壊れたら精神的ダメージを受けるに決まってる。そんなことになったら、仮想世界の中で自殺したくなる。

「ふうん、優しい奥様エプーズだったら慰めてくださるかもしれないけど、私だったら軽蔑するわね。諦めが悪い感じがするもの。いいわ、それがあなたの秘密ね。念のために言っておくけど、別のステージであなたと対戦するときでも、それをネタにターゲットを譲れって脅したりしないから、安心して」

「君やアルセーヌにも他人に言えない秘密があるのか」

「もちろんよ。でも、私はアルセーヌの秘密を全部知ってるけど、私の秘密の中には彼が知らないものがたくさんあると思うわ。あなたにも教えないわよ」

 なかなかひどい女だな。アルセーヌに同情したくなる。オーレリーは席を立ち、「後はお二人でどうぞ」と言って去っていった。改めて、美神ヴィーナスの方へ向き直る。

「このままここで話すかい。部屋へ来てもらってもいいけど、アルセーヌたちがいるらしいんで」

「ええ、ここで構わないわ。それからさっきのこと、私もリタに言わないと約束する」

「ああ、君もオーレリーも、そんな卑怯なことをしないのは解ってるさ」

 戸外オープンエア席の一つに、向かい合って座る。1ヤードほど離れているが、いつもながらの美のオーラを纏っている。夜の彼女は、昼と違った美しさを発揮する。

「変装して行動しているらしいな、女流画家に」

「ええ」

「そして、マラカナンへ行った。俺が知っているのはそこまでだ。もしかしたら、eXorkのゲームを観戦したか、プレイヤーとして参加したかもしれないが、それは俺にとってはどうでもいい。俺が望んでいるのは、一度くらいホテルへ戻るか連絡するかしてはどうか、というだけだ」

「ええ、今夜帰るつもり。心配してくれたスタッフにはお詫びを言うわ。あなたの秘書を務めるアイリスにも」

「シェラトンのスタッフに言えば、彼女まで自動的に伝わるよ」

「そう思うけれど、直接言う方が気持ちが伝わるから」

「そういう気遣いをするくらいなら、毎日、外泊することをホテルへ伝えればよかったのに」

「それができない理由があったの。あなたにも言えないけれど」

「うん、ターゲットを獲得するための都合だろうから、俺に言う必要はないんだがね。とにかく、君の行方が解って安心した。いや、気にしてくれるなと言いたいだろうが、初日にデートのようなことをしたからか、妙に気になって」

「同じステージにいるのだから、姿を見せておこうと思ったけれど、メッセージだけにすればよかったと思っているわ」

 姿を見せるだけではない、何か他の理由がありそうな気もするが、彼女が自分から言うまで待っていることにしよう。

「わざわざここへ来てくれてありがとう。俺から言いたいことはもうないから、ホテルへ帰ってくれていいよ。それとも、タクシーで送ろうか」

「私から言いたいことが二つ」

「聞こう」

「まず一つ、私はeXorkのゲームに参加して、最終ステージに勝ち残っている」

「女流画家……ジョルジーナに変装して? 彼女の身代わりボディー・ダブルになってるのか」

「ええ、彼女はeスポーツが趣味ということにしているけれど、本当はほとんどプレイできないの。いつもは身代わりボディー・ダブルが……ファヴェーラ出身の女性がいるけれど、今回は別の身代わりボディー・ダブルを立てる必要があって、それに私が」

 何だろうね。どうせ金で雇ってるんだろうけど、金額で揉めたかな。しかし、その相談って、初日に俺と会うまでにやったってことだろ。2日目の朝には変装して消えたんだからさ。相変わらず手際が良すぎる。

「優勝してくれたって構わないよ。どうせ、ターゲットには関係ないんだろうから」

「でも、参加する必要があるの。それがキー・パーソンを見つける条件の一つ」

「ということは、他の競争者コンテスタンツも……二人とも、参加している? まさか、みんな最終まで勝ち残ってるのか」

「ええ、そう」

 スサナまで参加してたとはね。スポーツ・チームが参加権を持っていたのか? しかし、もう一人は全く姿を見せないなあ。いったいどういう奴なのか。

「この世界の外部の人間である競争者コンテスタンツがゲームを占領してることを知ったら、エンリケ氏はどう思うかな」

「それはシナリオに含まれているのだから、あなたが気にする必要はないわ」

「ごもっとも」

「もう一つは、ターゲットのこと」

「ヒントでもくれるつもり? 全く目星も付いてないのは認めるけど、そこまでしてもらうほどのことはないよ。それとも、また俺を利用する方が都合がいいのかな」

「どう受け取ってもらっても構わないけれど、まだチャンスはあるわ。明日の午前中、他の予定が入っていても、キャンセルして、獲得のために動いた方がいいと思う」

 なるほど、やはり今回のキー・パーソンズは、俺の時間を無駄に消費させる役割のが何人かいるんだ。ただ、先約をキャンセルするのはどうもねえ。

「獲得した方がいいのは……もしかして、ブルーだから?」

「私はそう思っているわ」

「君が獲得したら、これでお別れということか」

「そうなるかも」

「その方がやりやすくなる、といったら君は機嫌を悪くするかい」

「いいえ、あなたがさらに何ステージも続けることになるかもしれない、と言いたいだけよ」

 そういえばそうだった。最悪、10ステージ連続してブルーがターゲットにならないこともあり得るんだっけ? もう一度ヴァケイションへ行くのも、それはそれで楽しそうな気がするが。

「同じことは君にも言えるよ」

「そうね。私も、あなたがいない方がやりやすくなるわ」

「俺の他に競合してる競争者コンテスタントはいないのか」

「いないわ。だからこそ、やりやすくなると」

「運が良ければ、また二人で0.5ずつ獲得して、二人とも元の世界へ戻れるな。もっとも、確率は限りなく低いだろうけど」

「可能性があるなら、挑戦するべきだと思うわ」

 そううまく行くわけないって。俺が何も言わないでいると、マルーシャが静かに立ち上がった。もう一度「送って行こうか」と訊いてみる。

「一人で大丈夫。タクシーはホテルの前に停まっているし」

「じゃあ、おやすみグッド・ナイト、マルーシャ」

夢で会いましょうシー・ユー・イン・マイ・ドリームズ

 彼女のおやすみの挨拶は、これが多い。俺は、彼女の夢を一度も見たことがない。彼女は、俺の夢を見ることがあるんだろうか。


 部屋に戻ると、アルセーヌとオーレリーが、抱き合うようにしてソファーで寝ていた。俺がこの部屋を出てたのって、30分くらいだぜ。その間に入り込んで、酒飲んで、寝るなんての、やめてくれるかな。

 というか、彼らはどうやって部屋へ入ったんだ? 電子錠なのに。

 シャワーを浴びて着替え、ようやくレジーナからのメッセージを読むことができる。高校生並みの恋愛感情を持つ人工知能は、どんな感想をくれたのか。

「マイ・ディア・アーティー、今日はデートしてくれてありがとう。とても楽しかった。私の好きな音楽とダンス、あなたの好きなスポーツの話をして、劇場やエスタディオへ行って、お互いにとても深く解り合えた気がします。別れ際に『今夜は家へ帰りたくない、ずっとあなたと一緒にいたい』なんてわがままを言って、ごめんなさい。あなたとのデートの思い出は、これからもずっと大切にします。またリオへ来て下さいね。そして私と楽しいお話をして下さい。ごきげんよう。あなたの親愛なるレジーナより」

 シンプルかつストレートでいい感想だ。このまま素直にして欲しいと心から願うよ。

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